濡れた破片






高遠が寮を出てから半年が経った。

就職を機に染めた黒髪には未だに慣れない。だけど短い髪は今までより好きかもしれない。
髪の色に合わせて着る服も変わった。ひとつが変わると連鎖的にいろんなことが変化していく。

高遠と物理的に離れてみてわかったことがある。僕たちの関係が成り立つためには「会うことが全て」であって、電話の声やメールの文字では埋まらないのだ。

向き合って、触れられなければ意味がない。

会えない間、それぞれの生活は進んでいく。

誰と話していても何を食べていても、離れている間のそれぞれの世界を知らなくても。何の不都合もない。必要なものは「会う約束」だけ。

卒業前の宣言どおり、休みを利用して毎月のように顔を出すから、あまり離れている実感は湧かないけど、それでも互いに知らないことはどんどん増えていく。


「最近さぁ、花瓶を集めてるんだよ」
「花瓶?」
「そう。面白いんだよね、花瓶」


連休を利用して初めて訪れた高遠の部屋は、寮生活のときと変わらず物で溢れていて、雑然としてはいるけれど、それはきっと全てが高遠にとって必要なものなんだろうと思った。

窓際に並べられた小瓶の列。

陶器製のものもあれば、青く透き通ったガラスの瓶もある。凝った装飾はついていない、シンプルな形のものが多い。

「花瓶だけ?花は飾らないの?」
「花は別に興味ないんだよねー」

花瓶って、花があって完成するものじゃないのかな。花を飾る用途が無ければ、それってただの瓶なんじゃない?

「こういうの、どういうところで買うの?」
「適当に入った雑貨屋さんとか、骨董市でも買うことあるけど」

これが特にお気に入りのやつ。

そう言って高遠が指差したのは、白い陶器の一輪挿しだった。細くて頼りなくて、少しの風でも倒れてしまいそうだ。

「瓶の口からくびれた部分を"首"って呼ぶんだよね。で、底に向かって肩、胴、腰…って。ほら、見えにくいけど、白い線の模様が入ってる」

高遠の指が、その線をゆっくりなぞる。

「この線が首に絡まって、喉が絞まってるみたいに見えない?」
「……うん、見えなくもないかも」


そのとき、ふいに思い出した。


僕は昔、"高遠の所有物になりたい"って言ったことがある。口には出さないけど、本当は今でも思っている。


僕は多分、高遠に壊されたいんだと思う。


それは「人間として殺してほしい」というわけじゃなくて、「物体として壊してほしい」っていう願望なんだけど、その微妙な感情をうまく伝える術も無くて。


もどかしくなるときがある。なんで僕は僕なのかなって。


僕は、当たり前のように高遠の隣にはいたくない。


花瓶に触れる高遠の手をとって、その爪先に口づける。高遠は少し笑って、猫をあやすみたいに僕の首筋を撫でた。


「ねぇ、この花瓶割ろう」
「……は?えっ?話聞いてた?これ一番お気に入りで……」
「割りたい」
「えぇ…なに急に、怖いんだけど…」


僕の気を逸らすように、高遠は僕のシャツのボタンに手をかけて、器用に片手だけではずしていく。


「じゃあ割らないから、あの花瓶貰えない?」
「……どうしたの。みどりちゃんが物に執着するの珍しいね」
「そうかな、そうかもしれない」
「うん、あんまり無かったよ」


そう言うと高遠は手を伸ばして、白い花瓶の首を掴んだ。


次の瞬間。


迷い無く振り上げた腕。
陶器の花瓶が机の角に打ち付けられて、砕け散った破片が床に散らばった。


さっきまで高遠が愛おしそうに触れていた、あの線も。


高遠は欠片を一瞥しただけで、何事もなかったみたいに、また僕の方へ向き直した。


「……すごい、勃起してるけど。みどりちゃんはわかりやすいね」


床に押し倒されて服を脱がされている間も、形を失った瓶の残骸を見つめていた。


背筋が寒くなるくらい興奮してる。


破片に手を伸ばしたかったけど、"あとで掃除するから、怪我しないようにね"って言われたから、大人しくしていることにする。

高遠の指は、僕の身体を上から下へ、ゆっくり辿っていく。


「高遠の感性はよくわかんないよ」
「……みどりちゃんにだけは言われたくないけど」


いつかこの手に壊されたいって。
本当に、心の底からそう思ってるんだよ。


窓から差し込む夕日は、残された窓辺の瓶をオレンジ色に染めていた。





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