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数字が書き込まれた紙を見つめて空に息を漏らした彼氏様は、相当落ち込んでいらっしゃる。何とかして励まして差し上げねばと、いつもより努めて明るく、気さくに声をかけた。
「よう、チビ!」
「……」
無視である。一度顔を上げてゴミ屑でも見るような目をした上での、無視である。
これは相当参ってらっしゃる。私のお茶目な冗談もかわせないなんて、どんな仕打ちを受けたのだろうか。
「どうしたの、深刻そうな顔して」
「すみません、今は放っておいてくれますか」
「ふーん。話変わるけどさぁ、健康診断どうだった?」
「話変わってないです」
「身長何センチだった?」
「話変える気ないでしょ」
眉間にしわを寄せて不快をあらわにする彼も素敵である。しかし私が一番好きなのは、彼の笑顔。そう、笑顔なのである。
人間という動物は大切な人間の幸福な話には自分も嬉しくなってしまう単純な生き物だと、赤司様あたりがおっしゃっていた。彼の大切な人間、すなわち私。つまり私の幸せな話には彼も思わず笑顔になってしまうはずなのである。身長が伸びないばかりに落ち込んでしまった彼の心をどうにか浮上させたい。その一心で私は彼に最上級の笑顔を向けた。
「私は身長伸びてたよ」
「……」
「黒子くんと同じ身長になったの。お揃いだね」
「はぁ…」
「どう?元気になった?」
「なるわけないでしょ」
牛乳飲めば?と進言したら、舌打ちされた。心外である。
「君はいいですよね。にょきにょきにょきにょき。まるでどこかの雑草のようです」
「黒子くんってお腹真っ黒だよね」
「出るとこも出ないで縦にばかり伸びて。僕が言うのもなんですけどね、君こそ牛乳を飲むべきですよ」
「略して真っ黒子」
「モデルだか何だか知りませんけど。黄瀬君と表紙を飾るのが夢だかなんだか知りませんけど!」
「そうなんだよねー。亮ちゃんと並んで見栄えするにはもう少し身長がほしいんだよね」
「ああ、そう」
「亮ちゃん身長180センチになったんだって」
「ああ、そう」
段々とぶっきらぼうになっていく彼氏様と、それに比例して右肩下がり一直線になるご機嫌は、さながら大暴落する株価の折れ線グラフのようである。これは芳しくない。普段気持ちをあまり素直に現すことのない彼氏様なだけに、一度怒らせるとそりゃあもう大変なのだ。
一度デートの約束を忘れて、日がな一日携帯の電源をオフにしてロールプレイングゲームに勤しんでしまった時なんかは、およそ一週間に渡ってミスディレクションを発動し続けてくれた経歴をお持ちなのだ。同じ轍は二度は踏めない。
きっと亮ちゃんの身長に嫉妬してるのね、と可愛いヤキモチに少し胸をほっこりさせながら、我が愛しの彼氏様の右手を優しく両手で包み込んだ。
「男の嫉妬は醜いよ」
「君は人をイラつかせる天才ですね」
「それほどでも」
「褒めてないです」
心外な彼女
20130610
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