※パラレル



右手の親指から植物が生えた。

それは突然で、前触れもなく、朝目覚めると当たり前のように指先でうす緑色の小さな葉が揺れていた。
初めは何か新しい病にでもかかったかと思って、何だか後ろめたく、懐手などして町を歩いていたのが、通りすぎる人々が誰も気付かず平然としているので、しまいには俺も慣れてしまってだらりと両脇に垂らしていた。誰も何も言わず、まるで見えていないかのように自然に振る舞った。親指を見るものは、子供はおろか路端の猫までも、誰1人としていなかった。
痛みもないし、急に激しく成長もしない。もしこのままずっと小ぶりなら、生活の邪魔にもならないだろう。害のないものなら、別にあって困るでもなし、このまま放っておいてもよい気がしてきた。これでもきっと、やっていけるだろう。

すると、向こうから赤い唐傘をさして歩いてくる男がある。長い前髪と傘の投げかけた影で顔は見えなかったが、反射的に、知っている男だ、と思った。それが何処でどう知ったものか、不思議なことに思い出せない。
思案しているうちに男はつ、と俺の前まで歩み寄り、右の親指を見てにやりと笑った。

「ずいぶん遅く芽が出たね」

言って傘を投げ捨てると俺の肩を掴み、言ったその口唇で俺のそれを掠めた。かさり、何かが肌に触れる。見ると男の右半身は植物に覆われていた。あっと思ったときにはもう遅く、男はうすく笑みを浮かべたまま一歩後ずさったところだった。
喉の奥から何かが突き上がってきた。かさかさ、体内をくすぐる。思わず手で口元を覆おうとすると、右手が植物に埋まっていた。親指が何処に行ったかも知れない。


「待っていたんだよ」


男は虚ろな目で笑った。彼の身体もいまや、生い茂る植物に覆われて埋まりつつあった。咳き込んでうっすら目を開けながら、男が俺を見上げる。

「雲雀……」

思い出して名を呼ぶと、一瞬、目に正気が戻った。満足気に少し笑うと、何事かを呟いた。うんめいきょうどうたい、と言ったのだと俺には分かった。
かさりがさりと体の奥から生命が突き上がってくる。もうすぐ、俺も覆われるだろう。

―あぁ、こいつは俺を捕えたかったんだな。

視界が閉ざされる前に、ようやく気付いた。



初めましての愛欲





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -