エゴ人達のロック狂詩曲(後編)


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  1. 「おほん。えー、まずは此方が我々運び屋クラシカルの主な業務内容となります。一読頂ければスムーズにご理解出来るかと……」

    そう言って、つい先程ヘルモンドに紹介されたパイルという女性は抱えていたクリアファイルからホッチキスで数枚分が綴じられたレポート用紙を今この場にいるライブラの人数分の部数を配り始めた。
    表紙には“運び屋クラシカル”と書かれており、一頁捲ればクラシカルの構成員全五名の名前がフルネームで記載されていた。
    それに対して、レオナルドが見ても面白いくらいにスティーブンに汗が流れているのが分かった。何せ、普段はコードネームらしき呼び名で呼び合っているのにも関わらず、こういった書類にフルネームで書かれてしまっているという事実に恐らくは簡単に受け入れ難い事なのだろう。

    内容は至ってシンプル。
    これまで利用させてもらっていた内容を紙面上にあげただけのものだった。
    一つ。運ぶモノに関しては、物品から情報、生物に至るまで基本的には何でも請け負う。
    一つ。あくまでも運び屋の為、地点Aから地点Bまでのモノの運搬のみ請け負う。
    一つ。目的地にかんしてはHLから地球上であれば基本可能。しかし、運搬距離に比例して運送料が上がる為、留意されたし。
    一つ。請け負うものは依頼主を地点Aとしてからの地点Bへの運搬である。例えば、地点C等に保管されている情報の奪取、アーティファクトの強奪等からの地点Aへの運搬は契約に含まれない為、依頼の一切を拒否する。又、その内容によっては契約破棄もある事を留意されたし。

    その他にも、まぁ色々と細々とした事が記載されているが。
    これを見る限り誰もが思う事だろう。
    ただの運送会社のネットのホームページに書かれていそうな契約内容をそのまま転載したようなものだと。
    暫くパラパラと捲って、ある程度全員が全ての頁を見終えた所で再度パイルが口を開く。

    「我々クラシカルの業務内容を、ある程度はご理解いただけましたでしょうか」
    「うむ、しかし。これは正式契約をしていない今と内容が然程変わっていない様にお見受けするが……」
    「あぁ、その通りだ。基本的に正式契約をしたからといって変わる事柄があるのが普通とは思わん事だ。つーか、アンタ等みたいなのが態々正式契約に拘るのが未だに分からん位だ」

    俺等はあくまでも運び屋。
    対象は基本的には極々一部にしか相手にしておらず、世界平和だ均衡だなんだを謳っているライブラなんかにこうやって会談を開く程の事をやった覚えはないとヘルモンドは惜しげも無く言外に言ってのける。
    そして、それは確かに彼の言う通りなのだ。
    業務内容だけを見ればクラシカル以外にも運び屋なんて世の中には腐る程いるし。何ならばクラシカル以上に有名な所だって貝塚に捨てられた貝並に存在している。

    「確かに貴殿等の様な運び屋、運送業を担っている者も組織もこのHLだけでも数多く存在しております。しかし、貴殿等だけが無傷でそして百パーセントの確率で搬送依頼を達成されておられる」

    これは、HLにおいて有り得ない数値である。
    毎日騒動がBGMのこの街においてで、搬送依頼の達成率が百パーセントなのだから。

    世界の均衡を守る為に暗躍するライブラは、秘密結社である。
    ライブラというだけで裏世界に片足でも入った大概の者ならば常識として知っている。そんなライブラの一番の脅威はその戦闘力の高さでも、組織としての規模の大きさでもない。
    その秘匿性にある。
    全体像を異界人にもHLPDにもお国にも。一切見せない、それはまるで常時霧に包まれているHLの街の如く。
    正に秘密結社。
    そんなライブラに関するモノであるならば、どんな媒体であろうとも人間であろうとも移動一つとっても危険が付き纏う。第三者にそれを依頼しようにも信用というものが全く持って出来ない。
    しかし、それを自前だけで済ませようにも人件費は馬鹿にならないし、身内といってもスパイだって混ざっていたりするもんだから、これもまた実は心休まる事がない。
    その点、何度か配達依頼を頼んだクラシカルというこの組織。
    スティーブンがこれまで相手してきた組織の中でこれ以上になく“ライブラに対して興味も価値も一切見出していない”のだ。ライブラ以外の別の組織や一般家庭に頼まれた配達依頼とライブラに頼まれた配達依頼が同じ位置に存在している。
    これ以上にないくらいの屈辱とこれ以上にないくらいの平等さ。

