奇妙な共闘《ジンクス》(上弦の中編)


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  1. ニューアーク国際空港にて着陸失敗事故が起こる数日前。
    正確には三日前のこと。

    ここ最近はHLを拠点としている運び屋クラシカルは、その名の通り配達依頼が来ない限り各々自由に過ごしていたりする。
    漫画や小説を読みふけっていたり、最新作のゲームをやっている時もあれば唐突に思い出した様に埃を被ってい仕舞った昔懐かしのモノを取り出しては遊ぶ事もある。
    仕事が入ってくれば、渾沌と濃霧に包まれたHL内を走り回らなければならないのとは対照的に、暇な時はのんびりとした時間が流れた。
    何処かの騒動が起こる度に便利屋の如く街中に駆り出されている某秘密結社との大きな違いは、案外ここなのかもしれない。

    爆発に崩壊音、銃火器による発砲音にそれでも尚変わらずにスピーカーから流れて来るラジオ。
    リクエスト曲は、ビゼー『アルルの女』組曲の第二番。
    ちなみに蛇足ではあるが、ソファに横になって携帯ゲーム機で遊んでいる一人がリクエスト曲が流れた瞬間ビクついたのは此処だけの話である。

    そんな彼女達が思いのまま過ごしている中、出窓に一羽の鳥と呼ぶにはあまりにも大きく。というか象以上に途轍もなく大きな巨躯を持ち、曲がりくねった頸と馬みたいな頭部がくっついた名状し難き鳥が音も無く現れた。
    当然、窓から差し込まれていた光は遮られて部屋は薄暗くなり。寛いでいた者全てが窓を凝視する。
    本来、鳥と言う生き物は羽毛と呼ばれるものに覆われた生き物ではあるが目の前にある怪鳥は違う。
    羽毛の代わりに鱗が。
    翼の部分には鉱石の様なものが肉を突き破って生えている。
    時には宙の向こうにまで跳んでいく事がある邪性生物の一体にして、幻夢境と呼ばれる異界の一種の出身体。
    シャンタク鳥と呼ばれるものが窓の向こうから此方を覗き込んでいた。

    「あれ、"飛脚"が私達の所に飛んでくるなんて珍しい事もあるのね」
    「いやいやいや、案外それは珍しくもにゃいし。ウチに何人あの邪神の一端を宿したコンダクターが居ると思ってるにゃ」
    「たったの二人、されど二人ってやつやねぇ」

    馬面の顔先で器用に窓ガラスをつついて、早く開けろとせっついてくるシャンタク鳥のその様子はそこだけを見れば少し微笑ましい光景なのかもしれない。
    生憎その存在を認知してしまっただけで、その瞬間大概の人間は発狂したり恐慌状態に陥ってしまうのだが。
    そこはコンダクターだけで構成された組織。
    既にまともな人間は一人も存在していない為、モーマンタイというやつだ。
    建物の外では悲鳴やら何やらが追加されて更に騒々しくなったが、それはそれ。
    散々な物言いをシャンタク鳥に対して好き勝手言いはしたものの、そもそも彼女達が契約しているコンダクターが二人もこの場にいるのである。その特殊な存在性によって千分割された邪性存在きっての自由神。
    その内の二つが。

    偶然とはいえ、窓から一番近く。
    これまた偶然にもその二人の内の一人であるパイルが居た為に、ほぼ必然的に彼女が"飛脚"のシャンタク鳥から一通の手紙を受け取る事になった。
    ちなみに馬面を撫でてやれば嬉しそうに鳴くのだが、悲しいかな。その鳴き声は複数枚のガラスを同時に何十本もの釘で引っ掻いたような声で、酷く耳障りであった。
    労わるのもそこそこに、首下に括りつけられていた手紙は何処にでもある平凡なエアメール。
    ではなく、茶色く変色し縁周りが少し風化し始めている随分と古臭い和紙で作られた便箋であった。
    それを見て懐かしさを覚えるのは、生まれ故郷を日本としているエアリエルただ一人。
    宛名はクラシカル。
    送り主はキミタケ。
    封筒の中身は蛇腹便箋が入っており、内容に関しては単純に仕事の依頼内容であった。
    それも"運び屋クラシカル"としてではなく、"コンダクター"である彼女達に対しての。

