部屋に入ったと同時にがしゃぱりん!と何かが割れる音と罵倒のようなものが聞こえた。ああ、またかと半ば諦めた気持ちで重い足を引きずる。
隅で葬式のように黒いイヴニングドレスがうずくまっていた。震えているむき出しの肩が寒々しい。ぎしぎしと今にも抜けそうな音で鳴く床を注意深く奥へと進んだ。


「わざわざフランス語で怒りますかー」

「うるさい出ていって殺すわよ」

「はいはい分かりましたから上着くらい着たらどうですかー?それ喪服みた、」

最後まで言い切ることは出来なかった。自分の横をピンヒールが空を切ってすっ飛んでいったのだった。いくら投げるものがないからって、それはどうかと。彼女がてかてかと下品なほどに光るそれを買ってきたのは、確か4日前のことである。

彼女の周りの床はガラスの破片で覆われていた。見覚えがある、確か昨日まできちんと壜の形を保って棚に並んでいた品々である。あと有名な値の張るらしいグラス、これももはや見るかげもない。彼女は燃えるような赤毛を乱して、鼻をぐすぐす言わせながら何か罵り続けるばかりだった。

「何杯…いや何本飲んでこうなりました?」

「いい加減にしないとその口2度ときけなくしてやるわよ」

「慰めてるんですよミーなりに。シャイだから上手く出来ないだけで」

もう片方のピンヒールが壁に当たって落ちた。両方はだしになっちゃって、どうやってそのガラスの床越えようって言うんですか。よくこれで殺し屋やってるもんだと感心してしまう。自分よりキャリア長いはずなのに、これじゃあまるで、ただの。


「とりあえずミーの胸でも貸しましょうかー」

「死ね!喋るな!」


思いきり暴れる身体を何とか抱え上げ(少なくとも3ヵ所はひっかき傷が出来た)、うっかり出来心で落とさないように腕と神経に細心の注意を払ってソファに運んだ。綿のはみ出たそこでも彼女は腫らした目をぎらぎらさせるばかりで、とにかく自分の方は見ていなかった。穴の空いた壁を睨みつけてむっつりしている。
今日は何時間待ちぼうけを食らったのか、はたまた何を聞かされたのか。あの人も、目の前のこの人も大概である。いつもよく飽きないもんだとやっぱり自分は感心するばかりだ。大人の問題に首を突っ込むなと恐らく彼女は言うだろう。そんな、ぐずる子どもみたいなことをしながら。


「さっきいい事思いついたんですけど、ガラスの靴とかはいたらどうですかー?腹が立ったら相手に投げられて一石二鳥」

「そうね最初にアンタで試してあげる」

光栄と言えばいいのか遠慮するべきか迷っている間に、何か肌色のなよなよしたものが頬に投げつけられた。床に落ちたのを拾って確かめるとそれは丸められたストッキングで、目線をそのまま横に流すと案の定彼女は肩どころか両足までむき出しにして横になっていた。

「もういい、あたし寝る。後片付けしといて」

「…ミーいつかあんたをやると思います」

「殺せやしないわよ、アンタなんかに」


ああこの人分かってないんだ、と思いながらストッキングを伸ばしたり巻いたりして遊んでみた。横からはもうアルコールくさい寝息が聞こえる。あの人も大概、この人も大概。そして自分も恐らくその仲間で間違いないのだろう。




ガラスの靴は捨てた


ストッキングなのにはだし…すみません


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