名前という名の固有名詞はどんな時でもフラグを孕んでいる
2011年4月17日(日)
雨の日が数日続くと気がめいるという人は少なくはないだろう。
何日ぶりか、朝からの晴天の空。
雲一つ無く、部屋干しからのおさらば。
沢山の家庭のベランダや庭には穏やかに風に揺らめいている洗濯物の数々。
中には敷布団や掛け布団すらも干している姿が見られる程だ。
日向を歩けば少し暑く感じ、しかし信号等で止まる際に影に立っていると風が一つ吹く度に少しの肌寒さを感じる。コレだから、この時期というのは着る服に困るし風邪とか体を壊しやすいのだ。
でも、室内で開け放たれた窓から入ってくる風はとても心地よい。
日曜日ではあるものの、少し書店を整理するという事で今回は事前に予約をされた人の下に商品を配達するだけの日になった。店の方はシャッター降ろしてる。
そういえば、三日後には新しい種類の本を三種類程入れると四目内さんが言っていたか。
ならば専用の棚の場所や仕入れる本の広告の張り紙、更にはPOPの作成。四目内さん本人が結構気に入った新種の購入だからかやる気が凄んだよな。
思わず一日店をお休みにしてしまうくらいにはやる気に満ち溢れているから。
「あの爺さん、確かもう少しで八十いくだろ」
「え、四目内さんってそんな御歳だったんですか」
「知らなかったか」
「性別問わず年齢を聞くのは不躾だと、お……ボクは思うんで」
「今更取り繕わんでもええだろ」
「……はい」
職場である四目内堂書店のガソリンスタンドとは反対側のお隣さん。
店名『金属細工 だいだら.』
ちなみに最後のこのピリオドまでが店名。読み方は「だいだらぼっち」らしいんだけど、本当にその読み方でいいの?というのが本音。
顔がものっそい厳しい俺の目の前にいる親父さんがここの主人。
芸術家なのだが、本人いわくアートでよく作るものがゲームのRPGで自分のパーティに装備させる武器防具系なのは流石に色々とやばいと思う。
店の雰囲気は商店街とかで見かける少田舎の小さめの建物ではあるものの、奥の方を覗いてみれば火床があるし金床、大鎚と小槌、鞴までもといつだったか見た刀鍛冶の特集で見た大道具小道具。
少なくとも商店街にある店の一つに揃えられている道具では無い気がするものの、まぁ親父さんがそれだけそっちの分野では本気だという事なのだろう。
ちなみにきちんと刀匠資格は持っているとのこと。
「あ、ちなみに予約のされていた雑誌と本がこちらになります」
「おう、あんがとな。
流石にこういった系の雑誌を予約と取り寄せが早いところつったら、爺さんのところだけだからな」
「いやでもほら、あの……大型スーパーが出来たじゃないですか、ここからだとバスに乗らないとダメですけど」
「ジュネスな、お前さん若いのにその言い回しはそれこそ流石にダメだろ。
後、あそこの中に入っている本屋は一回行ったには行ったんだがな。正直に言って隣だから距離が近いのと取り寄せが早いからな。結構重宝してるんだぜ?」
だから、爺さんがくたばんないようお前さんが頑張れよと。親父さんは簡単に言ってきた。
別に四目内さんの身内という訳では決してなく。
……若者らしくいつ都会の方へと出ていくか分からない奴にそんな事を言うのか、と。
思わずそんな考えが浮かんで、眉間に皺が寄ってしまったのを感じていると。まぁ分かりやすく表情に出ていたのだろう。ガハハと品のない笑い声を上げながら親父さんは俺の頭を雑に撫でた。
少しそのまま話し込んでいると、出入り口の方から複数人の声が聞こえてくる。
それに俺も親父さんも揃って出入り口に視線を向けた。
それとほぼ同時にガララッと昔懐かしの引き戸が開けられる。
「すみませーん」
「オゥ!」
「あ、先客いたんすね……。
てか、如月さんだし。えっと、大丈夫ですかね」
「え、あっと……、うん。俺の用は済んでるので、お構いなく……」
金属細工とは名ばかりのこの店は、親父さんこだわりのアートが全面的に出過ぎて基本、一見さんはお断りみたいな雰囲気あるし。何よりもまず人を明らかに選ぶ。
あ、ちなみに一見さんお断りな感じなのはあくまでも雰囲気がそう感じてしまう事があるってだけで、実際はそんな事はない。
そもそもそんなに人が来る訳でもないしなと、いつだったか親父さんは笑っていたし。笑い事ではないけど。
だいだら.に来る人は今までが大抵が中年だったり、他府県から態々電車を何回も乗り継いでやってきたそっちの道を目指している若者くらいだった。
つまりは、何回か話したことのある彼らがこの店を尋ねるとは思っても見なかったのだ。
ここ最近は学校の帰りで寄り道してきてくれていたから、制服姿に見慣れてしまっていたのだが。今日は日曜日。当然の事だが、学生である彼らにとって今日は休日な訳で私服姿だった。
お隣さんである花村は、灰色の線が入った白のパーカーを着ているし。
里中も緑のジャージを着ているところはスポーティで普段の雰囲気からイメージ通りなところがある。
特に里中と今回は姿が無い天城の二人は二年程近くの顔を覚えたお客さんで、私服姿のオシャレのレベルアップ具合を高校生二年生ともなれば、オシャレ具合も磨きが掛かるもんだろう。俺はそういった周りの雰囲気に呑まれたりしなかった。
そんな二人より少し遅れてもう一人。
三人目の彼はここいらでは見かけない新顔だった。色素が薄めの灰色がかった髪に、全体的に黒いスタイル。
キョロキョロと店内を見回している様子から、彼もまた流石にこういった店は初めてっぽい。
そらこんな田舎町の商店街にガチ目の鍛冶施設が備え付けられた金属細工店があるなんて思いもしないだろう。
思わず失礼ながら暫く見ていると、流石にこちらの視線に気づいたのだろう。目が合ってしまった。
「あ、えっと」
「……えと、それじゃあ俺はこれで。
まだ他にもあるんで」
「おう、長々と付き合わせちまって悪かったな。爺さんにもよろしく言っといてくれ」
「はい、それじゃあ失礼します」
頭を下げながら一人店を出る。
花村や里中の二人とも出る間際に目が合ったから、一度二度と頭を下げて通り過ぎる。
特別声とかをかける必要も無いだろうし。
後は親父さんがどうにかしてくれるだろうし、そもそも彼ら三人は客人なのだから対応するのは当然だ。
店の外に出る際に、引き戸を完全に締め切るのを忘れずに。さて次はと肩にかけていたトートバッグの中を漁る。
今日はまだ配達に後四件もあるのに、親父さんのところで立ち話に花を咲かせすぎてしまった。これがセトだったら、いい感じの雰囲気を壊すことなく会話を切れただろうし。少し長話をしてしまったとしても、駆け足などをして時間に余裕を持てたりするのだろう。が、生憎俺にそこまでの体力は未だに無い。
配達用の本は全て配達先別に紙袋に入れて分けてある。
その上に更に住所と宛名、簡略化された地図を一枚一枚手書きしてある。まぁ、今は手元にスマホあるし、地図アプリをインストールしている。
現在地と自分が向いている方向さえ分かれば特別迷ったりしない。俺が割と迷子になりやすいのは、人が沢山いるショッピングモール内だ。
あれは、人の数に気圧されるし。呑まれてしまうんだよな……。
メカクシ団の面々と初めて会った時のことを思い出しいたついでに、テロにも巻き込まれたという嫌なことも思い出してしまい顔を顰めてしまう。
メカクシ団と出会えたのは本当に今思い返しても奇跡で、今も会えないことを引き摺ってしまう程なんだが。
それでもテロに巻き込まれったのだけは、正直に言って [[rb:次こそは>・・・・]]回避したいものだ。
「と、いつまでも突っ立ってたら親父さんの迷惑だよな」
よいしょとトートバックを肩にかけ直して、俺は次の目的地へと足を動かした。
◇◇◇◇◇
「お、気に入った武器見つかったか」
「あぁ。ジュネスで言っていた通り、俺は大剣タイプのにしてみた。で、花村は短刀を二振り両手に持つ双剣みたいな感じというか……」
「あぁ、言わんとしてる事は伝わるぜ。
サンキューな、俺の見立て通りお前センスあるわ」
どれを選べばいいのか、自分に合っているのかが分からないから頼んだと俺に五千円を握らせて早々に店の外で待っていた花村にそう言われて、ほっとした。
いや、金を握らせて頼んできたのは向こうだから、それで文句言われても困るのだが。
商品名、あの厳しい店主曰く作品名狩猟鉈。
店内の金額は全て税込みとの事で、会計する際の計算がラクだから助かった。値段が四千円とまぁ優しくはなかったが。それでもお釣りは出たから、花村にお釣りを渡そうとしたら今後の武器防具の購入や調整頼んだとサムズアップを受けてしまった。
まぁ本人が気にしていないのならいいのだが。
手に取っていた千円札を花村の言葉に甘えて財布に仕舞い直している時、ふと気になったことを聞いてみた。
「そういえば、さっき俺らより先に工房にいた赤いジャージの人って知り合いだったのか?」
「ん?あぁ、如月さんの事か」
「鳴上くんは、まだ本屋さんに行ったことないから会ったことがなかったんだね」
先に一人で防具類を買って、早々に店の外で待っていた里中も話に加わってきた。
「本屋って、あのシャッターが閉まっている店か」
「そーそー、今日は珍しくやってないってだけで潰れてる訳じゃないから。そこは安心していいよ、そんでもって店の大きさの割に品揃えが結構いいんだ、あそこ」
そう里中が指をさしながら教えてくれる。
その指し示す方向へ視線を向けて改めて、そういえば叔父さんが迎えに来てくれてガソリンスタンドに寄った時の事を思い出して、改めて思い直した。
確かにあの時、店の中までは覗き込みまではしなかったが確かに開いていた。というか、一服してくると言っていた叔父さんが確か赤いジャージに濃い緑の腰巻きエプロンをした青年と喋っていた気がする。
顔まで見ていた訳ではなかったから、同一人物とまでは考えがいかなかったが。同じ人だったのだろう。
「如月伸太郎さん。たしか二年くらい前にふらりとこの町にやって来て、あの四目内堂書店で働き始めたんだ」
「そんでもって俺の家のお隣さん」
「え、思ってた以上に身近な人だったんだな」
「そ。まぁ、俺の方が後からマンションに越してきたんだけどな」
最初は引っ越してきた際に挨拶で顔を合わせて、以降偶に挨拶をする程度の隣に住んでいるお兄さんという認識だったと笑う花村。
花村自身もまた、本屋に行くまで本屋で働いている人だったとか、諸々を知らなかったそうだ。強いて言うならば、いつも赤色のジャージを着ている人という認識だったのだとか。
実際、今回もそうだったからその考えは否定しない。
というか、店名の読み方。『よめない』で合っているのか。
こういった場所における店名は、大体が店長の名字がそのままつけられているというイメージがあるが、それは間違いではなかった。
ただ、こういう時人名というのは読み方がひたすらに難しいのである。
「鳴上君も本屋さんに用があったら、多分如月さんに簡単に会えると思うよ」
「ま、今はそんなことよりも雪子を助ける事が重要だけどね」と里中はむんと両手で握りこぶしを作りながら奮起する。
その言葉に俺も花村も強く頷く。
手遅れになってしまうかもしれない。
少なくともそれは、普通で一般人という言葉が当てはまる地元の高校に通う学生達が脳裏に浮かばせる言葉ではない。
世間の大人という生き物が彼らの脳を覗き込めば、ゲームのやりすぎ。だなんて事を言うかもしれない。いくら彼らが真面目で真剣で本気だったとしても。
彼らが高校生という未成年の子供である事には変わらないから。
頼りになる事もある。
信用はきっと数多く勝ち取れるだろう。
ただ、己の目で見たこと以外の何かを信じる事が難しい生き物。
子供風に言うならば、頭が固いのが多いのが大人という生き物だ。だからこそ、彼らには若いと言われるし青いとも言われる事がある。
でも、意地というものには年齢は関係あらず。
そこにどんな感情があろうと理解も認識も届かない所で思惑が絡み合った結果で、彼らが出会う事になったのだとしても。
少年少女のちょっとした作戦がここから始まるのだ。
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