    『拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
    さて、今回筆を取らせて頂いたのは―――』


    ◇◇◇◇◇


    同日にして時刻は丑三つ時。
    正確には夜中の二時過ぎ。
    場所はハドソン川沿いから少し歩いた所の街の脇にあるスリーピーホロウセメタリー。
    街頭が所々点滅しながらも、淡く道を照らし。耳を澄ませれば離れたところから相変わらずの喧騒が聞こえてくる。
    真夜中だからと言ってHLが静かになるとは決して思ってはいけない。夜だからこそ抗争などドンパチを繰り広げる迷惑者がゴミ溜めの如く集まっているのだから、太陽が昇っているから沈んているから程度の理由で収まる訳がないのである。
    しかし、そんなHLでも静まり返る場所がある。
    それが死者達が眠る場、墓地である。

    静まり返った霊園に足を踏み入れた五人組。
    遠くから聞こえてくる喧騒も何のその。
    全身を針の筵にせんばかりの視線、霊園内に生えている木の陰に草叢。果てにはどの様な過程であれ今生を終えて眠っている者達の墓標から。
    無数の目がギラギラと輝かせて、霊園に入って来た来訪者をただ静かに見つめる。

    「はっ、随分な歓迎だなぁ」
    「意外……という訳ではないけれど、それでも結構な数が此処に移住してきていたのね」
    「ま、しゃーないやろ。連中は確かに私らと似たモンではあるけど、"なりそこない"やからな」

    気を抜いたらなんちゃって下剋上で寝首かかれるかもしれないからね。と、夜だからというのもあるのか外であるのにもかかわらずに珍しくフードを被っていないロールが、後頭部に手を組みながらヘルモンドとパイルに忠告する。
    飛脚のシャンタク鳥を利用して届けられた依頼書に書かれた待ち合わせ場所は、此処スリーピーホロウセメタリー。
    時刻は、HLに住む人達に無闇な混乱をさせない為に夜中が指定されていた。
    送り主であるキミタケはというと、霊園の中心地点に聳える巨木の下で一人待っていた。
    五人の姿を視界に入れるや否や、うやうやしくお辞儀をしながら此方側に駆けて近寄って来た。

    「これはクラシカルの皆様。態々この霊園に、それもこのような時間帯に来て頂きありがとうございます」
    「別に構わん、元々地下暮らしで目撃例の少ないお前らが見つかった後のゴタゴタの方が面倒臭いからな」
    「ふふふ、ほんま久しぶりやわぁ。食屍鬼グールのキミタケ。最後に会うたんは、日本の旧初台駅の地下やったっけ?」
    「エアリエル様も以前とお変わりなくお美しい姿でご健勝の様で何よりでございます」
    「相変わらずやねぇ」

    その中でも、同郷という事も関係しているのであろう。エアリエルに対しては殊更に腰が低くなっていった。
    食屍鬼グールと呼ばれ、キミタケとも呼ばれた目の前の成人男性の一・五倍サイズの人型の異形。
    そして、吸血鬼によって血を吸われて転化した屍喰らいグールとなった者。
    大枠で括るならばどちらもグールである事にはなんら変わらない。が、過程がどちらかによってその後の生態系が変わったりするのだ。
    少なくとも今、この霊園にているグールは前者の方。
    所謂、コンダクターになりそこなった者であり、死ぬことも出来なかった者の末路である。

    「この度、皆様に協力を求めましたのは手紙に書いてあった通り。今から五十年程前に日本でとある協力的な探索者達の奮闘によって死んだはずのヴァルーシアのエリート蛇人間。先祖返りを起こし、生まれ持って強大な力を持った"いきがみさま"、その生まれ変わりとも呼べる者が再び世に落ち、HLで今度こそ彼の邪性存在を招来しようとしているのです」
    「あぁ、"アグゥトァツ"の事だろ? リアから何度か聞いた事ある」
    「あ……? あぁ、コンダクターである皆様は容易に真名を口にし、音として発してはいけないのでしたな」
    「ハイパーボリア語で少し濁した程度だがな。最近は異称として周知されてきているから、これもそろそろ使えんくなる」
    「彼の邪性存在は他と比べれば凶暴性は控えめではありますが……、それでも震災存在と同等の力を有しているのは変わりません」

    犬に近い獣のような顔を器用に青ざめさせながら、キミタケは現状と今回の元凶が呼び起こそうとしている邪性存在。
    今から五十年程前、その時実は水面下で日本の東京から人間の姿が無くなる事態になりかける程の事件があった事を一体どれ程の者が気づき知っているのだろうか。
    邪性存在からのコンタクトというものは、実は気付く者が本当に極少数でしかなく。
    それ故に、見逃しやすくHLで普段起きている事案レベルにまで発展し易いのだ。
    そして此方側からコンタクトをけしかける狂信者はというと、文字通り何処にでも生まれるし何処にでも居る。虱潰しなど出来るものならばやってみせろと煽られても此方は苦虫を潰す他何も無かったりする。
    それだけに、結局は水面下からほんの少しだけ氷山の一角の出現を待つしか無かったりするのだ。

