開けた幕のチラリズム
2011年4月15日(金)
今週は随分と雨が降る頻度が多いらしい。
お陰様で霧が夜中から生じている上に、この後も少ししたら雨がまた降り始めるとは天気予報のお姉さんの言葉だ。
結構発達した雨雲がしばらく続くだなんて言ってくれるもんだから、今週はずっと傘を持ち歩いて通勤している始末だ。
傘って雨降る時は当然必要なものなんだが、どうしても荷物になりがちなんだよな……。しかも、通勤に使っているバスとかも、普段自転車を利用している学生や社会人が利用したりするもんだから満員になってしまうし。
まぁ、これは電車や自動車でも似たようなものか。自転車やバイクの姿が軒並み雨の日限定で減る。
何とか座席に座れた時なんかは一息つけるが、雨の日は大体乗車客みんな雨で濡れた傘を持っているから靴やズボンが濡れてしまうんだよな。朝のテンションが下がる上でこれが一番ポイントが高いと俺は思ってる。
ちなみに今日は運良く座席に座れたからまだラッキーな方だ。
バスの座席に深く腰をかけてポケットからスマホを取り出す。そして電源を入れて今日も今日とてこのゼロとイチの電子の海に放流された二次創作を拝む為にネサフするのだ。
原作では死んでしまったキャラクターに長生きしてもらう為に冒険をする物語。
世界観の魅力に呑まれて、あたかも自分がその世界で生きているかの様な物語。
三次元から二次元へと転移してしまいつつも、強く生きていく物語等々。
人の数だけこういったものは増えていく訳だ、最近は通勤中のバスの中でよくやっている。ちなみに、普段以上にスマホの明るさを暗く設定しているからな。
流石にこういったのを覗かれるのは勘弁案件だし。
アプリゲームをする時も大体似たようなもんだが。……まぁ、パッと見何も知らない人が少し覗いた程度では、画面に大量の文章が表示されている程度にしか見えていないのだろうけど。
それでも、元々がグレーなのだから警戒するに限る。
ふと、バス内に設置されている電光掲示板を見てみれば後二駅分で、稲羽中央商店街南に着くらしい。
ならばあともう少しは電子の海を漂っていても問題無さそうだと、視線を下げたところで信号機もバス停も何も無いところでバスが急停止した。
何だ何だとバス内はざわめき始め、寝こけていた人も目覚めては周りの様相に呑まれていく。
『本日は当バスをご利用頂き誠にありがとうございます。
車内のお客様には大変ご迷惑をお掛けしております。
バスの通行ルート上にて事件が発生した為、この先通行止めとなっています。現在警察の指示を仰いでおります。
今暫くお待ち下さい。
繰り返し車内のお客様にご連絡致します―――』
「やだ、事件ですって……」
「ついこの間、殺人事件があったばかりだろう」
「おいおい遅延証明書は出してもらえるんだろうな」
「(事件発生して、バスの中渾沌なう)……とはならないか」
車内の様に思わずボソリと呟いてしまう。
あ、ちなみにラッキーな事に俺の左右に座っている人は、揃ってイヤホンをしながら本やら新聞紙を読んでいたりしていた為、運良くリアルの呟きを拾われる事は無かった。
俺が元居た場所ならば、携帯電話は既にみんなスマホに乗り換えていたし。逆にガラケーと呼ばれる種の携帯電話を持ち歩いていたのはおじいじゃんおばあちゃん、後は社用携帯としてそのまま現役継続しているタイプだけだった。
そして、メール系統の代わりにスマホと同時に普及し始めたのがSNSと呼ばれるもの。
例えば今同じバスに同乗している高校生学生諸君達の大半だったら、青い鳥のSNSのアプリをインストールしていて、即座に現状を呟いていた案件だ。
……なんだったら、数日前のテレビアナウンサーの女性の死体が家のアンテナにぶら下がっていたという事件も、テレビ局が全国に放送するよりも前にSNSによって拡散されていた事だろう。
椅子に座って、スマホを見る為に頭を下げていたから当然頭上からざわざわとした不安色を滲ませた声が降り注いでくる。
少し離れたところから、最近聞いたばかりのパトカーのサイレンが聞こえてくる。
何だったら、急停止しているバスの背後からも一台パトカーが走り過ぎて行った。
「こんな田舎町でパトカーがサイレンを鳴らして走っていくのなんて、珍しい事の筈なのに」
「警察にはもっと頑張ってもらわないとな」
「というかバスはまだ動かないのかよ」
五分、十分とバスが止まってから時間が経つに連れて乗車客の苛つき具合のボルテージは当然上がったくる。
俺も正直に言って、スマホを弄りながらも画面上部に表示されている時計を見て少しだけ眉を顰めてしまった。
現在の時刻は八時五十分。
本来、三十分頃には稲羽中央商店街南に到着している筈なのに既にこの時点で二十分も遅延している。
流石に会社に連絡を入れている者や、既に学校に到着しているか別ルートで通学している友人に連絡を入れている学生が増えてきた。
