彼が彼女の身勝手さを愛したのだとして、それは私の身勝手さとどこが違ったのだろうか。形作られた幸福に安寧し清らかな母性とされるような愛によって王国を作り上げた彼女は、いまや仕事へ向かう彼を微笑みながら送り出す身である。
私は考える。退屈で死んでしまいそう、と笑う彼女。お土産を買ってきますよと微笑む彼。そんな、急拵えの下手な脚本のような台詞を吐いて彼らは別れる。ただ1人部屋に残る彼女と、その彼女を思い似合わない駆け足だってやってのけるだろう彼を思うと、滑稽を通り越していっそ哀れにさえ思える。家なんて持つべきじゃない、束縛されてしまうから。恋人なんて持つべきじゃない、自分を歪めてしまうから。私は2人にそれを学んだ。(死んでも感謝の言葉なんて言いたくないが。)かわいそうに、彼らはお互い何も知らないのだ。無知ゆえに歪んだまま知っている既存の形に収まろうとしてしまった。一般に捕われようとみじめな姿に成り下がってしまった。そんな捩れたままで身体がもつ訳ない、きっと今に壊れるに違いないのに…。
「―で、結局師匠の結婚祝いの電報何て書いたらいいですか?」
「腐って死ね!別れろ!!」
くたばっちまえアーメン
ネタが古いという^^