化け物にも嫌いなものの一つや二つや十個くらいはある
2012年5月16日(月)
二日にかけて雨が断続的ながらも降って迎えた今日。
生憎の曇天模様で、週の始まり。平日初日だというのにも関わらず気分が頗るよろしくない。
学生生活中における平日の始まりを煩わしいと思っていた過去がある。
大変不本意ではあるが、しかし確かな恩情の下で働かせてもらっている社会人としての平日の始まりは、現時点においては学生時代よりかは幾分かマシな心持ちだ。
ただ、今日はこれまでの中で一番気分が悪かった。
胸糞が悪いという言葉が今の俺の中で燻っていた。
ちなみに、店長である四目内さんには苦笑いで察せられてしまいました。成人しておきながらこの体たらくで申し訳ない。
「いつの時代、どこの世界であろうと。やっぱりマスコミはクソなんだなって……」
正直に、そして早々に白状しよう。
一昨日の夜の事なのだけど。普段から、テレビを見ているという訳ではないくせして、その日はテレビでニュースを見ていた。
元々地方のニュース番組だったというのもあって、映る風景への見覚えがあるというものが多い。
あの連続怪死殺人事件を取り上げたものなんかは特に顕著だ。
そんな中でニュース内にて取り上げられたとある特集。
ここ数日、特に酷く付近からの警察への通報件数が多かったというところに目をつけたのか。国道で好き勝手暴走している件の暴走族がマスコミによって報道された。
ただ、暴走族が走り回っている。ここ最近の様子が取り上げられたというだけであれば、それは連中の自業自得だ。まぁ、噂では付近を走り回っている暴走族はバイクの免許を持っているだけの未成年で構成されているらしいけど。
これは漫画とかでも大体は未成年というか、高校生とかがよく採用されていたりするから。それがフィクションだけじゃないんだなって一人納得している。
だから彼等には少年法が適用される為、基本的にはモザイクがかけられて特定出来ないようにされている。何だったらボイスチェンジャーもかけられている。基本はね。
インタビューとか、一部は例外として外されるらしいけど。そのインタビューも応える際に匿名性を出すよう要求しなければ、サボられたりもするらしい。やっぱりそういうところがマスゴミなんて呼ばれる所なんじゃないかな。
話がズレた。
さっさと、俺個人が苛ついてる原因を話そう。
いや、原因はここまで散々、愚痴愚痴と言ったマスゴミ改めマスコミで。
昨晩の特番に知ったとある少年が映ったのが理由だ。
少年の名前は巽完二。
商店街の北側に位置する染物屋の一人息子。
金髪に染めた髪をオールバックにし、絵にした様な不良の見た目をしている。どことなく本人はそれを分かった上で、むしろ敢えてそんな格好をしている雰囲気を感じるが。
そんな彼が、暴走族という複数人を相手にして喧嘩をしている様子がマスコミによってテレビ報道されたのだ。
知る人が見れば、彼を分かっている人が見れば。暴走族側に加担しているという訳でも、ましてや別のグループからの先遣隊的な感じでもなく。一個人が喧嘩を売りに行っていたというのが何となく分かる。
付き合いがまだ一、二年程度の俺ですら分かったくらいだ。
そんな光景がテレビ画面いっぱいに広がって、心配しない人間が何処にいるってんだ。
「……っち」
レジ台にて深く座り込んで肘をついているのは毎度いつもの事だけど。今回はそれにプラスで舌打ちがついた。
誰がどう見ても俺の機嫌が悪いのは明白だろうし。こんなのがレジ当番とかしているからガラが悪くて、客も寄って来ないかもしれない。
一息二息と深呼吸をして心を落ち着かせる。
マスコミに苛つきは覚えている。
だが、店に来店する客人には何も罪はない。この状態で対応するのは、小学生以下のクソガキの八つ当たりだ。大人気ないとかその次元以下だ。
冷静に。クールになれとは、正答率一パーセントという謳い文句で有名な某ホラーノベルゲームが元ネタだったか。
少し熱に浮かされていた頭が冷えてきたような感覚を感じた。
数日前に四目内さんより渡された来月、六月に仕入れる予定の新刊情報。
何を思ったのか、はたまた何かしらの天啓とかが降ってきたのか。六月には四目内さんセレクトが七冊もあるのだ。
店長個人のセレクト本だぜ。流石に多いと思っただろ。誰だってそう思う、俺も思った。
そんな訳で、流石にこの量を一度に同じ日に販売するのは無いなと思ったので。何段回かに分ける事にした。
新作の広告用のポップ紙や広告紙を用意するのが俺になったお陰で、ちょっと街中にあったお洒落なカフェとかのあの黒板ボードが毎日書かれている内容が変わっていたのを思い出すと。スゲェなと今だからこそ思う。
『らくらく英会話』、『よくわかる折り紙』のこの二種が直近だったけか。その次が、『漢シリーズ』の新刊と虫取り関係とか怪談百選とかで……。
更にその次がと考えると、溜息が一つ溢れてしまう。
その分と言うか代わりと言ってはなんだが、今月はもう四目内さんセレクションは発売しないから今の間に準備しておきたいよな。
あ、でも俺も怪談百選は気になるから自分の分も確保しとこう。店に届く予定日が、五月の終わりで。発売予定日が十一日だから……。
まぁ、まだ余裕はある、な。うん。
お金の方は、今こうやって働かせて貰っているし。一人暮らしという一番自由でお金のかかる時期ではあるが、気になる本を買えない程切羽詰まってはいないし。
……何より、出処が一切不明の場所から毎月二十五日に一定の金額が俺の口座に振り込まれているんだよな。
こっちに来た当初は、手持ちが無いから怪しみながらも有り難く使わせてもらったけど。それでもやっぱり、そういうものに不信感を持たない訳もなく。
四目内さんから、働いた分の給料が入るようになってからは出来る限り使わないように努めている。
「……あ、編みぐるみ関係の雑誌。新しいの出てんじゃん」
何なら、ビーズアクセ的なやつと刺し子とかの雑誌も出ているのを見つけてしまった。
テレビ報道されてしまった件に関して、巽は当然認知しているだろう。何なら、あの後警察に補導された可能性もある。
俺が唯一知っている警察関係者の堂島さんだったら、まだ幾分か巽の言い分とかをキチンと聞いてくれたりするかもだろうけれど。
刑事ドラマとかで見かけるような頭の固い人みたいなイメージを彼に持ちがちだけど。いや実際のところ、そういうところあると思うし結構暴走とかしちゃう人だと思うけど。
でも、冷静なときだったら話を聞いてくれると思うんだよね。
少なくとも俺は、巽は見た目不良こそしているけれども。例え相手が暴走族でも理由なく喧嘩を売るような子ではないと思っているし。
口調とか悪いし、学校内での素行も決して良くはないだろうから。噂の尾ひれとか付けられやすいだろうとも思っているけど。
見た目と言動で勘違いされやすいんだ。きっと。
でも、俺は彼とは何度も話を交わしたことあるし。顔を合わせれば挨拶とかも普通にするし。
「案外、落ち込んでいるかもしれないよな……」
巽が気に入りそうだと思って見つけた雑誌の合計は三冊。
金額は諸々込み込みで、五千円でお釣りが少しといったところか。学生の彼と一応働いていてかつ成人している俺。余裕があるのは当然俺。
エネ辺りが見たらマジで騒がれる行為だと自覚もしているが。
……何も話さない俺に対して、無理に聞きに来ることもなく。でも、別に邪険にする事もなく。
四目内さんも巽も、二人だけではないけれど俺はそれに結構助けられている。
だったら、いくら化け物と過去に呼ばれていたからと言って。これまでのちょっとした恩を返すというのは何ら可笑しな事では、決して無いはずだ。
今後買う予定のやつは頭の片隅置いておいて。
先程見つけた雑誌三冊は、キープしておくのは確定っと。という訳で早々に取っておく。
そのままレジ台の足元に置いていた自分のカバンから財布を取り出して、精算を早々に終わらせてしまおうかという時にお客さんが入ってきたので一時中断する事になったのだ。
こういう時、隣のガソリンスタンドみたいに来店の挨拶で「いらっしゃいませ」と言う必要がない本屋の店番は少し気楽だなと改めて思った。
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