破綻者は脈打つ夢を観る

◆あらすじ:「ぱんぱかぱーん! 神様だよー!」……僕はよく幻覚を見る。
死にたい時に現れた神は、とても……。

◆注意:風雅の戯賊領、小説家になろう、ハーメルン、pixivでも“P琢磨”名義で多重投稿されております。




「ぱんぱかぱーん! 神様だよー!」

 ……僕はよく幻覚を見る。小さい頃から、と言う訳ではなく、中学生の頃からだと思う。
 原因は分かっている。ストレスだ。心に負荷が掛かり過ぎた時に、見えてはいけないモノが見えたり、聞こえてはいけないモノが聞こえたり、感じてはいけないモノを感じたり、とにかく存在しないモノが存在する事になる。
 だけど、今回の幻覚は、そう言った類いの代物とは別格と言うか、趣を異にしていた。
 部屋の中に等身大の女の子がいる。確実に幻だと分かるのに、存在感が有り過ぎる。影は有るわ、女の子らしい臭気は放ってるわ、息遣いまで聞こえてくるわ、幻である事を否定する要素が有り過ぎるのだ。
 若干色素の抜けた茶色い髪は肩甲骨に掛かるほど伸びてて、それが背後に有るストーブに掛かったのだろう、ちょっと焦げた臭気が漂ってくる。
「あの、燃えてる燃えてる」
 女の子の背後のストーブを指差して呟くと、身長百五十センチほどの女の子は「うわ、くさっ! 髪の毛くさっ!」と慌てて飛び退いて僕に手を掛けた。
 手の感触が有る。じゃあこの人、僕の妄想上の人間じゃないのか……?
 顔が近かった。相手が女性である上に見知らぬ人間だと言うのに、普段のコミュニティー障害が発動する事は無く、「あの、近いです、顔が」と冷静に声を上げた。
「あぁ、ごめんごめん! てか冷静だな君は! 私は神だぞ! ペーパーじゃないぞ! ゴッドの方だぞ!」
 一歩体を引いて、僕の額に人差し指を押し込んでくる神と名乗る女。
 背丈は小さいけど、歳は二十代を超えてると思う。おっぱいも大きい。服装は縦セタにパンツ姿。神様の要素が何も無い。
 僕は呆然としたまま神を眺めた。「神……?」取り敢えず反芻だけしといた。
「そうだ、私が神だ。君の願いを叶えるためにここに来た!」
「僕の願い……?」
「そうだ、君の願いだ。何を叶えて欲しい? 巨万の富か? 名声か? 世界の半分か? それとも全部か? 何でも言え! 私が叶えてやる!」
 僕の幻覚だとしても、相当頭がぱっぱらぱーな奴を召喚してしまったようだ。仮に実在する人間だとしてもこれは無い。家族の知り合いにしても怪し過ぎる。
 ただ、僕の願いは第三者に聞かれても困るモノではないし、何故か目の前の神には全く緊張感を懐かないので、淡々と答える。それはもう、平静そのもので。
「じゃあ、僕を殺してよ」

