化け物にも嫌いなものの一つや二つや十個くらいはある
風の噂を聞いた。
この田舎町である稲羽市に軒を構える老舗旅館。
天城屋旅館。
その跡取り娘が行方不明だったらしい。
それもつい先日、身元が保護されたらしいけど。
これだから田舎町というのは末恐ろしいよなと思う反面、都会では都会なりに爆発の震源地みたいなとてつもない広がり方をしていたりするから結局のところはどっちもどっちなんだろう。
炎上なんてよく言われているしな。
SNSなんてものがこういった時の最たるものだろう。
まぁそんな俺でもその話題の風の噂は、その噂を聞いた四目内さんから初めて聞いたといった状態ではあるんだけど。
行方不明になったという老舗旅館の跡取り娘というのが天城という事はすぐに分かった。そもそも、その旅館の名前が天城屋旅館という名だしな。
この田舎町で天城という苗字を持っているのは、まぁ早々いないからな。
何度か顔を合わせた事があるというのも相まって、匿名とは言えない匿名に思わず笑ってしまった。
笑えないけど。
「雪子ちゃん、無事のようで良かったよ。今朝ね、千枝ちゃんと一緒に笑って登校しているのを見かけたよ」
里中はとても嬉しそうにしていた。そう言った四目内さんはどこかほっとした様な顔だった。
俺が出勤している時間と学生達が登校する時間帯はほぼ同じ。だから商店街付近を歩いて登校する生徒の姿を見れるのはバスの中からチラリと見える範囲なのだ。
ただまぁ、四目内さんがそう言うのであればきっとそうなんだろう。
店のシャッターを上げきって、玄関口付近を軽く掃き掃除をする。
店内のエアコンの電源を入れて、適切な温度設定をしたら俺はいつもの様に会計レジ台側の椅子に座り込んだ。
そして、四目内さんと朝の挨拶やちょっとした世間話をして、一人きりになったところでポツリと呟いた。
「……つか、そっか。まだ終わってねぇんだ」
大概こういったのはテレビのニュースとかよりも、ネットニュースやSNS等で確認しがちだったんだよな俺。
が、それは家でずっと引き篭もっていた時の事で。当時の俺からすれば不本意ながらも今は働いている訳で。
最近のそういったニュース系統の情報収集は、専らラジオ一辺倒になってしまった。それも普段聞いているチャンネルはミュージックチャンネルだし。
一応四目内さんが取っている新聞紙も読ませては貰っているが、この二つが中心となると世界情勢や国内情勢にはそこそこの知識は得られても。ご近所情報ともなると、余程大きな事件にならなければまぁ知れないんだがこれが。
直近の件と言えば、とある国会議員との不倫相手として浮上したテレビ元アナウンサーの女性が、電柱にぶら下がった状態の死体として発見されたくらいか。
後はそれに続いて、そう日も経たない内に二人目の被害者が出てしまった件とか。
でも結局、それ以降は特にこれといった進展はなく、ニュースやラジオではあまり取り上げられなくなってしまったし。犯行声明も何も無いらしいからな。
だから、言い方は悪いがなぁなぁで終わった話だと。勝手ながらそう思ってしまっていた。
そもそもの話、犯人が捕まった等の話一つ上がっていないのだから。解決していないのは当然の話だと今更ながら納得したのだった。
2011年5月2日(月)
日差しが差し込めば、中々に過ごしやすくなってきた今日この頃。
残念ながら今日は生憎の鉛色の曇天が視界いっぱいに広がった空模様だが。
何なら、午前中は雨が少しの間ながら降っていたからかな。少しだけ肌寒くも感じる。
手早く店内を軽く掃除しいて、裏口側に置いてある二つの青いポリコンから口を塞いだゴミ袋を少し急ぎ気味で取り出す。
両手にずっしりとくる丸々と太ったゴミ袋を持って、一息ついてから商店街内のゴミ収集場所に駆け足で持って行く。
生憎、働き始めて二年経っても走っていける程の体力は無いんだなこれが。あれ、視界が少しだけ滲んでいるような気がする。
普段ならばこんなにも急ぐ必要は無いんだけど。何故だか今日は店内を掃除した後、そのままぼけーっとレジ台側の椅子に座ってたから。バカじゃないのか俺。
開店時間までは時間があるから、そこは気にしていない。
まぁ、月も新しくなって五月。新しく入荷する予定の新作の広告ポップ作りの為の時間が減ってしまうのがちょっと痛いが仕方がない。
何だかんだで学生達が授業を終えなければ、店を訪ねてくる客足は少ないのだ。
目的地は四方を柵で囲まれたゴミ収集場所。一面だけが、扉になっているのだがその付近に一人分の人影が立っていた。
「アラアラ、如月くんじゃないの。おはよう」
「あ、おはようございます。四六さん」
「今日は珍しく遅かったのねぇ。ホラホラ、収集車が来ちゃうから、早く入れちゃいなさいな」
「ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げながら、柵の扉を開けて抑えてくれている四六さんにお礼を言う。
彼女は、四六さん。
四目内堂書店と同じように、商店街に四六商店という名の店を一人で切り盛りされているおばさんだ。
ふくよかな方で、性格は朗らかに追加してちょっと心配性。
そして実は結構子供好きらしいとの事。実際、初対面の時に俺の事を最初から子供扱いして、予約されていた本を配達で訪ねては飴玉とかちょっとしたスナック菓子やチョコレート等をくれたりしている。
一人で店を開いているというだけで大変だろうに、更には夜も店を開いていると聞いた時は物凄い働き者だと思った。
ちなみに四目内堂書店の店名の由来は、単純に四目内さんの苗字をそのまま店名に使うという昔懐かしの通りだ。
そしてそれは四六商店もまた店名の由来に変わりはない。
ないのだが、彼女は自身の風貌を理解してなのか。ガマガエルを連想させる愛嬌のある店主自身と店名もかけて、店内に結構大きめサイズのガマガエルの置物があったりする。
茶目っ気が過ぎるおばさんなのだ。。
そんな彼女とは、お互いに体調を気をつけて。そう言って挨拶も程々にして早々に別れた。
普段ならばもう少し世間話で捕まってしまうのだが、今回は時間ギリギリだった為に簡単に帰してもらえたようだ。
経営者ではないが、一応同じ商店街で店を構えていてかつ。生き残った者同士の仲間意識というのが、商店街の人達の間にあるらしい。
俺はそのちょっとしたおこぼれを貰っている様な感じだ。
四六商店のおばさんよりも更にお年を召されて、最早お婆さんと呼ぶに相応しい女性が、これまた一人で切り盛りしている豆腐屋の前を通り。
カンカンと甲高い金属を叩くを音が、店の前を通ると大きく耳を劈く。金属細工の店なのだからまぁ、仕方がないと言えば仕方がないのだろうが。
それでも朝っぱらからこういう音が商店街内に響くとなると、どことなく不思議というか。二年も経っているのだから、いい加減慣れても可笑しくはないはずなのに。ふと、テレビの番組とかアニメを見ている気分になるのだ。
店二店舗分を通り過ぎて、緑色の外壁の小さな本屋がようやく見えてくる。
出入り口付近に置きっぱなしにしていた水色のバケツ一つに近づいて取手に手を伸ばす。縁ぎりぎりにまで一杯に入った水が入っているお陰で、さっき持っていったゴミ袋以上にずっしりとくる。が、そこは頑張って側溝にある排水口にバケツの水を捨てる。
ちなみに色は少し茶色く濁っている。窓を拭いたりする際に利用したからな。汚れているのはそりゃあ当然だ。
じゃばばと音をたて、数回バケツを振って水を切り。裏口の扉付近の壁に立てかけるような形で口を下にして置く。
こうしておかないと、バケツの底が早々にカビるしヌメるんだよな。それも結構生理的に受け付けないレベルに。
俺は最初気付かずに素手で触ってしまって思わず、えずいてしまっからな。俺は悪くない。
ここいらでは一応都会から引っ越してきた若者なんだから。
俺の故郷が実際のところ、都会に分類していいのかは分からないけど。
田舎よりかはバスに乗って一駅二駅分程度で大きなショッピングモールとっか行けたし。そこそこ便利な、でも都会程ではないというか。その二つの間みたいな場所だった。
ああいうのをどう言ったらいいのか分からないけど。
窓拭きに使った雑巾を無い悲しい筋力しかない腕で頑張って絞り、吊るしてあるスズランテープに掛けた。落ちてしまわないように洗濯バサミで止めるのも忘れずに。
あと他に何か朝の内にやっておかなければならない事がある筈なのだが、何だったけか。
ちりとりとかその他のものを片付け、ゴミ袋を取り出してそのままにしていたポリバケツ二つに蓋をして。
……えー、後は本当に何かないかな。
もう思いつくものが、今月新しく出る本のポップ作りくらいなんだけど。
本当に大丈夫か、俺。
前頁/目次/次頁