俺も四目内さんに連絡を入れたいんだが、四目内さんガラケーの文字サイズを最大設定に設定してもなお文字が見にくいとか言っていたんだよな。
だからこういう時の連絡でメールを選択をするのは明らかに悪手。だから、連絡手段は強制的に電話一択になるんだが。
まぁ緊急事態である事には変わりないから、同乗者の人達には悪いけど今から四目内さんに電話をするんだけどな。出来る限り頑張って小声で話すから許してくれ。
プルルルと一回、二回とコール音が鳴った後に繋がった。
『はい、四目内です。シンタロー君かい?』
「あ、四目内さん?おはようございます」
『うんおはようさん。朝早くに電話をしてくるなんて珍しいねぇ』
「突然の電話すいません、実は俺まだバスに乗っているんですけどルート上で事件があったみたいで……。
今緊急停止して二十分くらいは止まったままなんですよね」
『朝からパトカーのサイレンが聞こえてきているのは、その事件とやら原因なんだね。
うん、分かったよ。下手に急いだりしなくていいからね、シンタロー君』
「はい、すいません……。
遅延証明書はきっちり発行してもらいますので」
『うん、まぁ遅刻とかした事ないシンタロー君が態々こんな朝早くに電話をしてきたくらいだからね。最悪ダメだったとしても大丈夫だよ。
それじゃあ、気をつけて来るんだよ』
「……はい」
優しい世界かよ。
思わずエネに今この瞬間現実なのか確かめてくれと頼みそうになったわ。
いや、四目内さんが何だか聖人君主に思えてきた。
多分錯覚なんだろうけど。
結局、四目内さんとの電話が終わって更に五分程経ったところで、漸く事が動いたらしい。
『ご乗車の皆様に長らくお待たせ致しました。
警察の方との話し合いの元、ルートを大回りして終点に向かう事になりました。
つきましては、一部のバス停をスキップする事になりますので、これから申しますバス停で降りる予定のお客様はお手数ですが運転席側までお願いします。
遅延証明書を発行致します。』
訂正。
現実は優しくない。
優しいのは四目内さんだけだわ。
遠回りルートでスキップされた幾つかのバス停の中に、俺が降りるバス停が入っていた時には思わずため息を一つ零してしまったよな。
いや、バス停の運転手さんが悪い訳じゃあないってのは分かってるんだが。
だからと言って、迂回ルートを誘導した警察側が悪いという話でもない。
よっこらせと座席から立ち上がって、満員バスと化した沢山の乗客達の中を掻き分けて運転席側へと歩いてく。正直、これだけで大分体力を持っていかれたような感覚に襲われたのは決して俺の気の所為なんじゃあない。
たとえ二年程本屋で働いた程度で、この引きニートの体力が早々増える訳がないだろ、 [[rb:jk > 常考]]ってやつだ。
「はい、では途中下車という形になりますので……。
えっと、この駅からだと、二百と四十円になります」
「あーっと、現金の方が良いです、よね」
「お気遣い頂きありがとうございます」
本当にこの度はご迷惑をお掛けしました。と何度目かの謝罪の言葉を口にする運転手さんに対して「大丈夫です」と何とか噛む事無く俺は返事をしながら小銭を探す。
何とか百円玉も十円玉も足りて、投入口に入れた後。
急いで用意したのであろう遅延証明書を貰って、バスから降りた。
降りてから漸く今この場の雰囲気というかそういったものに気付いた。嫌でも気付かされたというべきか。
「これで二件目か……」
「前のガイシャの死因もまだだろ?」
「鑑識班曰く、馬の爪だそうで……」
「……はぁ、朝から憂鬱だな」
警察用の制服を着たいかにもな人から、某死神が住まう町でよく登場する警部さんみたいなスーツ姿の人。
誰も彼もがギスギスとした雰囲気を朝から醸し出しているのは、本当にお疲れ様だな。
「おい、足立」
「こっちです、堂島さん」
何処かで聞き知った人の名前が聞こえてきた気がする。が、あの人はそういえば刑事だったのだから、姿は見えずともここにいても何ら可笑しくない。
嫌でも死というものが身近なものとしての感覚が拭いきれず、他の野次馬の人達のような反応を示せない俺は、足早にその場から去ったのだった。
その日の晩、ニュースで一件の事件が取り上げられた。
場所は今ではお馴染みの稲羽市のとある住宅街。俺が今朝の通勤途中でバスから降ろされた場所辺り。
一人の女子高生が無惨な姿で発見されたらしい。
数日前に死体として発見されたアナウンサーの女性と同一犯による犯行だろうとニュースキャスターは説明をする。
最初は、一般家庭の家のテレビアンテナ。
今回は住宅街内にある幾つかの電柱の内の一本に。
人の死体が吊るされる、少し知らない間に物騒な町へとなってしまったなと思ったあたりで眠気に襲われ、テレビの電源を落とした。
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