◇――◇――◇

 神は僕を見て笑顔のまま固まった。
「……なんて?」耳に右手を添えてこちらに向けてくる。
「僕を殺してって言ったの」
「……わ、わんもあ!」今度は左手の人差し指を立てた。
「僕を殺して。出来れば楽に」
 神は僕を見つめ直し、顔に変な汗を掻き始めた。
 併しすぐに何か思いついたのか、顔を明るくした。
「なるほど! 死んで、人生やり直しだな!? リセット世代なんだな!?」
「人生をやり直すつもりは無いです。殺して、それで終わりにして」
「つまりアレか! 異世界転生! 死んで新しいまっさらな世界で無双したいんだろ!? そうなんだろ!?」
「死んで終わりにしたいんですけど」
「神様! 神様になったら何でも自由自在だぞ!? その神様になれるぞ!? 凄いだろ!? じゃあ神様になろっか、な!?」
「僕と言う存在をこの全世界及び全時空及び全時間軸から消し去りたいんですけど」
 神が僕の肩をガッタガッタし始めた。
「何でぇー!? 何でそんな事言うのー!? だから何でも叶えるって言ってんじゃんー!? 死んだら何も叶わないんだよー!? ほら、もっとこうさ、君ぐらいの子ならほら、彼女欲しいとかさ! 交尾したいとかさ!」
「じゃあ楽に殺してください。苦しまずに死にたいです」
「死ぬ以外でさぁ〜!? ねぇ、ほら、もっと明るい方向に行こうよ! ゲームとか! そう、君ゲーム好きでしょ!? 新しいゲームが欲しいとか! あーっ、分かった! 課金するお金が欲しいんでしょ!? お金も無尽蔵に出せるよ、ほら、これいいじゃん!?」
 段々と面倒臭くなってきて、疲れた吐息が零れた。
「それで、あなたは誰ですか? 僕の幻覚なの?」
「私? だから私は神だって! 君の願いを叶えるために来た神! さっき言ったじゃん!」
「その言葉をマトモに受け取る人間が今までいたとは思えないんですけど……じゃあ仮に神だとして、僕は願いを言いました。叶えてくれるんですか?」
「課金するお金が欲しいんだっけ?」
「殺してくれと言ったんです」
 ストーブの前の座布団に座り込み、自称神はふて腐れたようにため息を吐き出した。
「何でそんなに死にたいのさぁ〜? 理由は? 理由を聞かせてよ」
「死ぬ事に理由がいるんですか? 生きる事に理由なんて無いのに」
「生きる事に理由は有るよ! 生殖しろ生殖! 繁栄しろ繁栄! 動物なんだから当たり前だろ!?」
「それは理由じゃない、本能でしょ。仮にそれが生きる理由なら、僕はその理由を放棄する。だから死にたい。これでいいですか?」
「どうして生殖する理由を放棄したのさぁ〜?」
「生殖する理由じゃない、生きる理由です」
「どっちでもいいけど。じゃあどうして生きるの辞めようとしたの?」
「だから生きる事を辞めるのに理由がいるんですかって話ですよ」
「理由が無いのに死ぬなんておかしいじゃん! 君は何か隠してる! 私の審美眼がそう言ってるの!」
「審美眼の使い方を間違ってる気がします」はぁ、と一つため息。「……僕は僕の思い通りにならない環境が嫌なんです。だから死にたい。以上」
「ほら来た! 理由有るじゃん! ね!? 神様の言う通りでしょ!?」
「うぜぇ……」思わず本音がまろび出た。「理由が有ったら何が変わるって言うんですか?」
「私は神なんだよ? じゃあ君の思い通りの世界にしたい、って願えば、そうなるじゃん! ね!? だから改めて願いを!」
「僕の思い通りの世界になったとしても、僕が僕である限り、その環境も嫌になって、死にたくなるのは分かってるから、今ここで死んだ方が効率がいいです」
「分からない! 分からないよ! 君が絶望するのは死ぬ直前かも知れないし、百年後かも知れないでしょ!? じゃあ願うしかないって! 可能性に賭けるしかないって!」
「その可能性を保証するのはあなたでも環境でも況してや神でもない、僕です。だから願わないし、今すぐ死にたい」
「自分の責任って言って全部自分に責任をおっ被せる事なんて無いんだよ! 死んだら何にも出来なくなるんだよ!? 生きてる事を誰かのせいにしたっていいんだよ! ほら! 私のせいにしてもいいんだよ!?」
 はぁ、とまたため息が漏れた。
 神と名乗る女を見やる。真剣に僕の事を見つめ、鼻息荒く、そして興奮した様子で上気した顔をこちらに向けている。可愛らしい顔立ちが少し赤くなってる。
 僕は仕切り直しの意味を込めて、神の顔の前に手を挟み、眼鏡を掛け直す。
「逆に聞きたいんですが、どうして僕をそこまで生かしたいんですか? 僕が死を願うのは、そんなにいけない事なんですか?」
「そりゃ生かしたいよ。私は神であるけど、君でもあるからね! 君が死んだら、私も死んじゃう。君が幸せなら、私も幸せ。君には長生きして、うんと幸せになって欲しいんだよ!」
 やっぱりこれは、僕の見せる幻覚なのだと、再認識した。
 僕に都合の良い事を言い続ける、そういうタイプの幻覚なのだと。
 じゃあ僕がどれだけ屁理屈をこねてもこの問答は終わらない。自分と戦ってるようなものだ、決着など着く訳が無い。
 三度目のため息を吐くと、僕は神と名乗る僕を見つめ直した。
「あなたが僕なら、僕はあなたが死んでもいいとさえ思っていると言ったら、あなたはどうするんですか?」
「私は全力で君に生きてて欲しいから、私は死なないし、君も死なない。それで解決だね!」
 平行線だ。
「じゃあ僕は何も願わない。死を願っても叶えてくれないし、願いは他に有りませんし」
「そうはいかないよ! 私は君の願いを叶えるためにここに来たんだからね! 君には叶えて欲しい願いが有るからこそ私は今ここにいる。だから君の願いを聞くまで私は帰れないんだ! 参ったねこりゃ!」
 何の意味も無い水掛け論だ。
「叶えて欲しい願いは、僕が死ぬ事だけです。他には何も無いです」
「君が生きるために叶えたい願いが叶うまで私は何も出来ないよ!」
 ……イライラする。
 こいつは何なんだ。仮に僕の頭が勝手に見せる幻覚だとしても、ウザ過ぎる。ここまで鮮明に見せて、僕に何を訴えかけているのか。
「僕はこんな世界で生きたいとは思わない。今すぐ死にたい!」
「違うね! 君は死なない! 私がいるもの、絶対死なない!」
 椅子から立ち上がり、神に詰め寄る。
「僕を殺せないのならとっとと消えろ! 神様の分際で!」
「いいや消えないね! 君が生きるまで私は消えないよ!」
 ストーブの熱さが遠い。視界が白熱していく。神を押し倒し、歯を剥き出しにして叫ぶ。
「僕は生きていたくなんかないんだ! こんなッ、こんな――――ッッ」