    それは、第三者に配達依頼をする上で是が非でもライブラが求めて止まないものだった。
    更に過去の依頼成功率が百パーセント。
    一歩街中に出るだけで何が起きるか分からないこのHLにおいてそれが成されているのはクラシカル以外存在していなかった。

    「どうでしょうか、これからも我々からの依頼を受けて欲しいのですが。確かにライブラに関するというだけで様々な妨害等が簡単に予想出来てしまいます。それでも……」
    「だが、それは態々正式契約をせずとも請け負える事だ」

    肘をついて、詰まらなさそうな顔をしながらヘルモンドは交渉するクラウスとスティーブンを一蹴する。

    何度かの依頼回数を経て、漸くクラシカルのリーダーであるヘルモンドに漸く出会う事が出来たものの。
    一般人であるレオナルドから見ても会談はあまり芳しくなかった。
    と、いうのも。どうも向こうのリーダーさんは“世界の均衡”というものに関して重要視していないように思えるのだ。
    それはあくまでもレオナルドにとって、何となくそう思うというだけで。何故とか聞かれても答えれる答えというものは無かった。
    というかそれよりも、それよりもだ。

    「(俺、ここにいる意味って、あるのかな……)」

    主な交渉はクラウスとスティーブンの二人がしている。
    時折交渉材料として、資料とかをギルベルトがサポートをしている。
    それに対応しているのは、ヘルモンドとギルベルトの様にパイルが同じようにサポートをしていた。
    その他の面子はというと、まぁ一言でいうなれば暇の一言に尽きた。
    それはそうだ。基本的にこういった事というのはトップ同士だけで事足りるわけで、戦場における特攻隊とか平の下っ端とかまでもが必要な事なんてない。
    実際、こっち側も向こう側も欠伸なんて零していたりする程で。

    「いって」

    そんな事を考えていると、唐突に頭に衝撃と上に重さを感じた。
    糸目をそのままに視線を横に向ければ案の序、あまりの暇さにダレ始めているクソ猿先輩ことザップがレオナルドの頭の上に肘を置いて体重をかけていた。

    「はぁぁ、つーかよぉ。コレ、何時までかかるんだぁ?」
    「……おい、俺の頭はアンタの肘置きじゃあないんですけど?」
    「あのオッサンもよぉ。いい加減、契約してくれたらいいのにさ」
    「いや、話聞けよ。重いんだよ! つか、女性に対してオッサンって言い方、アンタらしくないっすね」
    「は? オッサンはオッサンだろ。オッサンの事をオッサンって言って何が悪いんだか」
    「え? でも…」

    ぼそぼそとザップと会話しながら、レオナルドはほぼ閉じているも同様な糸目を少しだけ開いてクラウス達を会話をしているヘルモンドを神々の義眼越しで見る。
    確かに部屋に入って来た瞬間こそは、スティーブンとはまた違ったベクトルの胡散臭いオッサンだとレオナルドは思った。そこは、きっとザップと対して変わらない第一印象だろう。
    しかし、その後瞬き一つした後改めて五人を見てみれば、そもそも男性が一人としていなかったのだ。
    和服美人に黒髪のエアリエル。
    アルビノの白髪のロール。
    猫耳生やしたエメラルドグリーンのキプロス。
    柔いウェーブがかかったプラチナブロンドのパイル。

