こんなことは人生で初めてだった。
自分で言うのもどうかとは思うが、俺はそれなりに端正な顔立ちをしているため、特別女に不自由することは無かった。
それなのに、突然現れたあいつが、俺のすべてを覆したんだ。
練習生の、イ・テミン。
彼は練習生の中で1位2位を争うほどのダンスの実力者。
テミンのライバルは同じく練習生で同い年の、キム・ジョンイン、と訊いたっけ。
そんな実力者と俺が話すなんて、無いとずっと思ってた。
だって俺は、努力が実るだけでイ・テミンのようにすぐに振り移しが出来るわけじゃないし、独自のものとして完璧なるダンスがすんなりと踊れるわけじゃない。
それにそもそも俺はラップで、イ・テミンは歌を専攻しているのだ。
挙げればキリがないほど、俺と彼の接点は無いに等しい。
唯一あるとするならば、近い年齢。
「お前、邪魔なんだけど。デカイのが大の字になって寝ないの。テミナも邪魔なんだから、さっさと退く。掃除出来ないでしょ。」
「痛っ、おいキボマ、もう少し優しくだな…。」
「うぅ…痛いよキボミヒョン…。」
一生関わることの無い人間。
そうカテゴリー分けしていたはずのイ・テミンは、今じゃ当たり前のように俺の…いや、俺たちのそばにメンバーとして居る。
いくら年齢が近いとは言え、俺とキボムのふたつ下。
ジンギヒョンよりも4つ離れているから、きっと、ずっとずっと、不安で仕方が無かっただろうに。
こんなにも逞しくなったのは…はたしてキボムの躾が良かったからなのか、なんなのか。
似なくても良い性格まで似てきて、最近じゃあブラックマンネだとジョンヒョニヒョンと一緒になって愚痴を零してしまうほど。
まだ中学生で、幼さを残す時期に、この男はデビューした。
だからこそ純粋無垢な部分もあり、過保護とも思えるキボムの丁寧な教育でこうなったんだろうけど。
まあ、さすがにあのときのあどけなさが消えてしまえば、キボムも冷たくはなるはずだ。
俺と一緒に床に寝転がっていたテミンまで、キボムは容赦なく蹴り飛ばしたんだから。
「優しくしても起きないくせに。」
「そして安定でジョンヒョニヒョンは放置するのかよ。」
「だって僕より小さいから、特に邪魔とは思わないもん。」
ブツブツと文句を言いつつも、重たい腰を持ち上げる。
まだ眠いよー…、と呟きながらもフラフラと歩くマンネは、なんとなく後輩グループのメインダンサーを彷彿とさせた。
まあ、ジョンヒョニヒョンは置いといて、マンネをちゃんと部屋まで連れて行ってやるか。
一応これもヒョンの仕事なんです、ってね。
「テミナー、廊下で寝るなよ?」
「んー、ミノヒョンが一緒に寝てくれるなら、部屋で寝る。」
「なんだよ、その理屈。」
あまりにもフラフラと歩くものだから、腕を掴んでやる。
するとテミンは俺にべったりとへばりつき、まるで距離なんて俺たちには存在しないかのようだ。
さすがに、羞恥というものはある。
馬鹿みたいなことを言ってるテミンをはぐらかそうと適当に話を流し、その身体を押し退けはするものの…動かない。
昔の、あの華奢な身体付きだったマンネはどこに消えた?
そんなものを問うてみても、誰も返事なんてしてくれないんだけど。
動かない以上、もうどうにもすることは出来ない。
仕方なくテミナとジョンヒョニヒョンの部屋に連れて行けば、何故かテミンに腕を引かれ、ベッドに押し倒された。
見えるのは、テミンの顔と天井。
それから、ジョンヒョニヒョンが付けたのであろう、ある女優さんのポスターのみ。
「テ、ミナ…?」
「ねぇ、ミノヒョン。俺さ、いつまで聞き分けの良い、可愛いマンネを演じてたら良いの?」
「は…?誰が、っん!」
押し倒されたことに戸惑いつつ、テミンの名前をつぐむ。
するとテミンはひどく妖艶な表情を浮かべ、獣のような欲が含まれた瞳を俺に向けた。
いつまで聞き分けの良いマンネを演じてたら良いの?、と言うテミンの言葉に、誰が聞き分けの良いマンネだって?、と突っ込もうとした時。
俺は言葉を発する前に、テミンからそれを阻まれてしまったのだ。
決して、キス自体に不慣れなわけではない。
伊達に女を相手にしてないんだ。
こんなもの、平気なはずなのに…。
受攻が逆転しただけで、頭が真っ白になってしまう。
長く重なった口は呼吸を忘れ、駄目だと危険を示す赤信号を脳が出していたというのに、身体は酸素を求めて、薄く口を開いてしまった。
それをテミンが見逃すはずもなく、少し酸素を取り入れたところでザラザラとした舌が口内に侵入する。
逃げども逃げども、狭い口内ではその行為さえも意味を成さず、舌を甘噛みされたり吸われたりし、下肢が甘く疼いた。
「ふぁっ、あ、はっぁ…っ。」
「ふふ、ミノヒョン可愛い。」
どれほどの時間口付けていたのか解らないが、やっと解放されたときには俺の身体からは酸素の大半が失われていて、頭がクラクラとし、視界はボヤけ、意識も朦朧としていた。
最後に見えたのは、さっきよりも妖艶さを増したテミンの表情。
無意識のうちにテミンへ向けて伸ばされた俺の手はテミンに取られ、掌にチュッと口付けられる。
それさえも甘く感じ、なんとも言い難い感覚に支配されながらも、俺はそのまま意識を手放した。
意識を失う前に、聞こえた言葉。
−−−好きだよ、ミノヒョン。
その意味を、俺はまだ知らない。