外ひどいね、と呟く声がした。眠っているかと思った、ベッドの上の雲雀からだった。
カーテンも雨戸も閉めきっていて様子は見えないが、がたがたと窓を揺らす風と、その上をかける雨の音が聞こえていた。もう4時間ぐらいずっとだろうか。俺は先程、すわ停電かとひやひやしながら風呂に入ってきたところだった。片手にマグカップ、首からはタオル。雲雀が眠っていたら気にせず横に潜り込もうと思っていたが、起きているならそうはいかない。雲雀はあついのを嫌う。風呂の熱気が冷めるまでリビングでテレビでも見るか、と考えて思い出す。あ、停電するかもしれないんだった。


「ねえ聞いてる?」

「聞いてるきいてる。考え事してた」

「風呂場の窓閉めてきた?」

「うん。あ、ヒバリもお茶飲むか?コップにまだ残ってる」

「起きるのめんどくさいから、いい」

ざざあ、と雨粒がまた走っていく。こんな日に仕事じゃなくて良かった。考えながらベッドには入れないので立ち尽くして、少しお茶を啜る。髪から雫が垂れて、肩に落ちた。


「‥やっぱり飲む」

突然、でものそりと雲雀が起き上がった。マグを渡しながらさりげなく近くに腰を下ろしたら、案の定嫌そうな顔をされた。(気がした。はっきりとは見えないが。)

「春の嵐かなあ」

「さあ。…もう桜咲いてたのに、これで散るだろうね」

「川岸のとこ?また咲くって。明日被害見に行ってみるか」

「もう明日じゃないよ」

返ってきたマグを受け取りながら暗闇に浮かぶデジタルの緑の光を見ると、1時をまわったところだった。こんな時間に外で、誰が働いているだろう。この天気でも働くだろうか。ここ数日聞こえていた道路工事の音もさすがに今日はしなかった。ボンゴレの誰かが、今頃スーツ姿で何処かの路地裏を水を跳ねさせて走っていたりするだろうか。看板とか、飛んでないといいけど。


「いま何人くらい起きてるだろうな」

「少なくとも君と僕で2人はいる」

「うん。…俺こういう夜って、割と好きだな」

雲雀は何も言わなくて、その顔もぼんやりしてよく見えないので、不安になってひばり?と呼びかけてみた。嵐は人の心をざわつかせる。

「ちゃんと聞いてる。考え事してた」

「そっか。こういう夜好きなんだけど、変わってんのかな」

「僕は好きでも嫌いでもない」


遠くの方で低くバイクが走り去る音がして、雲雀は小さく3人、と呟く。海の底みたいだとふと思った。このカーテンと雨戸を開けたら、向こうに魚が泳いでるかもしれない。幾層も重なった黒雲もしなる木もなかったりして。

「次の日に朝起きてさ、夜すごかったなって話したら、寝てて何も知らないやつとか居るだろ。そういう時に俺、嬉しいっていうか…何か満足だったなぁ」

世界で俺しか知らない世界の時間、ありのまま荒れ狂った天気。実際に見ないまま、空の色を勝手に予想したり、向かいの家の檸檬の木は無事だろうかと考えたりしていた。他に起きているかもしれない誰かに、ひっそり話しかけたいような、やっぱり話しかけたくないような気持ちだった。明日起きたら家が流されてるかもしれない、なんて考えたこともあった。今なら流されたら、どうだろう。雲雀と2人きり。ちょっと興味はある。

「もう遅いよ。明日も仕事あるんだろう、寝たら?」

「え、入っていいの、ベッド?嫌がるかと思った」

「ちゃんと髪拭いてよ。生乾きだとにおい残るらしいから」

「ヒバリいっつも乾かさないくせに‥」


切り取ったまま忘れられたような静けさだった。俺は俯きながら髪を拭いて、スリッパを脱いでそっと布団に入った。雲雀があたためていた時間を壊さないように注意して。

「あ、庭のトマト落ちてねーかな…」

「潰れても美味しく食べられるようにするのが君の仕事」

「はいはい。ヒバリは食べる係なー」


おやすみ、と言ってその頬に触れる。四角い部屋の中でそこだけあたたかい、時間の流れている空間。例えば近くにぬくもりがあるだけで、存外人間は幸せになれるものであるらしい。
こんな夜に仕事じゃなくて良かった。




それはまだ、夜明け前




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