ゆめの はこの でんげんON▼



「逃げるんだよ。“作戦TT”。敵前逃亡さ」

一々言わせんなよ、恥ずかしい。

目の前で、現在進行形で激しい戦いを繰り広げている胡桃染め色の髪を長く伸ばした紫苑の彼女は悪びれる事等一切無く、躊躇なくその言葉を言い切った。
寧ろ、胸を張って堂々としている所など開き直っているどころか最初からそれを考えていたような節さえ覚える。

そして、つい先程あの仮面の男はまだ手の内を幾つも隠しているとか言っていたが、それは彼女にも同じ事が言えるだろう。彼女の頭にブーメランが刺さっているように一瞬見えてしまったのは、この極限状態の中での疲労による錯覚だろう。
どちらも本気など出していない。未だに手探りで相手の出方を伺っている、若しくは引き摺り出そうという意図を持って戦っている。
デリバードとやり合っているスピアーのレベルの高さ。「初めてのバトルだけど頑張ろうか」と一声掛けたムウマへの的確にして容赦の無い指示の数々。

癪ではあるものの、場数、経験、ポケモンへの知識、ポケモンとトレーナーの両方とものレベルの高さなどオレよりも遥かに上だというのを嫌でも見せつけられた。
若しかしたら、彼女が本気を出せばアイツに一矢報いる位の事は出来るのではないか。そう、考えてしまうのも無理は無い程二人とオレとのレベルの差が歴然だった。


◇◇◇◇◇


作戦TTを決行するから、暗に協力しろよの意を込めてライバル少年に話しかけ続けていたのだけれど、きちんと汲んでくれたのだろうか。別に私一人、少年を置いて逃げても別に構わないんだよ。良心とか、そんなものが適応される稀少な人間は現時点ではあの四人位なもんだから。親であるヒナタさんは当然として、後は精々博士達位か…?

ところで、どうやって逃げようか。

取り敢えずは恐らく現時点での敵の唯一の飛行手段と判断しても外れではないであろうデリバードを確実に戦闘不能に追い込まなければならない。そうしたら、空に逃げる事ができるからね。普段は飛行手段を持っていないが故に、逃避手段の中に含まないのだけれど今はとある赤いチャンピオンのプテラが手元にいるからね。
それならば、ライバル少年は飛行手段を持っているのかどうかとなる。持っていなかったらいなかったで、次に私の中で案が出ているのが敵本人を強い光源による失明と怪音波で方向感覚を失わせてから逃げるというもの。失明まではしていないらしいが、何時かのブルーもナツメとの戦闘から逃げるために怪音波で逃げ延びた過去があるらしい。
うん、敵に容赦も慈悲も情けも一切与える気が無い場合、良い手段ではなかろうか。
ありだね。

「確率三十パーセントの追加付与効果に期待しよう、スピアー、ヘドロばくだん!ムウマは兎に角タイプ一致でゴリ押しだ。シャドーボール!」

「ニューラ!こごえるかぜ!!アリゲイツは、かみくだけ!!」

ガッキンガッキンと鳴り響く中に、ベチャッ!ドロォ…シュワワァー…と溶けた音がしたかと思えば瞬間響く爆発音。所変わって、パキパキッと何かが凍る様な音が聞こえれば身の毛がよだつ様な悍ましい音も聞こえる。脳内でもっとフェアリーなBGMを流して気分を落ち着かせたいわぁ。
まぁ、そんな事は置いておいて。取りあえず一応は平和的解決を最初の議題に上げよう。トレーナー自身に不祥事案が発生しない一つ目の逃避プラン。少年が居なければ、容赦無く二つ目の逃避プランを選択していたけれどここは自重せねば。

しかし、デリバードを戦闘不能にしても敵の視界が良好ならば空に逃げても追撃されて最悪撃墜される恐れは十分以上あるし、容易に想像が出来る。ならば、負傷とかそういったのを無しで敵の視界を奪うための目晦ましとかをしなければならないのだけれど…。
…簡単に目晦ましをする事が出来るのが、ピカチュウのフラッシュかプテラが覚えていたいわなだれ位しか咄嗟に思い浮かばない。どれもこれも平和的とはかけ離れた術な気がする…。他に思いつく事と言えば、現在進行形で辺りに発生している霧をヤドンのサイコキネシスによって一か所に霧を集め濃度を上げて一時的に濃霧を発生させる…とか?あまり、効率的とは言えないけれど…。
少年が現在使っているポケモンは、ジョウト御三家の一匹であるワニノコの進化形であるアリゲイツとジョウト地方でのスリバチ山辺りで初めてその姿が発見されたと言われている悪と氷の複合ポケモンのニューラ。進化形のマニューラとオーダイルカッコいいよね。初めて金をプレイしていた時に選んだのはワニノコだったよ、私。

金で、ヒワダタウンのヤドンの尻尾事件を解決させた後に現れるライバル戦では本当に何度も負けて何度も挑み直したものだ。…その時のライバルの手持ちは、主人公が選んだ御三家のポケモンに相性が良いポケモンが一段階進化をしていてそれにプラスでゴースとズバットだったと記憶しているんだけど。実際、私の隣で必死に今の所耐えているライバル少年の手持ちは如何程か…。
ぶっちゃけ、ニューラを現時点で繰り出しているから私が記憶しているゲームのライバル少年と手持ちが違うんだろうなぁ…とは思っているよ。うん。だって、ここはポケスペの世界であってゲームやアニメで知っているポケモンの世界ではないのだもの。
ところで、今とは全く関係ないけど金銀水晶のライバル少年ってさ、カントー地方のオツキミ山で一度バトルをすると立ち絵のエフェクトが変わってイケメン度がアップしてるよね。私、後半の立ち絵エフェクトが好きだったわ。うん、本当に関係ないね。

