あいと しんじつの あくをつらぬく▼



現在、二人の戦況は拮抗状態にあった。
お互いに一勝一敗。
一回戦は、ムウマとカイリキーでムウマの勝利。
二回戦は、ヤドキングとポリゴンでグリーンの機転によりポリゴンの勝利。
そして、二回戦の時のジゼルの提案によって三回戦目。ジムリーダーであるグリーンはポケモンの交換を許されたことにより、未だ無傷のポケモンを一体繰り出すことが出来る。
そして、この三回戦目を勝ち抜いた者が今回のバトルの勝者である。
これは、中々熱い戦いであった。
現在フィールドに立っているのは、ポケモントレーナーであるジゼルとグリーン。そして、お互い最後をかけている三体目のポケモンは意外にも揃って虫ポケモンであるスピアーとハッサムだった。
二人は最後の最後で、初めてのパートナーポケモンを持ってきたのだ。
この二人の間にそういう展開に持って行こう等と、事前の打ち合わせなどしていない。しかし、それでも二人の間には通じるものがあったのだろう。
でなければ、こんな綺麗にこの様な展開になどならなかったはずだから。

二人のバトルの審判を任されたカツラは運が良かった。
何せ、まず図鑑所有者の中でもジゼルが正式なポケモンバトルをすること事態が意外にも珍しい。

これまでの、彼女のバトルを例として上げていくとどれもこれもが非正式。
道中、不良に絡まれたバトルを捌いたり。
敵陣に単騎で乗り込んでボスに啖呵切ってバトルを挑んだりと、どれも審判を必要とするバトルではない。
そして、二人揃ってそこらのポケモントレーナーよりもずっと格上。
決着が着くのは一瞬だが、それまでの交戦はどれもこれもレベルが高いものにカツラの目には映る。

何よりも、二人揃って勝利への貪欲さに好感を持てた。それは、足を洗った最近になって抱き始めたものだから。それを、まだまだ未来ある若者時代に持っている二人が羨ましい。
それと同時にまだまだ自分も負けていられないという気持ちとある一つの考えが過ぎる。その考えを口にすれば相手はどんな反応を示すだろうかという、ちょっとした悪戯心が芽生えて口角が上がってしまう。
が、そこまで考えて頭を振り。一度思考をリセットした。
今は目の前で繰り広げられているバトルの審判に集中しなければならない。既に三回戦目は始まっているのだから。


◆◇◆◇◆


グリーンは、目の前に立つ一番最初のチャレンジャーにして今では付き合いが長い図鑑所有者の仲間の一人であるジゼルを相手にして初めて背中に冷汗が流れたのを嫌でも感じた。
これまで相手をしてきた彼女はまだ本気では無かった。
そもそもその異常なまでの知識をふんだんに利用して戦闘に挑んでいる時点で、強敵なのだ。見た事も聞いた事も無い技を使用された時は、大いに慌てる。何せ、打てるはずの対抗策を一切打てないのだから。
だからこそ、グリーンは密かに勉強をし。ポケモン達四苦八苦しながらも、幾つかものにした。
現にジゼル自身、その技を知ってはいたもののグリーンが使ってくるとは思いもよらず。驚かせる事に成功した。

が、それはただ彼女に火をつけただけに過ぎなかった。

現在、グリーンが場に繰り出しているポケモンは最近発見された新タイプ。鋼タイプを持ち合わせたストライクの進化系のハッサム。
対して、ジゼルは同じ虫ポケモンのスピアーを繰り出していた。
鋼タイプに強い技は、格闘に地面。そして炎の三つ。毒は一切効果が無く、虫タイプも大きな効果は見込めない。
しかし、それを連続して攻撃されれば?
塵も積もれば山となるという言葉がある。現に、ハッサムの鋼鉄の身体には傷が目立ち始め、息が荒くなってきている。
対して、スピアーは初手からこうそくいどうを連発してきた上にかげぶんしんも使用して此方の攻撃が当たらない。無駄な攻撃を食らっていないというのもあって、呼吸の乱れは一切見られないし傷も殆ど無い。

「ほらほら、どうした?攻撃が当たんなきゃ私達を負かすことは叶わないぞ?」
「スピアーの敏捷性と回避率を上げたうえに、フィールドをどくどくで地盤を緩くさせて身動きを取れなくさせた奴がよく言うぜ」
「ふへっへっ、確かにハッサム自身にゃ毒は聞かないけれど。空に飛ばせる前に地面に縫い付けちまえばこっちのもんだからねぇ…。かわせる技をかわせないって、イラつくでしょ?」
「それもまた、お前の狙いだろ」
「ピンポーン!当たりだよ」

ハッサムにも翅は生えている。
スピアー程長時間飛行は無理でも、短時間であれば可能だ。だが、それは空へと飛べる条件が整っていればの話である。

ジゼルは、ハッサムが場に出た瞬間。短期決戦を放棄して、長期決戦に持ち込んできた。スピアー自身にそこまでのスタミナは持たない。が、そこは流石はジゼルの一番のパートナーポケモン。
彼女の思考を、場に繰り出されて一番最初の指示で読み取った。
ジゼルの戦闘スタイルは基本的には、短期決戦で。一番最初の攻撃の指示は口にしないのが特徴的だった。
トレーナーが指示を出さずにポケモンが勝手に判断をして技を繰り出し、相手に動揺が生まれたところで初めてジゼルが判断をして指示を出す。
真正面から相手をしているはずなのに、不意打ちや騙し討ちを食らわせる。それが、これまでの付き合いで知ったジゼルの戦闘スタイルのはずだった。

だが、スピアーを繰り出した後。今までした事が無かった、ある意外な行為をしたのだ。
それは、レッド、グリーン、ブルーの三人ならばこれまでで自然とやって来た行為。
しかし、彼女が一度として行わなかった行為。
そして、図鑑所有者にしか出来ないその行為。

彼女は、オーキド博士から譲り受けてからこれまで。一度としてバトル中にポケモン図鑑を取り出した事が無かった。
それは、図鑑など無くともその頭に入っていた異常なまでの知識によって補完されていたからだった。今までどんな強敵相手でも、図鑑を取り出すことは無かった。
そんな彼女が初めて、グリーンの目の前でポケモン図鑑を開いてバトルをしている。

「ポケモン図鑑って、本当に便利だよね。これ一つでポケモンの体力、状態異常諸々込み込みのステータスが画面に出てくるし。それは自分のポケモンだけでなく相手のポケモンにまである程度適用される。本当、便利だよ。態々、戦っているスピアーの体力の計算とか、スタミナ的なものとかそういったものに割いていた余分な考えを図鑑に任せて、バトルの戦略に百パーセント集中して、本気で相手をできるのだから」

そう言う彼女は、文字通り。
今までは、本当にポケモン“図鑑”としてでしか利用して来なかった。
そもそも、図鑑を使わずともこれまで何とかバトルに勝ってこれたのだ。だが、グリーンがゲーム上では第三世代。いわゆる、ルビー・サファイア、エメラルドの時代で新しく増えた技であり第二世代の時にはメタ的にまだ存在していなかつたのだ。
ゲーム上では存在していなかっただけであって、他地方では普通に使われてたりする。ただ、まだ伝わっていなかったりとかその程度の理由でメジャーではないというだけの話なのだ。

その、アドバンテージでほんの少し前を歩いていたジゼルの下にグリーンがやって来ていよいよ危うさを覚えた。
それと同時に、思わず笑っちゃう程の武者震いを感じずにはいられない。
向こうが同じ土台に立とうとするならば、自分も同じことをしてやればいい。最後の最後まで、最後の線引きの証でもあったポケモン図鑑を手に持って自分も彼等と同じ立場ってやればいい。

「今回、私の立場はチャレンジャーだよね」

突然、ポツリと呟いた言葉にグリーンは「それが今更どうした」とほぼ反射的に答えた。

「だったら、チャレンジャーならばもっともっと高いところ目指せるってことだよね」


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