    キミタケが今回持ち寄った話は、先の言った表出してきた幾つかの氷山の一角。その一つである。
    それでも、古代に地上を闊歩していた蛇人間達が辛酸を舐め、数を増やしていった人間達に追いやられて山中で細々と暮らしてきた連中の恨み節というものは凄まじいだろう。
    少なくとも、HLに住まう住民の四割は被害者として物言わぬ死体と成り果てるか、支配血清によってコントロールされるか。
    はたまた彼等が奉じている邪性存在の供物となるか。

    「アグゥトァツともなれば、やっぱ問題は空腹か否かだよね」
    「せやな、アレって確かほぼ五割の確率やけど大概は喰われてしまいやろ。てかどんくらい喰ったらお腹いっぱいになんのかも分からんわ」
    「ンカイの入り江から態々こんな濃霧に包まれた渾沌の街に来たりするのかな?」
    「そこは"門"を習得した蛇人間が送り込むんと違うにゃ?」
    「それはそれでかなりの大問題に発展するやろ。連中は人間やろうが異界人やろうが御構い無しやろ」
    「遂に異界の向こう側の住民がウチらの世界に進出するキッカケにもなり得る事件かぁ……、流石にこれは放置した方が面倒事に発展するんとちゃう? 我らがリーダー?」

    蛇人間が起こすであろう事態の規模。
    招来されるであろう邪性存在によって生じる被害の甚大さ。
    最悪と災厄は案外イコールで結ばれるものだ。
    キミタケによって齎された情報を元に、これから引き起こされるであろう様々な面倒事の可能性を口々に出していくメンバーに対して。
    ヘルモンドは一人無言を貫いていた。
    秘密結社であるものの、リーダーの善性の高さによって正義の味方に近い活動をしているライブラに面と向かい合って宣言した通り。
    クラシカルはあくまでも運び屋である。
    そして世界平和よりも身近な世界の平和の方を優先させるのを信条としているのがヘルモンド・F・ストリートという一人の"人間"である。
    そんな彼女ではあるものの、それでも現在HLで過ごしている日々というものは気に入っているのもまた事実なのだった。

    「リア、五十年前の日本で起こった件に関してだが連中は地下にあった地下大都市に帰還する事も目的としていたんだよな?」
    「せや、その目的達成のためにお互い利用思考による協力関係を気付いていたくらいやねぇ。日本の陸上自衛隊・特殊警備部隊の『SHIELD』言うたらまだ通じるやろ」
    「この街にもそれと似たようなモノがあると思うか?」
    「異界と交わって出来たのがこの街や。なら、夢幻境の一部と交わってしもうても想定内と言わざるおえんのとちゃう?」

    和傘をくるくると回して遊びながらも、エアリエルは看過できないものの現実味のある話を口にする。
    ここでヘルモンドの中にある天秤にかけられたのは、放置した上での面倒さと放置せずに処理する面倒さを必要経費とした上での後の面倒さ。
    圧倒的に前者の方が後々の事を考えると面倒さのレベルが半端ない。
    地上を闊歩するのが、人間や異界人達から蛇人間に変わるというのもまた面倒過ぎるのだ。
    連中は人体実験などを生き甲斐としている節もある。というか、節というか確実にあるのだが。子供が得意という訳でもないが、だからといって子供が蛇人間のモルモットとされているのを見るのは不快ではある。

    「……はぁ、地下大都市の有無に関しては私が担当する。リアとキティは蛇人間の触手がどこまで伸びているのか等の情報収集だ、蜘蛛でも猫でも風でも何でも使え。キミタケ、連中の拠点は抑えてあるのか?」
    「はい、既に我が同胞が白蛇の家ヘルサレムズ・ロット支部なる場所を幾つか見つけております。本命であろう場所は生憎特定には至っておりませぬが」
    「なら、パルプンテとロロは拠点を一つずつ奇襲しろ。どうせ地下に当たる場所に資料とか研究素材とかがあるだろ」

    「本職の方の依頼ではないが、キミタケ。お前からの依頼を承った」
    「ありがとうございます」

    こうして、クラシカルのコンダクターとしての仕事が始まったのであった。



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