※捏造雲雀家


アスファルトはかたく、夜は黒砂糖のようにかりかりしていた。スニーカーの爪先が無表情な路面を蹴る。頭の中は真空のようにがらんとしていた。


(お母さんに似ているね)

先ほどの男の声が響く。あの人に、もし良ければお願い、と言われてついていった店は(彼女はいつでも本当に頼みたいことは良ければ、と言う。彼女が一生のお願いだと言うときは、大概どうでもいい内容だ)、フランス料理を出す静かなところだった。各テーブルにはぴんと張られた白いクロスと、絞られたオレンジ色の照明が光っていて、男はそんな景色に似合っていた。周囲とうまい具合に、同調していた。


(初めまして、恭弥くん。)

反応しないでいたらあの人は僕の脛を蹴った(もちろんテーブルの下で)。けれどあの時、僕は自分の名前が恭弥であることを忘れていたのだった。だってそんな風に、くんをつけて呼ぶ人には長らく会ったことがなかったから。


男は、何とも言えない男だった。スープを音一つたてずにすする口元や、丁寧にナプキンを折り畳む手つき、そんなものは思い出せるのに肝心の顔が分からなかった。思うに彼は、同調しすぎである。当てはまるというのは、よくない。
見当はずれな事ばかり言っていた。初対面とはそういうものなのだろうか?僕の返事が遅れると、すぐに目を逸らしあの人に笑いかけていた。
しかし男は変に目ざとい男だった。僕が一度、彼の話に顔を上げたときにはすかさず反応した。

(恭弥くんは、星に興味があるのかな?)

特には、と答えた。そしてそれは事実だった。彼の話に顔を上げたのは、ただ最近聞いた内容だったからだ。

(あれは多分、山本の話だった…‥。)

足を止めて空を見た。砂時計に似た形を探す。


「そこのオニーサン。夜道の1人歩きは危険ですよ?」

自転車を押しながら奴が歩いてきた。道の向こうから。(なぜ自転車…?)

「出前行ってきたんだ。親父の手伝い」

奴は笑って出前先の書かれたメモを見せた。個人情報が著しく洩れている。こいつはいつか、竹寿司を潰すかもしれない。(営業上の問題、的な。)

「ヒバリはどうしたの、こんな時間に」

一旦開きかけた口を閉じて、奴に凭れかかった。ついでに目も閉じた。自転車で走ってきた所為か、山本は暖かかった。心臓の音が聞こえる。奴の呼吸に合わせて、僕の身体もゆっくり上下した。


「‥…うん、寒いと人肌恋しいもんなあ」


あ、ばかだこいつ。

山本は全く見当はずれだった。けれど先ほどの男と違って、それは、嫌いじゃなかった。
人肌が恋しかったのかもしれない。あの店は、ちょっと広すぎたから。

「ヒバリの目、夜空みたい。きれー…」

奴のしたいまま、放置してみたら指先が頬をなぞった。くすぐったい。神聖なものに触れるように、奴は、はぁ、とおごそかな息をつく。


「君といると、ぼんやりする‥」
「ん?それって褒めてる?」
「‥‥かもしれない」

そればっかり。何考えていたかも分からなくなる。かもしれない、的な。自転車がきいと鳴いた。僕はフランス料理よりも寿司が好きだ。(これは、断言出来る。)


「…そういうのってさぁ、」

泡が溶けるみたいに山本は笑った。

「好きってことじゃないかな、センパイ」




雲雀さんはお母さんが再婚するかも?な相手とのお食事会に連れて来られ、そのまま大人2人はお酒も飲みにいく感じになったので途中退場して帰宅中だったのでした…。
山本がした話は、オリオン座の星が消えるかも、というやつです。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -