化け物にも嫌いなものの一つや二つや十個くらいはある
2011年5月5日(木)
「あ、どもっす。この間はお世話になりました」
「無事受かった様で何よりだよ。妹にはよく教えるのが下手くそだとか言われてたし」
「マジっすか!? スッゲェ分かりやすかったすよ!!」
「ははは……、そう言ってくれたらまだ溜飲が下がりそうだ」
辰姫神社でいつからか住み着いている狐の相手をしていると、神社のすぐ隣に店を構えている染物屋。
油揚げが三、四枚程乗った小皿を手に姿を表した金髪に染めた難いの良い見た目不良少年。事実、学校などとかからしてみれば彼は立派な不良少年なんだろう。
近所の狐の為に家から油揚げを持ってくるような良い子なのに。まぁ、そこは学校関係者ではないし、世間一般の言う治安を守る警察等の受けは良くはないんだろう。
だったら、高校を中退した俺だって世間の受けはきっとよろしくはないのだろう。
お互い世間話として適当な会話をしつつ、あぐあぐと油揚げを美味しそうに食べている狐を眺めている。
ちなみに名前が既についているのであれば教えてもらおうと思ったのだが、巽でも流石に知らなかった。
まぁ、『狐』と呼べば反応してくれるから特別これといって困ってはいないんだが。
巽の話を聞いていると、そのザ・不良といった見た目から遠巻きにされているのだとか。
それを聞いて思わず「だろうな」って言ってしまって、凹ませてしまった。これだから、エネやモモによくデリカシーがないって言われるんだよな。
でも本当に初めて出会った時は、マジで見た目が漫画みたいに分かりやすい不良だったからビビっちまったんだ。
実際問題、巽自身もそこは自覚しているらしく。素直にそのまま謝られてしまった。別に本人は悪い子だったりクズだったりする訳ではなく、単純に不器用な子だという事を理解している現在。
今更謝られた所で苦笑いくらいしか出来ないんだけどな。
手先器用だし。料理も母親の手伝いをしているからか、今時の子とは思えないくらい出来る方だし。ってか、普通に俺より出来る。味も美味しかったし。
「にしても、まさか如月さんもコイツの事を知っているとは思ってなかったっす」
「ん?あぁ、俺もまさか神社に狐が住み着いているとは思ってなかったよ。別に稲荷じゃあないだろ? ここは」
「確かに稲荷じゃあないっすね。安産とか開運とか、後は水難祓いとかだった筈っすけど」
「あー、水難ね。すぐ側に鮫川があるからな。それにバイクとかそういったのに乗らないとちと遠いが、七里海岸……だったか? もあるもんな」
「あ、そっか。確かに如月さんの言う通りあるっすね。ガキの頃からずっと、何でこんな山寄りの田舎町の神社なのに水難祓いなだろって思ってたっす」
「いや、流石にすぐ傍に川があるんだから水難は普通にあり得るだろ。氾濫の恐れは常にあるし、結構大きいし」
過去にそういった事件があったかどうかまでは知らないけど。
ちなみに、巽が生まれてからはそういった事件は今の所起きていないらしい。
というかそれよりも、今現在で稲羽市を騒がせている連続怪死事件の方が直近にしてインパクトの強かった事件だと言われたらそれまでだった。
いや、本当にそれはそうなんだよな。
「あの俺ん家の斜め向かいの酒屋さんのところ以降、被害者は出なくなったじゃないっすか」
「小西酒店のところの娘さんか、二人目だったよな」
「っす。……あれ以来、事件の進展とかないじゃないっすか。終わったんすかね」
「……どうなんだろうな、俺に聞かれても流石にお前の望む返答とかは出来ねぇよ」
「でも実際のところ、どう思ってるんすか?」
巽完二という少年はその漫画みたいな不良な見た目をしていながら、不器用で手先が器用で。口でああだこうだいいいながらも親の事を大切にしている少年だ。