    そして、中年のオッサンだと思っていたヘルモンドはというと……。
    きつくかかったパーマは、普段ザップに陰毛頭なんて不名誉極まりない呼ばれ方をしている天パ持ちのレオナルド髪を長く伸ばしたら似たような感じになるのではという具合。
    当然、彼女はトリートメントを始めとしたヘアケアをしているだろうから指通り等はレオナルド寄りも段違いでいいだろうが。
    パイルやK・Kと比べると色が濃い目のブロンドヘア。
    何よりも目をひくのが、チェイン以上に豊かなその胸だろうか。ワイシャツの上のボタンの幾つかを外しておかなければ仕舞えない程のだ。
    男性のものではない。どこからどう見ても明らかにヘルモンドは女性の姿だった。

    「いや、やっぱりヘルモンドさんは女性ですよ。ザップさん」

    オッサンだなんて呼び方は、女性らしさしか感じられない彼女に対してあまりにも失礼過ぎる呼び方だ。
    だからこそ、レオナルドは改めてザップと。何だかんだで聞き耳をたてているであろうチェインに聞こえるような声量で言ったのだ。
    間違っても、向こう側に聞かせるつもりも。現在進行形で交渉中のクラウス達にも聞かせるつもりなんて微塵も無かったのだ。

    そんな状態でふと、レオナルドは視線を感じてその方向へとそろっと顔を向けてみれば…。

    「うにゃぁ……」
    「ほぉー?」
    「うっわぁ……」

    「っ!!」

    ばっちりと、対面に位置する場所に座っていたキプロスとエアリエルを間に挟んで座っているロール。更に書類をテーブルの上に書類を置こうとしてそのまま固まっているパイルの三人と綺麗に視線が合ってしまった。
    ビクッと思わず反応を示してしまえば、もうレオナルドには誤魔化す術がない。
    聞こえていなかっただろう他二人も、その反応に釣られてレオナルドに視線を集中させているし。会話をしていたクラウス達も何かあっただろうかとレオナルドの方に視線が集中する。

    「どうかしたのか? パルプンテ」
    「うん、ヘルちゃん」
    「あぁ」
    「あのね……」

    その後に続くはずだった台詞は音として出ることは無く途切れてしまった。

    ここで今更ではあるが。
    廊下のある扉側を背にして座っているのは、クラシカル側である。
    では、ライブラ側は?
    当然その反対側で、窓を背にした形で今も座っている。なんだったら、結構大きな窓だ。
    まぁ、つまりはというとだ。

    窓一面に巨大な異界生物の目玉がギョロリとこの会議室を覗き見ていたのである。
    巨大な単眼。かと思えば、その周囲に小さな目玉がそこかしこに埋め尽くさんばかりに生えている。これは生えているというべきなのか、それとも植え付けられているというべきなのか。
    分からない。というか、一種のホラーである。
    どこかのゲームで出てきそうな実にショッキングな姿だ。巨大過ぎるからなのか、それともそれだけ窓に接近しているからなのか覗き込んでいる異界人の全体像は分からない。
    ただ、言える事はただ一つ。
    窓と対面する形で座っているクラシカルの面々と、神々の義眼を持っているレオナルドにしか窓の外の異界生物は見えなかったのだ。

    「ま、窓に! 窓にぃ!!」
    「うわ、まさかパルプンテがお決まりの台詞を言う日が来るとは思わなかった!」
    「アホか! んな事より、はよ窓から離れぇや!」
    「うぇっ!? ザップさん! 何かあの大きな目玉がピカピカ光ってるっす!! 訳分かん無い事になってんですけど!!」
    「俺は、お前らが何を言ってんのかが分かんねぇよ!」
    「うわっ、リアちゃん! この人HLに住んでる癖して啓蒙が低いにゃ!」
    「言い方が色々とあかん事になってんで?」

