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「なんか今日、黒子っち機嫌悪くないっすか?」
昼休みの食堂で涼ちゃんがこっそりと私に尋ねてきた内容は、私も今朝から思っていたこと。
内容が内容なので、斜め前に座っている件の人物が席を立った時を見計らって、涼ちゃんことワンワンの耳に口を寄せた。
「ワンワンもそう思ってた?」
「ワンワンって誰の事っすか」
「私もそう思ってたのよ」
「ねぇ、ワンワンって誰の事っすか。とぼけた顔しても無駄っすよ」
「だっていつもワンオンワンとか意味不明な単語叫んでるから、あだ名かなって」
「んなわけねーだろ」
次ワンワンとか呼んだら業界から干すからな、と現役中学生モデル様は凄んだ。仕事をタテにするとか卑怯にもほどがある。この前どこかの中高生向け雑誌のあおり文にあった、『爽やか子犬系モデル、黄瀬涼太』は大きな間違いである。『恐喝狂犬系モデル、黄瀬涼太』に変更することを要求する。
「話戻すけど、黒子っちに何かあったんすか?」
「うーん、これが原因としか思えないんだけど」
「思い当たる節があるんすか」
「なんか涼ちゃんと私が載ってるファッション雑誌が、今朝机の上に置いてあったらしいの」
「え、なんすかそれ。嫌がらせ?」
「しかも雑誌の表面に『やーいやーい、お前の身長彼女以下』って書いてあったみたいで」
「そんな…!それ書いたのどこのどいつっすか!ぶん殴ってやる!」
「うん。ここにいる私なんですけどね」
「おい」
殴る?と尋ねたら、殴る価値ねーよと言われた。心外である。
「ずっと思ってたけど、清少っちって黒子っちのどこが好きなの?」
「敬語」
「なめてんの?」
「冗談だよ、そんなこと本気で言うわけないでしょ」
「そうっすよね」
「そうだよ。本当は自分でもどこが好きだか分からなくて苦し紛れに思いついた答えなんだからさ」
「あんた最低だな」
蛍光灯の上にある埃が落ちてきたような顔で、モデル様は私の発言に落胆なさった。
そんなことを言われても仕方ないのである。自分でもこの感情は処理することが難しく、またそれと同じくらい言葉にするのも難しいのだ。だからと言って断じて生半可な気持ちで彼と付き合ってるわけではないし、殊、色恋に関して遊びができるほど、私は人間が出来てない。
「だから本気だよ、全部」
「そうっすか」
「遊びでなんて、しないから」
「うん、それなら安心した」
キラースマイルで微笑んだモデル様に、私も笑顔で頷いた。
「だから今回の悪戯も、全部本音だよ」
「あんた最低だな」
「なんでよ」
心外な彼女3
20130621
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