0.1 黒色カセットテープ
頭上に浮かぶ炎天下を作り出す太陽に殺意を抱き始めた今日この頃。
じりじりと地面を焼き付けんばかりの熱射光。
そこまではまだ何とかなる。
どうやってそうしているんだとか、特別態々知る必要もない事を聞いてくるのもいるが。
運の良い事にこの場にはそう突っ込んでくるのは人っ子一人いない。
というかそもそもの話だが、仮にこの場に来れる人間というのは極々一部だろう。
頭上にある太陽に似た太陽ではない仮のテクスチャが貼られた何か。
そして、現在進行形で視界を悪くさせている濃霧。
あぁ、ついさっき炎天下を作り出す頭上のなんちゃって太陽に殺意を抱き始めたとは言ったが、視界いっぱいの濃霧にもしっかりと殺意を抱いている。
濃すぎる霧はじっとりと体や着ている服を湿らせる。靴の中なんかは最悪の一言に尽きるな。
それらは自分を苛つかせる助長させている。
だが、それ以上に苛つかせているものがあり、眉間には深い皺が出来上がっている。
歩き続けていると、濃くなってくる鼻腔を擽る鉄錆の香り。
一時の事を考えれば、それを招く側だった自分が文句を言うというのは。それこそ文句を言われる側ではあるが、自分が一切関わっていないところでその無様な姿を見せられるというのは、不愉快極まりない事だという事を理解して頂きたいものだ。
言い方が悪いかもしれないし、あの電子の死にぞこないや最善策に時折言われたサイコパス発言というやつなんだろうが。
"こだわり"というのが、この自分にもあるんだよ。文句はやっぱ受け付けねぇ。
ただそういうのが自分の中に、たしかに存在しているのだ。
だって、そうだろう?
赤錆色の無骨な鉄骨が数本。鉄筋もこりゃ混ざってんな。
水溜りの様に地面に広がっているソレは普段ならば目撃する事のない赤色で、先程から鼻腔を擽っているものの正体の一部だ。
おまけで立ち籠める霧のお陰でむわりと広がっているからな。最悪の一言に尽きる。
誰がここまでやれと言った。問い詰めさせろ。拳銃を使った尋問ならば得意な方だ。
これで更に現状を芳しい香りだなんて言う奴がいるのであれば、流石の自分でもドン引きだな。
相手の気分を損ねる為の"喩え"として使う時はあるけどな。
飛び散ったブヨっとしたソレらは敢えて何なのかを言語で表すのはやめておいてやろう。
それでも少し詳しく説明してやるとするならば、赤い水溜りに浮いた少しだけ白っぽいようなピンク色なブヨついたそれら。
白く小さな何か破片。
そして何の光も反射させない、胡乱な目玉。
自慢でヒーローの色の筈のそれは、液体を吸ってしまってドス黒く実に哀れな事になっている。
というか、そもそも鉄骨や鉄筋が刺さっている様子が、まんまと針山にまち針や裁縫針を刺している様子と被っていて……。
「わらえねぇな、
なぁ、お前もそう思うだろ?
……最善策」
最悪で嫌な予感というのは、普通は嫌な予感のままで終わってほしいものだ。誰だって。
だが、それをっ口にしてしまうというのはやはりよろしくはなかったらしい。
口は災いの元。
大した字数でもないくせして、中々どうして馬鹿に出来ないんだろうな。
足元に転がっている最善策だったもの。
あのメカクシ団のメンバーならば全員が決して見たくないと心の底から否定しているもの。
口にしてしまったが故に災いが現実となってしまったもの。
暗く濁りきった目玉が、赤く鈍く光る事もなく。
そのまま倒れ伏したまま。
何度でも言うが体のあちこちに穴を開け、鉄骨やら鉄筋やらが全身にぶっ刺さって。
見るも無惨な針の筵。
特別初めて見るわけではない死体。
むしろ目の前のよりもずっと幼く華奢な少年少女達の方をより多く見届けていたくらいだ。
最低最悪の連続殺人事件。
まぁ、それらをループさせていてそのループ内で同じ人間を複数人殺し続けてきた。
別にただただ無意味に無駄に殺し続けていた訳ではない。
ループを絶えず行う為に必要なファクターだったというだけだ。だから、これは大切な理由になると一人思い出しては、うんうんと首を縦に振る。
だが、眼下の光景は如何様か。
これに理由は存在するのか。
大義名分は何処にあるのか。
いや、無いだろ。
無遠慮に一番柔いところを突き刺しまくって傷つけている様にしか見えない。必要性皆無にも程があるというか、趣味が悪いものでしかないだろう。
「鉄骨鉄筋って言やぁ、凝らすか……。随分と趣味が良いのを持っているなぁ、最善策」
恐らく攫った奴がコレの元凶とイコールでは結ばれないのだろう。
関わっている所は精々この真実を燻らせる霧くらいだ。
ある意味救われているとも言える。元凶に気を使わせるって、それはそれで凄いと自分は思う。
何なら、これまでのカゲロウデイズでの元凶の椅子に座っていた自分の腰を上げさせて、こんな辺鄙な所まで来させているのだから。
ならば、この現状を作り上げたのは一体誰なのか。
まだ憶測の域を出はしないが、十中八九今足元で転がっている如月伸太郎その人だろう。
端的に言うならば、一種の現実逃避だ。
それ程までに精神的に追い詰められているという事の証左だろう。
目に見える現実を現実として認める事が出来ず、だがそこで死という永遠の別れの最終手段を取った後、彼にとっての現実に目が覚めるかと言えばあの無駄にIQが高い頭脳が否定するだろう。
なんせ彼は最善策であり、見開くなのだから。
それを霧が更に色々とこう、意図しない方向にぐちゃぐちゃに捻じ曲げられて見えなくなっている状態というか。
ここまでピンポイントに見開くと相性が悪いものが存在するのかと、思わず感嘆の溜息を溢してしまった程だ。
目を主体とした能力は、視界をどうこうされるものに弱い。だから、カゲロウデイズをループさせる上で目の能力を持つ子ども達を、彼らの目の前で殺して精神的に追い詰め、盲目的にさせるのは効率が良かったのだ。
ならばこの霧は何なのか。
それは流石にまだ分からない。
ただ、真実を曇らせるものだという事だけは分かる。虚飾を飾るには霧というものは利用し易いものだから。
つまりは、この霧は敵から送られた塩で何とか助かっているような感じか。
引き篭もりのネガティブさもここに極まれり。
「自分自身を殺してでも現実逃避をしたいか、最善策。
諦めろよ、目の前にあるものは夢でも何でも無い現実だ。忘れたくないが故の悪足掻きなんだろうなというのは理解出来るさ。仕方がないだろう、人間は忘却をして前へと進む生き物だ。
忘却出来なければままならない事なんざ、ごまんとあるのだからどうしようもない」
忘れたく無いから、忘れたい事ではあるがインパクトの強い事をする。
無意識の中で行われた自己防衛の一種がこれだ。
自分自身を仲間達と同じ死因で殺し続ける。インパクトとしては確かに申し分ない。が、明らかに削れてはいけない所を削っている行為でもある。
精神的摩耗は計り知れないだろう。
ただでさえ、現実逃避をしてここまで追い詰められているのだから。
こんなものは、自殺に近い自傷行為だ。
そこで漸く自分は、ガリガリと頭を掻き毟りながら大きな溜息を一つ溢した。
そして、眼下の死体を少し避けて足を動かす事を再開する。
きっとこの先には更に惨たらしい死体となった最善策の姿が乱雑に落ちていたりするのだろう。彼程の頭を持っていなくとも、この程度ならば誰でも嫌でも想像がつくというものだ。
彼のことを知っているのであれば。
少なくとも、メカクシ団の面々ならば全員が顔を青くしながら簡単に行き着く予想だろう。
この事をSNSで、連中に伝えるか否かを少しだけ考えて……やめた。
明らかに今以上に面倒臭い事になるのは火を見るよりも明らかだったから。
この先にも、死体が足元をゴロゴロと転がっているのかもしれないと思うと。
黒い青年は少し憂鬱な気分になってしまうけど。
それでも、少なくともこんな辺鄙な所に来てまで今更足を止めるなんて選択肢は無かったのだった。
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