    ヘルモンド達が何かを叫んでいたが、レオナルドもまたそんな事に気をやってる暇等なかった。
    思わず背後の窓の方に振り向いてしまったのが酷く悔やまれる。まだ、三人からの視線の集中を受けていた方が断然マシだったと、大声で断出来る程に。
    隣に座っているザップの腕をバシバシと叩きながら、窓の方を指で指し示すもののザップの目は何処となくずれている。
    見えていないのだと、そう察した瞬間だった。

    ビシリッと窓ガラスに蜘蛛の巣の様な罅が一瞬にして張り巡らされる。
    歴戦の戦闘員であるならば、たとえ視認出来ずとも周りの対応やその場の雰囲気だけでも反射的に対応出来てしまうものなのだ。
    ザップは、ポケットにしまっていた針が仕込まれたライターを手に取って迷いなく思いっきり握り締める。
    チェインもその人狼としての種族特性で姿を希釈し、K・Kもホルダーから拳銃を二丁両手に持つ。

    巨大な眼球とその周りの小さな目玉達がギョロリと動いたかと思ったその瞬間だった。


    「斗流血法刃身ノ弐・空斬糸―――赫棺縛かくわんばく!!」

    「ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲ラプソディ―――第二変奏リステッソテンポ!」


    頭部だと思しき所にこれでもかと敷き詰められた目玉が植え付けられた名状し難い魚みたいな巨大生物による体当たり。目と目の間の隙間が狭すぎるくらいで、絶対に小さな子供が見たらトラウマを抱えてギャン泣きする。
    ドアップなんて誰も望んでない。
    思わず生理的嫌悪と突然の体当たりにビビっているレオナルドを他所に、ザップは叫び、エアリエルもまた何処からか取り出したスレイベルを振りながら叫ぶ。
    赤い血糸と突如として現れた拳サイズの大量の蜘蛛が張り巡らした蜘蛛糸が、体当たりしてきた巨大魚を受け止めた。
    巨大な魚とはいったものの、喩えるならばそれは巨大鮫の様にも見えなくはない。口らしき所には顎を突き破る程の鋭い牙も会議室に体当たりしてきたからこそ分かる。
    目と目の間隔が狭すぎて地獄の先生も一言モノ申したくなるのではなかろうか。

    「何やのぉ? これ、可愛らしさの欠片もあらへんしおめめも多すぎるわぁ」
    「あぁ!? 何を捕えてんのかサッパリ分っかんねぇ!」

    「うえぇぇ…、不味そうだにゃあ」
    「この前、磯撫で食って思ったよりいけるとか言うてへんかったっけ?」
    「アレとコレは明らかに別物にゃ! 一緒にするとか失礼にゃ!」
    「まぁ、見た目“SAN値チェック案件”ではあるわな……」
    「そんな事叫んでる暇あるんでしたら、粉をかけるの手伝ってくれませんかねぇ!!?」

    窓ガラスの破片や壁の部分は無残にも飛び散っている。
    が、それで怪我をした者は幸運な事に一人としていなかった。流石は戦闘集団というべきか。
    が、生憎レオナルドを覗いた他のライブラ面子は巨大鮫の姿をきちんとその目に捉えている訳ではないらしい。
    そこを、テーブルの上に跳び乗ったパイルがポケットから取り出した白い粉が入った小さな小瓶を巨大鮫にぶん投げた。
    パリンッと軽快に小瓶が割れて、中に入っていた白い粉が辺りに舞い散ったかと思えば、血糸と蜘蛛糸に縛られている何かが空間から染みの様にして滲み出て来た。

    それに対して、漸くこの場にいる全員が窓からの招かれざる客の姿を目にする事が出来たわけなのだが。
    ヘルモンドが、SAN値チェック案件だとぽろっと零した通り。そこらの異界生物と比べても明らかに異質差を醸し出している巨大鮫。いっそのこと合成獣キメラだと説明された方が納得出来るというもの。
    その醜悪な見た目に、ライブラの女性陣は流石に不快だという顔を隠さず。クラウス達も流石に眉間に深いシワを作った。
    その中でもスティーブンが一段と深いシワと嫌悪感を現していた。

