奇妙な共闘《ジンクス》(前編)


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  1. セントユニオンスクエア消失跡駅。
    アメリカ合衆国のニューヨークと呼ばれる場所に元々在った地下鉄駅の名称である。悲しいかな異界側と繋がってしまた時に大半が崩壊してしまい、向こう側の技術で色々とこねくり回された結果、現在の様な形で一応落ち着いてはいる。
    四番線のシギュアラフ奈落側行きの電車に乗る為に、駆け込み乗車をする糸目の少年を横目にして運び屋クラシカルのリーダーであるヘルモンドはいた。
    列車の運転席にいるのは、今では見慣れた脳みそと視神経でギリギリ繋がっている眼球のホルマリン漬けな異界人。
    今となっては人が利用するよりも圧倒的に異界人の方が利用者数の稼ぎ頭となっている。
    街の六割は異形だったり得たいが知れない異界人で、プラス五パーセントは訳の分からないもの。
    一応パッと見は人型の姿を取っている堕落王や偏執王辺りは訳の分からないものに分類されるよなというのが、クラシカル面子における意見だ。
    そしてここまで来て漸く三分の一がまだ普通の人間が占める事となる。
    その半分がマフィアとか秘密結社だとか色々と諸々しているのだけれど。
    最早どうしようもないレベルでこの街は混沌としている。
    ちなみに最後の五パーセントは、基本的には誰も見た事はないけれども確かに存在しているヤバい何かである。

    何故、誰も見た事が無いか。
    理由は単純明快、ただ単に生きた目撃者が今の所いないから。
    もしくは、目撃者に自意識が存在していないか、最初から言うつもりがないか。ざっとここいらが理由だからだ。
    糸目の少年が乗った電車がシギュアラフ奈落の方へと出発していく。
    ちなみにヘルモンドが見た限り、あの電車に乗り込んだ人間は彼を除いたら両の手の指で足りる程度だ。そう考えれば、まだこの街に来て日は浅いといつの日か言っていた彼は随分と肝っ玉があるという事なのだろう。
    実に“探索者”らしい気質の人間だ。
    最近、正式に新規契約を果たした自称秘密組織の構成員の中で一番のお気に入りへとランクインしそうな勢いだ。

    「っと、そんな事を気にしているヒマは今は無いんだったな。ったく、イタリアンマフィアに紛れてHL入りするとは、こっちもこっちで肝入りで面倒臭いったらありゃしない」

    実際、今回の件が判明した瞬間にうちの戦闘要員達というか戦闘狂が面倒臭がって「肝入り言うんやったら、引っこ抜いたら大人しくなるんとちゃう?」とのこと。
    素手で腸を引っこ抜いて物理的に腑を地べたに叩きつけてやろう宣言をするのだから、かなり面倒臭い。
    何せ今回は先程言った最後の五パーセントが関わっているのだから。
    ガリガリと頭を掻き毟りながらヘルモンドは、触手を纏って駅の車掌のフリをしながら地下鉄の線路を悠々自適に歩き出した。


    ◇◇◇◇◇


    「てな訳で、暫く運び屋はお休みを貰うんでそれはまた後日で頼むわ。冷凍胡散臭男さん」
    『あーっと、それはまた如何してか理由を聞いてもよろしいかな?』

    場所は変わって、運び屋クラシカルの面々がルームシェアしているアパート。
    運び屋の仕事が入って来る時、内容によりはするものの基本仕事一つに付き一人が割り当てられる。手紙を無事に届けてほしいだの護衛をしてほしいといったものは普通の人ではない彼女達にとっては一人で充分だからである。
    その為、基本的にアパート内にいる人数の方が多くなる。
    更にはそもそもの気質がインドアな面子が多いのだ。ショッピングが嫌いという訳ではないのだが、眠気が先に勝ればそのまま二度寝へとほな行くでという奴が少々多いだけなのである。
    休日の二度寝万歳。
    月曜日は地獄への行進。

    それが運び屋クラシカルの日常。
    HLが出来上がってからも出来上がる前からもそこまで大きく変わる事は無かった。
    が、それは此方側の問題が発生しなければの問題である。
    問題が無ければいつも通り、ライブラから頼まれた仕事も二つ返事で受けていたところ。
    ちなみに内容はとある要人の護衛任務であった。とんでもない豪運の持ち主で出来る限り大事が発生する前に原因を比較的に被害を抑えるという事をして欲しいというもの。
    例えば、飛行機の墜落事故をどうにかするとかを言われた時は流石にアレではあったけれど。