 こんな、

 面白くない人生、

 大嫌いだ。

◇――◇――◇

 ミュージックが聞こえる。僕の好きなミュージック。
「ん……」
 もそ、と頭を上げると、モニターにはお気に入りの動画がリピートで流れている映像が映っていた。
「夢じゃないよ。私はここにいるよ」
「……」
 顔をストーブの方に向けると、神と名乗る女がちょこんと座って僕を見つめていた。
 眼鏡を掛け直し、今が何時なのか確認すると、欠伸が漏れた。
「君は面白い世界が欲しかったんだね?」
「……」
 気を失う前の記憶は無い。ただただ彼女がウザくて、ムカついて、……愛おしかった事だけは、憶えてる。
 パソコンの電源を落とし、モニターのスイッチを切ると、神に視線を向けた。
「私がその願いを叶えてあげよう! 何せ私は神だからね! 君が願ったモノを叶えるのが私の責務さ! じゃあ、おやすみ!」
 そう言って神は座布団の上に寝転がり始めた。
 僕はベッドに潜り込んだ後、電灯を消すために布団を掻き分けて神の方を見やった。プルプルと震える彼女を見て、ため息が出た。
「……そこ、寒いでしょ。ちょっと狭いけど、こっち来ませんか?」
 声を掛けた瞬間、神は嬉しさが爆発したような顔で「わーい! ありがとー! じゃあストーブ消すね! お布団お布団!」と勢い良くストーブを消化し、僕の隣に滑り込んできた。
 電灯を消し、僕は眠りに就いた。
 隣にいる神の気配はいつまでも消える事は無かったし、いつもより温かい布団は、緩やかに僕から意識を奪っていった。
 世界が少しずつ黒くなっていく……

/了

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