    「おいおい、クラウス。外でも此処と似たような事になってるぞ」
    「何だと!?」
    「えぇ…、粉足りるのかな」

    ステルス機能を搭載した、多眼の巨大鮫。人狼みたいな希釈能力を持ってはいないものの、姿が透明なのには変わりはない訳で。
    何もないところで高層ビルやら建物が壊されては瓦礫が落ちて、地上では悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の姿が豆粒で見えた。
    そんな中で、シャンシャンとスレイベルを振り続けて音を絶やさない様にしていたエアリエルが振り向いてヘルモンドに指示を請うた。

    「なぁ? ウチ等がリーダー?」
    「何だ」
    「取り敢えずは、この多眼の巨大鮫やけどバラバラにしちゃってええん?」
    「あーっと、だなぁ。そこんとこ、ソッチはどうなんだ?」

    美味しそうに見えないし、美味しそうに調理をする事も流石にあの味覚の特異点でもなければ無理だとキプロスが首を横に振った瞬間。クラシカルにとってあの多眼の巨大鮫は即殺処分という方向に落ち着いたらしい。
    会話の内容が明らかに実にHL向きだ。
    外は未だに騒がれている。このまま目の前にいる巨大鮫に対して時間をかける訳にはいかない。
    クラウスとスティーブンが一度アイコンタクトをして、ライブラもどうするのかを決めたらしい。
    また、それと同時にスティーブンの携帯から着信音が鳴り響く。ちなみに、こういった会談ではマナーモードにして音を鳴らさない様にするのが普通だがそこは此処がHLだということを吟味してほしい。
    きちんと事前にお互い携帯のマナーモードの有無とかは話し合っているのでモーマンタイだ。
    この場ではね。

    「会談の最中ですまないが、あの空を泳ぐ巨大鮫をどうにかせねばならないようだ」
    「ふーん、ま、別に構いやしねぇよ。だが、どーするつもりだ? そこの、俺の……。いや、“私”の正体に気付いているガキンチョ以外、オタクらはアレが見えていない様子だが?」
    「その件なのだが、貴殿等にはアレが見えている上に視覚化させる術をお持ちの様子」
    「……あー、イブン・グハジの事か」
    「世界の均衡にも、平和にも興味はないと確かにヘルモンド殿は仰いました。それでも、私は貴殿等に協力を頼みたい」

    頭を下げながらクラウスが言ったのとほぼ同時だった。
    ブシャッ!
    と、多眼の巨大鮫が蜘蛛の糸で賽の目の用にバラバラになって、巨大な血溜まりを作り出してく。
    足下にころころと転がって来たのは、頭部に沢山生えていた沢山の目玉の内の一つだ。ソレをヘルモンドは、クラウスに視線を向けずにつま先で少し遊んだ後に、ぷちっと踏みつぶした。
    そして溜息一つ。

    「めんっどくせーけど、このまま放置してる方がもっとめんどーか……。構わねぇよ」
    「本当か……」
    「ただし、コレの解決の具合次第でアンタらが探索者かどうか、見極めさせてもらうぜ。そしたら、正式契約でもなんでもやってやるさ」

    だから、頑張れよ。
    探索者ヒーローさん?

    そう、不敵な笑みを零したかと思った途端だった。
    目の前のヘルモンドの姿が文字通りぐにゃりと歪み始めた。中年の小太り男特有の腹を始めとして体内からぐにゃぐにゃと波打ち始めて、しまいにはぐぱっと裂けていく。
    中から現れたのは、中年のオッサンとはずっとかけ離れた金髪の巨乳の女性。肩に掛けた高級スーツを靡かせて、そのままクラシカルの面々に一言二言声を掛けた後、四人は我先にと風穴の出来た壁から飛び降りた。
    そして、最後にヘルモンドが振り向き様に指差して叫ぶ。

