第六感というやつだろうか。
何だか心臓の辺がざわざわしたので、俺は、部活に向かう足をとめて(正確には、とめてからリターンして)教室に入ってみた。俺のクラス、2―A。‥の窓際に、俺の心臓をざわつかせた犯人は、いた。
「珍しいなあ、何でここ?」
雲雀は風にふわふわ揺れているカーテンを眺めていた。その髪も、ふわふわ揺れてる。今日はなかなかにいい天気で、空の端っこは淡くにじんでいた。空気があったかくて、ほんのすこしだけど甘い。
俺は正直、わくわくしている。(もうすぐ、もっと思いっきり、野球が出来る!)(やわらかい土、ちょっと汚れたボール、グラウンドにひっそり覗いてるベース…考えただけでどきどきする。)
雲雀は俺を(何気ないふうに)上から下までじっと眺めて、それから言った。
「‥部活は?」
「行くぜ?今はヒバリがいる気がしたから寄り道中」
「ふうん」
ユニフォーム着てるから、もしかして多分、遅刻するか気にしてくれたのかもしんない。何もう、かわいいやつ!
調子に乗って俺も窓際、雲雀の隣に立ってみた。やわらかい風が心地よい。俺の短い髪の合間から出た耳もあたたかく撫でられる。
「いい天気なー」
「4月並みの気温らしいよ。20℃ちかいって」
「うわあ‥侮りがたし温暖化…」
「の割にはずっとにやけてるけど」
「ふふ、ばれた?あんまりにも気持ちいい天気してるから、嬉しくて」
カーテンが風と絡み合って遊ぶみたいに、俺と雲雀の間を揺れていく。ちらちら日かげと日なたが入れ替わって、斑模様になった雲雀の肌がきれいだった。窓の外からはどこかの部のかけ声が聞こえてくる。世界が、ゆっくり流動している。
「天気いいと機嫌いいなんて、単純だね」
そう言って落とすように笑った雲雀があんまりにも幸せそうで、あんまりにもかわいくて、俺はもう一つ調子に乗った。
距離を少し詰めて、正面から見つめた。雲雀の睫毛の先も、光の粒できらきらしてる。視界の隅でカーテンが静かに揺らめいて、雲雀の日なたがその度に揺れて、俺は、ゆっくり手を伸ばし、て、
「―ぶっ、」
ばさり、ひときわ大きく揺れたカーテンに行く手を阻まれた。カーテンにチューしてしまいました、あ、何か虚しい…。
「ばーか」
揺らめきながらカーテンがまた引いていって、俺の前に雲雀が帰ってきた。そのふわふわの髪の毛も、やっぱり、揺れている。
「触れられると思ったの?」
思いました、天気いいときの俺は、調子乗るから。カーテンまで味方につけるなんて反則じゃないだろうか、こいつめ…。
「あーもう俺が悪かったよ部活行きま、」
目の前が再び塞がれた。雲雀がカーテンを引いたのだと気付いたのは数秒後、そして俺の口唇を何かが押さえていると分かったのは、もっと後だった。
「‥まだ駄目だよ」
何も言い返す間もなくその感覚は離れて、カーテンはまた窓の方へと流れていった。現れた雲雀はじっと透明な目で俺を見ていた。わぉ、至近距離。
「‥‥‥それ反則じゃないかと」
「知らない。道具は使ったもん勝ちだろ」
「ふは、ひでぇ」
風に乱されたその髪をゆっくり指で梳いた。俺のすぐ真下に、まんまるな頭がある。間にもうカーテンだって割り込めないくらいに、近い。
「天気いいな」
「そうだね」
もうすぐ、春である。
Spring Run