「よくこの時期に売ってたね」

「ふふ。だろ?珍しくて買ってきちまった」


箱の中身を覗きこんで言う。窓からは暮れかかったあまい日が射し込んできて、仕事を終えて笑いながら歩く人々の声が上ってくる。誰かが水をまいたアスファルトはきらきらしながら闇に溶け出している。何処かの家からは晩御飯の匂いがして、つかの間の休日がもうすぐ終わるのを思い知らされる。僕はソファの上で組んでいた足をほどいて、ゆるく息を吐いた。

山本が買ってきたのはガレットだった。本来ならばフランスで新年に食べるケーキの筈が、何故か売っていたらしい。オフで特にすることもなく、ふらりと食料調達に出かけた奴は、大きな袋2つとそのガレットの入った箱1つを抱えて先ほど帰宅した。今はナイフを取りにキッチンに消えている。忙しないやつ。自営業の父親譲りか、山本はどうもじっとしているのが苦手らしい。


「そうだヒバリ、先にこれあげる」

いつの間にやらキッチンから帰ってきていた奴は、ガレットに付いていたらしい紙で出来た王冠を手渡してきた。本来なら、ケーキを食べ、そしてその中に隠されていた陶製の人形を引き当てた者が被るものである。なのに、どうして。

「え、だってヒバリ誕生日だろ?今日1日王様ってことで」

「…まだ人形出てないのに?ていうか食べてもない‥」

「細かいこと気にすんなって」


ゆるい奴め、と思いつつ渡された小ぶりの王冠を弄んでふと思いつき、じゃあ今日君は僕の言うことを何でも聞くのかいと問うと、ケーキに切れ目を入れている最中だった奴は一瞬迷ったような顔をしてから、いいぜと答えた。度胸がついてきている。喜んでいいのか、つまらないと思えばいいのか。

「何でもどうぞ、お姫さま?」

「さっき王様って言ったのはどこのどいつだ」

「まー細かいこと気にすんなって」


切り分けられて皿に乗ったガレットの、表面のこがね色の焦げ目を眺める。添えられたフォークのカーブを、夕日が縁取っていた。風が吹き込んできて、壁にかけてあったカレンダーを揺らす。今日の日付には、赤色で大きく印がつけられている。


「…じゃあまず、晩御飯はハンバーグにしてもらおうか」

「うん、それは予想済みな」

「かぼちゃのポタージュも飲みたい」

「‥オッケー、たぶん材料あった」

「風呂掃除交代して。あと、皿洗いも」

「…雑用ばっかじゃね?何かねーの、他に」

しびれを切らしたように尋ねてくる奴に、他ってどんな、と逆に問い返せば、僕の髪をすいて笑いながら艶っぽいの?と言った。一瞥をくれてから軽く受け流して距離を置くと、つまらなそうにケチ、と呟かれたが気にしない事にする。脇のラックにかけてあった雑誌を一冊取り出して、再び足を組んだ。食べながら読むとよく行儀が悪いと言われるが、毎度なので最近は奴も諦めてきているようだった。一口分崩して、頁を捲る。


「分かったよ、じゃあこれ食べたら俺は大人しく風呂掃除してきますー」

「あと1つ、」


皿を片手に振り向いた山本を見つめ返しながら、自分の座っているソファの隣を軽く叩いた。(そして気付いた、この雑誌、上下逆さまである。…)


「今言ったことをする時以外は、ここに居て」


呆気にとられたような顔が、ふっと崩れた。日はもうほとんど沈みかけて、部屋は隅からゆっくり暗くなっていく。そろそろ電気をつけなければいけない。1週間前に切れたそれを取り替えたのは、目の前の奴である。


「お安い御用、お姫さま」


皿を置いて山本が一歩歩み寄る。ああ、逆さまの雑誌をしまいそこねたな、奴に見られる、と一瞬思ったがそれもやはり気にしないことにする。
降りてくる口唇を受け入れる。

この部屋が、僕の城である。




King's Space



Happy birthday 雲雀!
Spaceは宇宙でもあるのです。(言い訳)




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