    「じゃ、ライブラと私等クラシカル……どっちが多く狩れるか勝負だ! クラウス・V・ラインヘルツ!!」


    ◇◇◇◇◇


    ここは、秘密結社ライブラが幾つか目をかけ息がかかったヘミング・リェイクタワー。
    地上十三階建ての高層ビルである。
    建物内なのにも関わらず玄関ロビーに入れば、何だかよく分からない銅製の彫像に噴水があったりするという、それなりの金のある人が利用するようなオフィスビルでもある。
    そして、最上階である十三階はというとそれこそライブラのリーダーや番頭クラスの者でなければ早々に利用されない。とはいっても、機密性が高い会談が行われる度にここは利用されている為、頻度が低いというわけではない。
    そんな高層ビルが、今現在天井が綺麗にすっぱ抜かれていた。
    それはいつだったか、レオナルドが初めてライブラの事務所に足を踏み入れた時と同じように。

    ビル付近の地上はというと、ヘミング・リェイクタワーだった瓦礫やらガラス片やらが散らばっていて、そして血の大雨が降った後として血溜まりがところかしこに地面にできて、まだ無事だった建物も血塗れと化していた。
    噎せてしまう程の鉄臭さが霧の街中に立ち込めているのにも関わらず、いつも騒がしいHLの街にちょっとした喧騒と悲鳴が加わった程度で今回の騒ぎは収束した。

    ちなみに、あの気持ち悪い多眼の巨大鮫は所謂合成獣キメラで、合成獣愛好家団体が引き起こした事件だった。内容は至ってシンプル、世間一般における合成獣の不平な扱い等に怒り狂って今回の事件を引き起こしたのだとか。
    実に傍迷惑な事件だ。
    で、なんだかんたで収束した二つの組織の集合場所は天井がいつの間にか無くなったヘミング・リェイクタワーである。

    「あっははははは!!!」
    「おーい、ヘルぅ? 流石に笑い過ぎとちゃうんか?なー…」
    「お、おなかっ……お腹、いっ、いったいよぉ……ふふふっ!」
    「ヘルだけやないよ、品ちゃん。パルプンテもお腹抱えて倒れてはるわ」
    「二人ともツボが浅いから仕方がにゃいにゃあ〜」
    「てか、そこそこ暴れたからお腹空いたんやけど。お寿司食わへん?」 
    「その前にウチはシャワー浴びたいわぁ、血みどろで気持ち悪ぅてかなへんわぁ」

    普段の素面でのやりとりでこうなるから、いい加減普通に諦めて慣れるべきだと。アルコールの一滴も入っていなくとも、そこらの酔っ払い並に笑い上戸になってしまうのが我らがクラシカルのボスなのだからと。
    ライブラも今後こんな自分達とそれなりのお付き合いをするのだろうから、慣れてくれと。キプロスの発言は呆れ顔を晒しながら天井が無くなった会議室でフードを被ろうと手を伸ばしているロールに向けられつつも、言外には確かにライブラのメンバーに対して向けられていた。
    大声を上げてはいないものの、口元に手をあてもう片方の手でお腹を押さえながらうずくまっているのが、クラシカルメンバーの中で一等真面目に会談の進行から契約手続きにおける書類に記録等を引き受けていたパイル。
    大声を上げてキツイウェーブがかかった長い金髪を揺らしながら円卓のテーブルを叩いてたゆんたゆんの巨乳を震わせているのが、巨大鮫との戦闘に突入するまで胡散臭いを極めたような中年小太りのオッサンだったクラシカルのリーダーであるヘルモンドである。

    「いやぁ! ほんっとに、正直に言って事前にオタクらライブラの話を聞いてた限り態々正式契約する必要性とか、まっったく感じなかったんだが……想像以上に面白れぇじゃねぇか。なぁ? 秘密結社ライブラ」

    はぁはぁと、息切れしながらも呼吸をなんとか整えて。目尻に涙を少しためながら、ヘルモンドはようやっと笑うのを止めた。
    止め切れていないが。
    少なくともこの日を境に、ライブラはクラシカルとの正式な契約を結ぶことが出来た。
    彼女ら曰くの“探索者”として僕たちは認められたのだ。



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