漸く動き出す四月の始まりと、何処かの炎天下のアスファルト
××××年××月××日(×)
セミが鳴き叫び劈く音は、何度聞いても耳が痛くなるったらありゃしない。
ジワジワと体中から染み出してくる汗が酷く不愉快であり、嫌でも機嫌が下降していくのが分かる。
無意識だろうと意識的にだろうと舌打ちが零れ落ちてしまうのは、まぁ最早ご愛嬌というものだろう。
炎天下、ムカつくほどの突き抜けた青空。白い雲は見当たらず、だがスマホに表示された天気予報のアプリには、海上にそれはそれは見事な入道雲が大量に生成されているとのこと。
これが熱帯低気圧となり、台風へと変化するのも時間の問題だろうだなんてある。
雨が振り続ければ、いずれは水害が発生する。
場所によってはロクに前を見通す事が出来ない程の濃霧に包まれる事もあるだろう。
アスファルトの道はゆらゆらと陽炎が揺らめいている。
地面からにじみ出る熱気によって、今必死に動かしている足が焼けているんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
少し視点を変えて。
本日の気温は三十度を裕に超えて、三十四度。
日本国内において、いわゆる猛暑と呼ばれる日であり。
最悪人死にが出る程の猛暑、否極暑である。
室内にいるのであれば、エアコンを効かせるのは当然レベル。
そして外であろうと中であろうと、水分補給を絶やすという行為は己を死に至らしめる行為と同義である事を決して忘れてはいけない。
そんな文字通りの炎天下。アスファルトが敷かれた道を全身が真っ黒な青年が一人歩いていた。
滝の如くだらだらと流れ滴り落ちる汗を拭う事もせず、ズボンのポケットに両手を突っ込んでいるが故に少し猫背気味の青年だ。
正直な事を言うと、今この場に青年意外の第三者がいれば思わず通報してしまう程度には、不審者の烙印が押される様な青年だった。
黒以外の色を特にもっておらず、強いて言うならば黄色くらいだろうか。
理由なく、されどどことなく蛇らしさを覚えてしまう。そんな一風変わった青年が、どこを目的地としているのか定かではないが、只々炎天下のアスファルト道を歩いていた。
周囲に建築物らしきものは一つとして無く。
アスファルトで敷かれた一本の道以外に、特筆するような植物すらも生えていない。
荒野と呼ぶには時の流れというものが一つとして汲めず。
生命を感じるものが青年以外に無い。
炎天下であるというのは分かる。
頭上に在るべき太陽らしきものがどうしてか見当たらないものの、突き抜ける様な青空が広がっているのも分かる。
今も尚絶えず鳴き続けるセミの声は青年の耳を劈く勢いで聞こえてくるというのに、やはり周囲には青年以外の生命の姿形、影すらも見当たらない。
それなのにも関わらず、青年が時折取り出すスマホには電波を受診している証拠であるアンテナが三本きっちりと立っている。
そんなちぐはぐな様子なのだが、それを黒い青年は特に気にすることもなく歩き続ける。スマホの画面にアンテナが立ち、時折連絡が届いて反応するスマホに舌打ちを零しながら。
何を目的として黒い青年は歩き続けるのか。
生憎とそれを知っているのは黒い青年本人と、時折彼のスマホに連絡を入れてくる相手だけなのである。
また一つ、スマホがピロンと音を立てた。
何度目かの舌打ちを一つ零し、暫くは無視をしたものの結局のところはため息をつきながらも未だにピロンピロンと音を立て続けるスマホを取り出した。
『今何処辺りにいるんですか?黒蛇さん』
とあるSNSに無理矢理かつ強制的に入れられたグループでのコメントが複数。
それらは、黒い青年の現在位置を確認するものから始まり、赤い青年の無事等の心配の声で埋め尽くされていた。
それを一つ一つ丁寧に青年はグループトークの画面のスクショを撮っていく。
明らかに面倒だという色を顔に惜しげもなく出しているのにも関わらず、今回出たコメント全てをスクショし終えたところで漸く反応として返事コメントの一つを返したのだった。
『うるせぇ、んな簡単に最善策の下に辿り着くなんてくだらねぇ夢見てんじゃねぇ』
瞬間、グループトーク内では爆速で青年に対する罵詈雑言が噴出してしまったのは、明らかに彼の自業自得である。
ふんと鼻を鳴らして、スマホをポケットに仕舞い直し。改めて炎天下の中を青年は歩き始めたのだった。
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