いやらしい人ですねと通りすぎざまに彼が言った。聞き流そうか迷ったけれど相手が彼だったから、足をとめ微笑んで、はい?と返した。僕は昔から笑うのだけは結構得意だ。悪いことじゃないと思う。だって僕が笑うと、周りの人も皆笑ってくれた。公園で出会ったおばあちゃんもりんごを売ってくれたおじさんも、僕の笑顔で元気が出ると言ってにっこりしてくれた。そう、それにまず、笑顔が嫌いな人なんてめったに居ないはずだ、のに。目の前の彼は何かを呟いてふっと嫌味に笑うと去っていってしまった。分からない。彼を怖いとかは流石にもう思わないけれど、それでもやっぱり、得体が知れなくて苦手なタイプである。

僕のどこがいやらしいんだろう。昔から色んな人が頭を撫でていって、君はいい子だねってほめてくれた。あと一度だけ、天使みたいだねと言ってもらったことがある。恥ずかしくてほとんど誰にも話したことはないけど、視力の弱い、でも刺繍の上手なおばあちゃんが、しわしわの手で僕の顔を撫でながら言ってくれたのだった。6才くらいだったろうか?懐かしい。でもそんな僕が、いやらしい?



「確かによく分かんねーなあ」

ディーノに話してみたらそう言って首を傾げられた。でもあいつ変わったとこあるから、あんまり気にすんなよと言ってからりと笑う。ディーノの笑い方はとてもさっぱりしている。干したての布団みたいに気持ちいい。周りにはいつも、日曜日の朝のキッチンみたいな、健康的で清潔な空気が流れていて、僕はついそれを感じたくなって度々会いにきてしまう。ディーノの部屋からはきれいに刈り込まれた植え込みやそこに集まる鳥なんかがよく見えて、僕はそれら全部が大好きだった。ここはすごく居心地がよい。

「フゥ太はいい奴だぜ」
元気出せよと言って頭を撫でてくれるその手はとても優しい。ああ、ディーノが僕の兄だったら良かったのになあ。いっつも同じ、干したてのぱりっとしたシーツにくるまって遊んでみたり、子犬みたいに鼻をひっつけあってふざけたりしてみたかった。こんな空気を、僕にも欲しかった。



「いやらしい人ですね」
またしても通りすぎざまに彼は言った。さすがに僕も腹が立たない訳ではなくて、足をとめ何ですかと聞いてみた。今日は何と呟いたのか聞き取れた。そういうところがですよ、と言ったのだった。そういうって、どういう?

「自覚がない振りなんて、最もいやらしい」

彼は心底苦々しげに言った。だってしょうがないのだ、僕の周りには優しい人がいっぱい居て、皆僕が笑うと嬉しそうにして、僕のことほめてくれる。兄も姉もたくさんいる。皆僕の兄弟、皆僕を大事にしてくれる、可愛がってくれる。それに応えるのは優しさってものだ。僕の兄や姉にどう接したって僕の勝手、僕は天使のような子どもだったから、だからずっと愛されてる。皆がそうしてくれるんだもの、僕の責任じゃない。

「ね、僕は何にも悪くないでしょう?」


彼は心底嫌そうな顔をしただけだった。





美しい人のリアル





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