一緒にいかがですか? | ナノ

一緒にいかがですか?






「よく来たな!さぁ上がってくれ」

ロイドに招かれて二回目のダイク家へ訪れた。あの頃はエターナルソードのことやミトスのこと、世界統一のことで色々とドタバタしていてゆっくり滞在することができやしなかった。だが二つの世界が統一した今の世界は少し混乱があるにせよ、比較的穏やかな日々であった。
そんな最中にロイドから暇があれば家に来てほしいとの手紙を貰い、仕事の合間を縫ってイセリアの外れにあるこの場所へと来た。

「そこの席に座っててくれよな。コーヒー、出すよ」
「おう。サンキューな」

ロイドがパルマコスタを襲撃してその件が解決して早一年の月日が経った。いや厳密に言えばロイドではなくデクスであったのだが。
あの頃のロイドはエミルやマルタには勿論のことゼロスやコレットたちーーかつての世界再生の仲間にすら事情を話すことはなかった。いや話せなかったのか。
一人で背負いこむなと言っていながら自分は誰にも頼らず背負った。ひとのことを言えねぇじゃねぇか。

「はい、コーヒー」

カタンッと小さな音を立てカップはテーブルに落ち着いた。
表情もあのときと比べて幾分良くなった。ーーいや元に戻った、が正しいか。
あのときは濡れ衣を着せられ各地で糾弾されていた。されていてもなお言い訳一つせず背負いこんだ。

(リフィル様も言ってたけどよ…)

とんだところで似ちまったもんだな。
コーヒーを啜りながら穏やかな表情を見る。声が少し低くなり言動が似るようになってきた。鷹色の男を真似ているわけではないだろうが無意識か。ロイドを通して男を思い出す。
…アイツは今頃どうしてるんだろう。
あの日に罪悪感が無いと言ったら嘘っぱちだ。罪悪感しかない。後悔しかない。俺がもう少しでも早く気付けたならば。そうならば。もしかすると。

(…本当は嫌いじゃなかった)

あんな態度を取っていたらそりゃあ嫌われてるって思っちまうよな。
確かに気に食わなかった。だって親は子を守るもんじゃねぇか。なのに傍で守らなくて剣を交えることまでして。
……でもロイドをーー子を守っていた。自分の立場、置かれている状況を踏まえて。男は男なりに子へと未来に続く道筋を示していたのだ。たとえその先に自分が居なくとも。

「…ゼロス、来てくれてありがとうな。忙しいんだろ」

ロイドの声にハッとし思考を止める。
そしてヘラヘラといつも通りの笑顔で応えた。

「いいってことよ〜。今は落ち着いてきたから俺さまの出番も少なくなってきたしな」
「そうなんだ。てっきり御役人みたいに動き回ってるのかと思った」

数年前、少なくともエミルたちと出会った頃は世界は混乱に陥っていたしヴァンガードのようなシルヴァラント王朝を復活させようとする者たちも現れていたためテセアラ最後の神子としてやるべきことは多々あった。そのために各地を回ることも少なくはなかった。
ーーふとロイドは昔と同じようにひとが良さそうな顔を浮かべていたのを引き締めた。彼の纏う雰囲気が一気にガラリと変わる。
ゼロスは固唾を呑んだ。ロイドのこの雰囲気は何度か経験しているが未だに慣れない。まるで別人となったかのような、そんな感覚。
ロイドはそんなゼロスを見て苦笑した。

「そんな顔すんなって」
「え、あ、そ、そうだな。でひゃひゃ、俺さまとしたことがロイドくんにビビっちまうなんてな」

あひゃひゃ。いつも通り笑ってみせる。自分を偽ることは慣れている。
心臓がドッドッと速くなる。緊張する。何を言われるのか。怖いーーそう、恐怖だ。俺は今ロイドに恐怖を感じている。だって当たり前じゃねぇか。俺はロイドのーー

「……外を見せてほしいんだ。統一されて元に戻った世界を」
「へ?」

思考が止まる。

「世界を見せるって……誰に…?」
「決まってるだろ。変なところで鈍いんだな、ゼロスって」

「ーー父さん…クラトス、だよ。クラトスに見せてやってくれないか?」


クラトス。
その言葉を聞いた途端悪夢が呼び覚まされた。
ーー無数の白い光が自身に注がれる。ああ俺は死ぬんだな。なんてつまらない死に方だろうか。いや当たり前じゃね?血が繋がっていないとはいえ大切な妹を一人にして。ずっと自分を信じてくれた仲間を裏切り。正しい末路じゃねぇか。ーー悔いはなかったんだ。後悔はなかったんだ。なのに。なのに。どうしてアイツはーー…。
カラカラに乾ききった喉を震わせ言葉を紡ぐ。

「おまえ、わかってんのか…?俺さまは……俺は…アイツを……」

息をするのが苦しい。このまま消えてしまいたい。いやそれは許されない。ロイドの前で、それは決して許されるものではない。そんなことわかってんだよ。だけどこの痛みはどうも耐えることができないようだ。まるでアイツが受けた痛みのように。全身が焼かれてしまいそうな。
ロイドはゼロスの心中を察したのか目を閉じゆっくりと瞳を開けた。そして残酷にゆっくりと言葉を紡いだ。

「わかってる。だからゼロス、おまえに頼んでるんだ」

わかってる。
ゼロスが今どんな思いで自分の頼みを聞いているのか。わかってて俺は言ってるんだ。
ロイドはカップを握り締める。水面に浮かぶ自分の顔がどんなに歪んでいることか。これが俺なのか。ーーまるで、あの奈落へと堕ちていった勇者のようではないか。ああ醜い。
でも今ならわかってしまう。大切な姉を失くした勇者の気持ちが。目の前で失くした気持ちが。
何がロイド様だ。何が勇者ミトスだ。結局俺たちは自身の大切を奪った奴らを傷付けたいだけ。ミトスは人間を。俺は勇者とーー世界再生の仲間を、自分自身を。
ーーカツッ。
ゼロスがカップを皿に戻した音でハッとして意識を戻す。いつものおどけた表情はない。そこには覚悟を決めた男がいた。

「ーーわかった。ロイド、おまえと……アイツに償うために引き受ける」
「…ああ。ゼロスならそう言ってくれるって思ってたよ」

ロイドも先ほどのゼロスと同様に"いつも通り"の表情を浮かべる。
世界再生の旅を経てからか。それともパルマコスタ襲撃の濡れ衣を着せられてからか。ーーそれとも父の外見年齢に近付いてきたからだろうか。自分を偽り嘘を吐くことにもだいぶ慣れてきた。

(父さんが俺の傍にいてくれるなら。笑ってくれるなら)

ーー嘘を塗り続けよう。
カップから手を離し、席を立ち上がる。

「悪いけどこの後用事があるんだ。クラトスには言ってあるからいつでも大丈夫なはずだよ。今日は確かイセリアの学校にいるから帰りに寄っていってくれ」
「わかった」

それじゃあ頼んだ。
そう言い残して家を後にするのを引き止める。

「ロイド」
「どうした?」
「ーー今日からでも構わないか?」

一瞬ロイドは目を見開いたがすぐに笑って応えた。

「ああ!」










授業が終わったのか子どもたちが学校から出てきて早々に遊んでいる。貧富の差は未だに残っているがこういうところを見るとテセアラの方が劣っているように思えた。テセアラはシルヴァラントよりも教育制度が幾分整っているからか大人しい子たちが多く見えた。だからかシルヴァラントに来ると子どもたちを見ていてこちらも楽しく感じる。楽しそうに外で走り回っている姿が励みになったことも何度かあった。
ゼロスは目当ての人物を探すためにお下げが愛らしい女の子に尋ねると男はまだ教室に残っているのだと言う。

「みんなとお話してると思うよ」

太陽がよく似合う笑顔をゼロスに向け、それから少し遠くにいた子どもに名前を呼ばれるとタッタッと走っていった。
少女を見送り終えるとゼロスは学校の中へと入っていく。
なるほど。確かに生徒たちの元気が良い声が廊下まで響いている。

(懐かしいねぇ…)

遥かに遠い日のようで実際に数えてみるとそこまで離れていない日々を思い出す。あの頃はよく勉学に励んでいたものだった。ーー神子としての素質を高めるために。テセアラのために。

(……ま、友人なんていなかったけどな)

一番奥の教室に入ろうとするとドアが開きっ放しだった。誰かが閉め忘れたんだろうな。
中を覗けば数人の子どもたちが一人の男を囲んで和気藹々と話をしていた。

「……それでね、わたしビックリしちゃってーー」

話をしていた少女がこちらに気付く。それにつられて他の子どもたちもーーそして男も気付く。

(…ああ)

ーーなんて儚くなっちまったんだ。
以前身につけていた燕尾色の服ではなく、かといって数千年前のテセアラ国の騎士服ではなく。白いワイシャツにスラリとした黒いソックスを男ーークラトスは身につけていた。
凄腕剣士としての腕は無くなり残っているものは体内を流れる残り限られたマナだけ。
久方ぶりに姿を見たからか。彼がこの地に残っている理由を知っているからか。それらが益々クラトスの儚さを際立たせていた。
気づけば彼を取り囲んでいた子どもたちはいなくなっていた。恐らくゼロスに気を遣ったのだろう。子どもは時に大人よりも空気を読むんだな。
木製の椅子に座ったままのクラトスの元へと歩む。目の前に来ればクラトスはあの子たちに向けていた控えめな笑みを浮かべた。

「…久しいなゼロス」
「……ああ」

いざ本人を目の前にすればそう答えるのが精一杯だった。
痛い。苦しい。立っているのが辛い。鼓動が早くなり息苦しくなる。
しかしそんな自分を奮い立たせる。ロイドと約束をした。これは償いだと。親愛なる友人から唯一無二の師匠を殺した罪。幼い頃から親以上に気に掛けてくれた男から力を奪った罪。その償いをあの日からしたいと考えていた。償っても男に力が戻ることはない。そんなことはわかっている。わかってはいるのだ。

「ーーロイドから話は聞いている。無理にとは言わぬ。おまえにはおまえなりの事情があるだろう」

クラトスの声が自分の負に陥った思考をリセットさせた。
見れば息子と同じように目を外らしている父の姿があった。

(…考えても仕方ねぇよな!)

腿で拳を作っていたクラトスの手を握る。その行為に驚いたようでクラトスの目は見開かれた。
掌に伝わる人間特有の温もりが彼が生きていることを証明する。ああ生きているのだ。ゼロスもクラトスも。あそこで死ぬ運命だった自分たちは生きている。それだけでも有難いものではないか。

「アンタがいいなら今日からでお願いしたい」
「……いいのか?」

豆鉄砲でも喰らったかのような表情で首をかしげたクラトスに苦笑が溢れる。

「あったりまえでしょーが」

手を引いて椅子から立たせる。
これは親子への償いのため。
だがーー

(少しでも仲良くなれたらいいもんだな)

笑い合える日が来ればいいと思う。





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