    「看過出来ひん面倒事が起きたから」
    『おや、意外だね。あのリーダー殿の下に集まった君達は中立よりであり何より傍観側だと思っていたのだけれど』
    「半分は正解やな。基本人間達が起こした問題は人間達がどうにかするもんやし、でも今回はちぃとばかし微妙というか何というか……」
    『随分と煮え切らない言葉回しだね。少なくとも戦闘要員と言われている君はもっとストレートにものを言うと思っていたよ』
    「ははっ、一月も経ってへん人類ヒューマーが言うやん?」

    明らかに笑っていない笑い声が、電話のスピーカーからも一緒に聞こえてくる。
    その間にも情報収集に奔走しているキプロスとエアリエルからグループルームに、次々と新しく見つけた情報やら不発だったやらの報告が上がっている。
    そもそもの発端となった大本の方に顔を出しに行ったヘルモンドからは未だに何の返事もない。実際、ライブラからの迷惑電話が未だに終わらないという愚痴を零しても既読が一人分足りないからきっとそれどころじゃあないんだろうなぁ。
    もう一方、事の進行具合を一緒に調べる事になったパイルからはというと既読は付けはするもののスタンプと呼ばれる新時代絵文字をポチポチと送って来るだけで何も言ってこない。
    こっちもこっちでいよいよ忙しい様子。
    早く切り上げて合流しないとこれはこれで面倒な事が余計に悪化しそうな予感がする。

    「兎も角、悪いけど今ウチには本職に手を出せる程の人員がひとっつも無い位に忙しいんや。そちらさんもこの街の住民の過半数が死ぬかもしれへんのは看過出来んやろ? じゃ、そゆことで」
    『あ、ちょっと……』

    ブチッと仕事用の電話を切って、そのまま暫く仕事の受付が出来ないという留守番設定にして机の上に放り投げる。
    途中で電池が無くなってしまうという事態を防ぐために、仕事用。それも基本アパートに置いておく不携帯用のは最初からずっと充電コードと繋ぎっぱなしで。

    漸く長ったらしい迷惑電話が終わったところで、一人アパートに居たロールは支度に行動を移せる様になった。
    空き巣に入られてしまったもしもの時の為に、本棚一帯全てには平凡な見せかけを。
    その他にも一応ナーク=ティトの障壁をアパートの自分達が住んでいる部屋にだけ張って。本当はご近所付き合いの延長戦でアパート全てをすっぽりと覆う形で張ってやりたいものの、コレは文字通りの障壁である為に内からも外からも出られなくなってしまう。
    それは逆に迷惑行為の何でも無い為に、今日も一日頑張って生き残って下さいねと他人事にして無慈悲に見捨てる他無かった。
    電気が消えている事、ガス栓も閉まっているかの確認を忘れずに。
    扉の鍵を閉めるのもまた当然の行為。
    まだ真昼間の為、眩しい太陽はたとえ濃霧に遮られていてもロールには色々と辛い。戦闘要員というのもあって日傘は邪魔でしかなく、エアリエルの様に優雅さというのもまた邪魔でしかなかったが故のフードである。

    「……はぁ、今回のコレ、何時になったら終わるんやろ。パルプンテとキティが喧嘩を止めるついでに会場をぶち壊したったってのに飽きもせずにさぁ」

    あの日にとある会場に集まったカルト集団は、文字通り面倒臭い厄ネタの一つだった。
    出る杭は打たれる、芽は早めに摘むという精神でやったものの。流石は爬虫類と言うべきか、尻尾だけ落っことして今回の件を引き起こすのだからやはりあの種族は面倒臭いの世界代表だ。
    合流する為にいい加減、『今何処にいるん?』とパイルにコメントだけグループトークに残して愛しのハーレーのエンジンを掛ける。
    そしてヘルメットを被る為にフードを取っ払って、ハーレーに跨った所で再度スマホ画面を確認する。

    『新興宗教団体「白蛇の家」が本拠点としているビルの地下に侵入中』

    今度はスタンプ一つではなく、事務報告の一文。
    それを見た瞬間、ロールはエンジンを切って溜息を一つ零した。

    「いやそれもうちっと早うに言うて欲しかったわ」

    既に拠点に侵入を果たしているというのであれば、バイクで堂々と行けないじゃないかと。
    誰も居ない中、ロールは軽く出鼻を挫かれながらハーレーをアパートの住民専用の駐車場に押して仕舞うのだった。



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