あいうえお | ナノ




10年越しの愛言葉






「ホワイトデーに何か渡そうと思って」


少し頬を赤く染めてそう言った目の前の男。その顔はどう見ても恋する男のそれで、自分の悩みがバカらしくなるには十分な要素だった。


「好きな子、できたんだ?」


銀は応えずに、ただ、笑った。


「ふーん」


意地悪な言い方をした。当然だ。喜んでなんてあげられない。こんな心の狭い自分は嫌なのに、どうしても私の中の銀を好きな私が、素直にならせてはくれない。
春の陽気とはほど遠い3月の風はまだ寒い。彼は着ていた外套の袖の中に手を引っ込めて、白い息を吐いた。こんな寒い中、相談に来るのだ。相当大事な、それこそ一生を共にしたいと考えた相手なのだろう。わざわざ私に知らせに来る必要もないだろうに、変なところがクソ真面目で嫌になる。


「どんな子なの?」


また銀は応えない。少し俯いてから、考えるようにぽつりぽつりと、言葉を紡ぎだした。


「なぁ、俺たちが出会った時のこと、覚えてるか」


この男、話を逸らしおった。こともあろうに、こんな大事な場面で話を逸らすとは。いつもそうだ。自分の都合が悪くなると、話題を変えるのが彼の常套句。そのひらりひらりとかわされる会話がどれだけ虚しいか、彼は知っているんだろうか。
少し腹が立った私は、覚えてない、そんな昔のこと、とまたしても可愛くない答え方をした。
その様子を理解してか、してないのか、彼はニヤリと笑って口を開いた。


「俺さ、お前のことキライだったんだよね」

「き、!?はあ!?」


彼が言っている言葉を理解しきれず、食って掛かるように返事をすると、彼は更に嫌な笑みを見せた。


「だってお前すごい俺に突っかかってきたし、俺のやることなすこと気に食わなかったみたいだし?いっつも俺のおやつのプリン食べるしさぁ!俺ホント、お前のこと大ッキライだったわ」

「な、なななな…!」

「なんかさーしかもさーお前やたら高杉と仲良かったじゃん?あれもムカついてたんだよね、俺」

「なによ、仲間なんだから当たり前じゃない」

「攘夷戦争の時はやたらと共闘してるし、陣地に戻ったら戻ったで、お前いっつも高杉の怪我の手当てしてるし」

「怪我の手当てくらい、普通でしょ」

「俺が手当頼んだ時、お前なんて言ったか覚えてる?"なめときゃ治る"だよ?あの時ほどお前を殴りたいと思ったことはなかったね」


言った、確かに言った。過去の自らの所業に頭を抱えた。
確かあの頃はちょうど彼を意識し始めた直後で、怪我の手当てなんて、ましてや身体に数十分触れる事なんてできなかったのだ。しかし高杉に闘志を燃やす男、この白夜叉にとって、そのことは相当にプライドを傷つける出来事だったらしい。翌日から毎日のように絡まれ、いじられ、パシられた記憶がある。


「俺はお前が高杉を好きなんだと思ってたんだよ、ずっと」


ぽつりと呟くように、消え入るような声で銀は言った。
知ってる。私が気持ちを吐露した時も、同じこと言ったよね。それで銀は、はっきりした自分の答えを言うことを避けたんだ。


「お前は俺のことがキライなんだと思ってた」

「…嫌いになれたらよかったのにね」

「ずっと答えんの避けててごめん」


これはこの男なりのケジメなのかもしれない。好きな人が出来たから、昔の色恋ごとは清算しておこうという算段なのかもしれない。清算も何も、答えさえ聞けなかった私には関係のない話のようにも思えるが。そう思って深くため息を吐くと同時に瞳を閉じた。本当に、どこまでも、変なところがクソ真面目で嫌になる。今更答えなんて。


「家康のことが好きだ」


言われた言葉にあんぐりと口を開けた。何言ってんのこいつ?今更何言っちゃってんの?頭逝っちゃってんの?


「気づくの遅いし、もう何年も経っちゃってるし」

「本当だよ、馬鹿じゃないの?もう10年経つんですけど。馬鹿じゃないの」

「ホワイトデーに物贈るとか、柄にもないこと考えついちゃうし」

「出来るだけ高いものだ。金目のものをよこせ」


「なのにお前は死んじゃってるし」


そう言うと、俯いた銀は静かに私の家名が刻まれた墓石を撫でた。その墓石に座る私に、一切気づくこともなく。


「なんで俺、もっと早く気付けなかったかな」


噛みしめるような、すがりつくような声が嗚咽に変わった。簡単なようで、難しい質問。それに私が答えたところで目の前にいる彼には届かないのだろうけど。
なんでもっと早くとか、なんで死んだのとか。一番無意味な問答をきっとこの10年、お互いに続けてきたのだろう。そう考えたら、馬鹿みたいで涙腺が緩んだ。戦火に倒れたあの日から、彼のこの言葉を聞くために、健気に待っていた自分にも。


「ずるい、私、これじゃ答えられないじゃない」


こみ上げるものを必死に抑えながら、墓石から降りて彼の肩に触れる。肩をすり抜けるように通り抜けた腕は微かに透けていた。ずるい、何も伝えられないのに、今更ずるい。
心臓が痛くて死にそうだ、と泣き笑いをする彼に、なめときゃ治るよ、と私も泣きながら笑う。もう永遠に届くことのない言葉だと分かっても、やりきれない感情がこぼれた。










10年越しの言葉

(もう、言葉を交わすことはないけれど)









20140224






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