main | ナノ




ああ、今日も疲れた。

理不尽なことばかりを言う上司。
使い物にならない部下。
なにもかもが嫌になり掛けるけど、これも社会人の宿命。
こればっかりは、耐えなければいけないんだろう。



「………寒い。」



季節も冬に近付き、そろそろ寒さが肌に染みてくる頃だ。
はぁ、と息を吐くがそれが白くなるまでは寒くなっていないらしい。

−−−そろそろマフラーも必要になってくるのだろうか。
自宅の仕舞っておいた冬物を出すべきか否かと思案しながら、寒々とした帰路を辿る。
そうだ、夕飯は温かい物にしよう。

途中でスーパーに立ち寄り、値引きのシールが貼られた簡単な材料と、値引きはされないであろう品を適当にカゴに入れる。
それを買って店から出ると、店の中が暖かかったからなのか、外の寒さが肌に突き刺さった。
もう冬も間近、ということか…。



「…なんで居るんだ。」

「あ、おかえりテグナ。今日は遅かったじゃーん。」



足早に帰宅すると、そこには俺の家の大きめのソファーにデカデカと寝そべり、勝手にココアを飲んでいるハギョンの姿があった(ココアは気付いたら収納扉の奥にあったから、恐らくハギョンが買って、置いて行ったのだろう)。
ハギョン、ココアを床に零したら今すぐ、永遠に追い出すからな。

それにしても、このハギョンと言う男にはいつも振り回される。
自由気ままに生きているであろうハギョンの仕事なんて、振り回されてばかりの俺は知らない。
ハギョンと出会ったのは至って普通で、ハギョンは高校の同級生だ。

大学でもハギョンと一緒で、まあ所謂腐れ縁、というものなのだろう。
だがただの腐れ縁なんかじゃない。

気付いたら寂しいときは口付けを交わし、そして、身体を重ねていた。
ズルズルと親友のようなセフレのような、そんな曖昧でしかない不思議な関係を続けて早5年。
俺はこいつの職種や普段なにをして何処に住んでいるのか、恋人は居るのか、ということさえも知らない。

俺は、普通のサラリーマンで。
それで気付けばセフレのような親友のような男のこいつに惚れて、彼女というものが出来なくなったのに。
ハギョンはいったい、どんな気持ちでここに来ているんだか。



「テグナ、僕お腹空いたー。」

「なら帰って食べれば良いだろ。」

「もー、まーたそんな意地悪言うんだから、テグナはー!」



ヘラヘラと笑いながら、晩御飯を求めてくるハギョン。
材料は多めに買っていたし、昨日の残りも多少はあるから平気…か。

ねぇテグナー、なんてダルそうに…いや、空腹がかなり辛そうに言ってくるハギョン。
仕方ない、と呟いてキッチンに材料を置きに向かう。

やったーテグナの手料理が食べられるなんて僕は幸せだー、なんて言うハギョンは、なんというか…単純。
だけどそれが嬉しい俺も、やっぱり単純なのかもしれない。

材料を置いて、寝室にスーツをすべて脱ぎに行く。
朝脱ぎ散らかしておいたスウェットを身に付け、シンプルなエプロンを着ければ準備は万端。

さて作るか…なんて思っていたらふと後ろから温もりが伝わって来た。
こんなことをする奴は、此処にはひとりしか居ない。



「…ハギョナ、危ない。離れろ。」

「んー…。テグナ、いい匂い。」

「訊いてるのか、ハギョ、っ!?」



犯人は、もちろんハギョン。
包丁を握る前だったから良かったものの、後ろから抱き着いてこられたらそれは危ないから、困る。

離れろ、と言ってみても、ハギョンは聞く耳を持たない。
もう一度強く言うために後ろを振り向けば、そのままハギョンに不意に口付けられた。

驚いて目を開けたままな俺の視界に広がるのは、目を閉じた綺麗な顔立ちをしているハギョンのドアップ。
急なことで全身から力が抜けたのかハギョンに身体ごと方向を変えられて、深く深く口付けられた。
…今までの経験上、これはあんまり良くない展開、だと思う。



「ハギョ、っ、ふぁっ。」



解っていても、深く口付けられ、舌まで絡められたら力は抜ける。
必死にやめろと抵抗することで伝えてはみるが、効き目は無し。

ビクビクと震える身体は、キッチンのシンクにもたれかかるように全体重を預けた。
シンクから伝わる冷たさが、キスで火照った身体をいい具合に冷やしてくれている。

はっ、と熱い吐息を零しながら、名残惜しそうに離れていく唇。
俺とハギョンの唇は、どちらのものかさえ判断出来ない唾液がツウッと繋いでいた。



「テグナ、好きだよ。大好き。」



これが合図なのは、知ってる。
ハギョンが俺を抱く合図。

ハギョンの言う、好き、大好き、という愛の言葉なるものの類の真相は今でも解らない。
本当かもしれないし、嘘かもしれないが、ハギョンが俺に好きかどうかと訊いて来ることは一切無かった。
そのことがどういうことを意味するのか…俺はまだ、知らなくて良いような気がしてならなかったんだ。

仕方ない、腹は減ってるが、ご飯はあとで食べることにしよう。
まったく…腹が減った、と言っていたのはどこのどいつだ。

ハギョンは俺が抵抗しないことをいいことに、服を捲って鎖骨あたりをべろりと舐め上げる。
そしてそのまま右手は服の中に入っていき、手は登り詰めて胸の尖りを軽く引っ掻いた。



これから、俺にとって甘くて苦痛な時間が始まる。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -