regret





「お前、白雪姫役やりたい?」
「…やりたいわけないだろ。」

高校1年生。
これが、隣の席の奥厚志と初めて交わした会話だ。

文化祭の出し物である男女逆転劇のキャストを決める話し合いの最中。

ああいうときの女子の団結力は恐ろしく、容姿を評価されてのことなのか、僕は半ば強制的に主役に決まりかけていた。盛り上がっているのは女子だけで、男子生徒の大半は何の興味も無さそうな表情を浮かべている。

ステージの上で。
女装してドレスを着る?


そんなの僕には似合わない。


スカートも、アクセサリーも。


僕が身に着けても気持ち悪いだけだ。
だからこそ自分自身で封印したのに。

大勢の前にそんな自分の醜態を晒すなんて、想像しただけで吐き気がした。


「やりたくないなら、俺が白雪姫やってもいい?」
「え?」

突然の質問に答える間もなく、次の瞬間奥が手を上げた。よく通る大きな声で教壇に立つ進行役の女子生徒の名前を呼ぶ。

「ねぇ、俺が主役やっちゃだめ?こういうのはギャップが面白いんだからさ、俺みたいなデカい男がやる方が絶対うけると思うんだけど。」
「えー…でも…。」
「俺が白雪姫で、継母は佐藤がやればいいじゃん?」

奥が声をかけたのはバスケ部の友人で、彼以上に体格のいい男子だった。2人のドレス姿を想像したのか、教室中に笑いが起こる。傍観していた周りの男子達も便乗して意見を出し始め、次々と他のキャストも決まっていった。

結果的に僕は小道具の担当に落ち着いて、人前に出る役を回避することが出来たのだった。

あの頃はまだ奥のことをよく知らなかったから。「目立ちたがりの男が主役をやってくれて助かった」と、その程度にしか考えていなかった。

本当は、僕の青ざめた顔に気がついた奥が身代わりになってくれたのだと知ったのは、それから大分後のことだった。

奥には"善良"という言葉が良く似合う。

それは社会人になった今でも変わらない。

容姿が良いだけで中身の無い僕とは違い、奥厚志の周りにはいつも人が集まり、男子も女子も彼と親しい存在になりたがった。

僕はただそれを遠目に見ているだけの一生徒に過ぎなくて、高校時代は殆ど関わることのないまま卒業を迎えた。



再会したのは本当に偶然で、深夜のコンビニで突然肩を叩かれて、振り返るとスーツ姿の奥が笑顔で立っていた。

もしも見つけたのが僕の方だったら、きっとそのまま何もせず通り過ぎていただろう。殆ど話したことも無い同級生と4年ぶりの再会をして躊躇せず声をかけることができるのは、奥だからできることなんだ。

「久しぶりだなー!卒業してからだから…4年ぶり?」
「その格好だと奥は仕事帰り?」
「そう、職場がこの近く。家は2駅くらい先なんだけど。」
「ふーん。」
「千歳は?もしかして家がこの近く?」
「そうだよ。ここから5分くらいの所。奥はよく僕だってわかったね。大して喋ったこともないのに。」
「わかるよ、昔からお前目立つから。」
「……僕が?」
「あのさぁ、千歳。再会したばっかりで図々しいお願いだとは思うんだけど。」


終電逃したから今夜泊めて。って、満面の笑みで奥が言った。


あのとき断っていれば。
深夜にコンビニに行かなければ。
今の部屋に住んでいなければ。
奥の就職先がもっと別の場所だったら。


今になってこんな苦しい思いをせずに済んだのかもしれない。

そんなことを今更考えたって仕方ないのに、それでも何度も思ってしまう。


何も無い僕の部屋に、僕以外の人間が足を踏み入れたのは、あの夜が初めてだった。









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