珍しく結構食いついてくるなと思ったところで漸く気がついた。
つまりは、普通に母親の事を心配しているだけなのだ。
その気持ちを理解出来るかどうかはさておいて。
ただ下手な事は言えないし、俺個人としては納得していないのだが。彼からしてみれば俺こと如月伸太郎は時折勉強とかを見る本屋で働いている大人なのだろうから。
「少なくとも、犯人を捕まえたという報道が無い限り。俺は無責任にお前に対して安心して良い、なんて言えない」
「……ははっ、如月さんらしいっすね」
「俺らしいってなんだよ……」
「そういうとこっす」
巽って時折、アヤノみたいに意味深な事を言うんだよな。
巽だけの話でもないっちゃないんだが。以前だったら、カノとかマリーとかによく言われたっけか。後はヒビヤとかエネあたりにも言われた事あったっけか。
あれ、思ったより色んな奴等に言われてるな? 俺。
その後も暫くは、昼寝とかし始めた狐を眺めながら巽との世間話が続く。
世間を騒がせている連続怪死殺人事件は、あれから話題に上がる事は無かった。じゃあ、代わりに何の話をしいていたんだって話なんだが。
例えば、四六商店の店頭に設置されているガシャポンのハンドルが錆付き過ぎて回らないやつの話とか。何だったら色んなところが錆過ぎていて百円玉すら入らなかったりするからな。
ただある条件下であれば、回るという噂があるとか無いとか。
例えば、ここ最近暖かくなってきたからか。真夜中に五月蝿い連中が飽きもせず毎日国道を走る暴走族の話。
毎年、毎年。近所に住まう人々の毎夜やってくる騒々しい悪夢に近しいそいつ等。
暴走族が走り回るルート内には、ここ商店街近くのすぐの国道も含まれており。
粗暴なエンジンを嘶かせる音。
轟くマフラー音。
団体様な暴走族の数人が持ち寄った鉄棒や鉄パイプ等を地面に擦り付けて無駄に生じさせる火花が立つ音。
それは真夜中に襲い来る目の上の様な迷惑な存在の話に俺と巽は少しだけ盛り上がりを見せた。
「あ、お袋に買い出し頼まれてたんだった」
「そっか。なら俺も付き合うかな、今カップ麺くらいしかないし」
「インスタントオンリーは流石に体に悪いっすよ」
「そこまでじゃねぇよ。でも、一人暮らしで体調が悪いとかそういった時はインスタントに縋るしかないんだよ」
欠伸を一つ。堂々と溢す狐に別れの言葉を巽共々口にする。
「そういや、如月さんってマンション住まいって聞きましたけど。やっぱ、暴走族の騒音って聞こえてくるんすか?」
「国道沿いにあるからな。かなり凄いぞ。」
お陰様でここ数日は、台風とかが近付いていてきている訳でもないのに。真夜中の騒音が五月蝿いという理由でベランダ側の雨戸を閉めている始末だ。
何ならあまりにも近場をたむろされて、騒々し過ぎる状態が続いている日なんかは目が冷めてしまう事もある。
俺はした事がないが、何度か近所に住む人が警察に通報した事があると風の噂で聞いた。
結果はご覧の有り様だが。
そう言えば、巽は眉間に皺を寄せて難しそうな顔をした。どうかしたかと聞いても、何もないと言われそのままはぐらかされてしまった。
少しその様子に気になりはしたものの、巽は財布を取ってくると言って。空になった皿を持って家に戻ってしまった。
最低限必要な物を突っ込んだであろうウエストポーチを引っ掴み、上着を羽織った彼が戻ってきた。後はまた駄弁りながら二人で商店街内で買い物をした。
ときには幼い頃から親の手伝い等でよく買い物によく付き合っていたのだろう。主婦の知恵というものを幾つか披露してもらった。
それらは俺にとっては結構有難いもので。
その日の晩御飯は、鮮度の良いぶなしめじの見分け方を教えてもらった結果の焼きうどんだった。
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