「…アンタってさ、飛行手段を持ってる?」

「一応は、ある」

「おーけーおーけー。それじゃあ、あの仮面の男に直接負傷事案を発生させない目晦ましの術は?」

「は?」

「例えば、しろいきりだとかくろいきりだとか文字通りポケモンじゃなくてトレーナーの方の目晦ましに最適な技とか思いつかない?さっきから、いわなだれをあの仮面の男に向けて放ってその隙に逃げるとか零距離フラッシュで失明させて逃げるとかそんなのしか思い浮かばないんだよね」

自称称号を『平和主義者(笑)』とかに改名した方がいいかもしれないね。え、元々平和主義者とかそんなのじゃないって?本人が平和主義者と自称したらその瞬間からその人は周りに認められていない自称平和主義者になるんだよ。結局は”平和主義者”になるんだからそれでも問題無いよね。うんうん。

ところで、全然少年から返事が返ってこないと思って振り返ったら何故か引いた様な顔をしていたんだけど。凄い解せぬ。漫画とかにしたら、バックが黒くてキャラクターの周りにだけ白く縁取りがされて死んだ魚の様な目をしていたり、四千十六円を落としたみたいな顔をしてるんだろうね。マジで解せぬ。

「…姉さんが敵に回したらヤバイと言っていた意味が少しだけ分かった

「何か言った?案とかあるんだったら言ってくんない?でなきゃ、さっきのやつの何方かで目晦ましするつもりなんだからさ」

「…くろいきりを使える奴ならいる。だから、その両手に持っているモンスターボールは腰に戻せ」

「……さっさと。それを言いなよ」

取り敢えず、スピアーには逃げるためにもちゃちゃっとデリバードを仕留めてもらおうとあの手この手と奴さんにっとては嫌らしい攻撃を連発してはいるものの、しかし決定打が何処にも無い。
ムウマの方は、弱点をお互いに突くことが出来るという事から、拮抗しておりこちらもまた決定打が無い。最終的にムウマに文字通り横槍目的の不意打ちでもデリバードに食らわせてやろうかと考えつつ、更にこちら側のポケモンでも増やして数で押せ押せ作戦でも決行しようかというところでライバル少年にブレーキをかけられてしまった。

そもそも、少年の飛行要員ポケモンは暗闇ポケモンと呼ばれているヤミカラスらしい。そのヤミカラスがついさっき私が言っていた無傷で目晦まし効果を得る事が出来るくろいきりを丁度覚えていた。何気にくろいきりって氷タイプの技なんだけど…。
白い霧が立ち込める現状にヤミカラスに発生させる黒い霧。字面とかそういったので言うのであれば白と黒の霧が混ざり合うとか、なんだか厨二心が擽られたりするんだけど実際は割と大変だったりするんだろうな。
只でさえ霧が発生していて、こっち側の攻撃が敵に当たっていない。逆に向こう側はこう言った環境での戦闘に慣れているのだろう。的確な攻撃をけしかけてくるもんだから、避けるのに必死だ。何とかその場をごまかしたりして避けたりしてはいるけれど、レベルがまだ低い少年のポケモン達は少しずつ、しかし確実にダメージが蓄積されているのが目に見えて分かった。
悪天候内での戦闘がどれだけ面倒臭いのか今回ので嫌という程味わっている。…ゲームでは、ポケモンに天候と呼ばれるシステムが完全に一つのシステムとして独立したのはGBA(ゲームボーイアドバンス)のソフト。私が前世で予約をするだけして結局、購入もプレイもする事が出来なかったあのリメイク作品の母体となったソフト。ルビー、サファイア、エメラルドの俗にいう第三世代の作品からだった気がする。以降、晴れ、猛暑、雨、豪雨、砂嵐、霰、乱気流、ダイヤモンドダスト、そして今の悪天候である霧。天候によってバトルの有利性等様々な効果が生まれて敵を仕留める事もあれば、少しでもその力の使い道を間違えると自滅と誰も庇護しようの無い事態に陥ることも屡々。
ゲームでもポケモンバトルの戦略を練るに必要なシステムの一つではあるものの、ゲームのストーリークリアをする上では態々天候を変えて戦略を練らずとも圧倒的なレベル差によるゴリ押しで勝ち抜くことはゲームだからこそ幾らでも可能なんだよね。

現実は何時如何なる何処であろうと、次元の差異が在れども”天候”というものはクソが付くほど面倒臭い。

マジで面倒臭い。
これは、また天候に関しての戦略とか経験とかひっくるめて色々とやらなきゃならないなぁ…と、遠い目。しても、悪くないだろ…。
前世の頃から、元々私は”対人戦闘”が苦手だったんだよ。友達とポケモンバトルをした時なんか全敗だったからね、一度として勝てた試しがないから。あのレベルMaxのプラスルと色違いのラティアスは未だにトラウマだわ。

そう、対人戦。
つまりは、本物のポケモンバトルというものは正直に言って苦手の部類に入るんだよね。私はポケモンのレベルを上げるその育成とポケモン図鑑を埋めるという楽しさにのめり込んでいて、ポケモンバトルには楽しさを覚える事が昔は出来なかった。

逆に、ジゼルとなった現在。
そのポケモンバトルの楽しさというものに遅れ馳せ、遅くなりながらも気付きのめり込んでいるのだからやはり”ポケモン”というものは凄いよね。目の前の仮面の男と本気のバトルが出来なくて、物凄くとまでは言わないけれど少し残念に思う。前世でゲームをプレイしていた時はバトルの方には然程熱中していなかったが為に天候に関して特に気にも留めていなかったのが仇となってしまっていて歯がゆく思う。しかし、ポケモンの育成と図鑑完成にどっぷりとハマっていたからこそ普通の人と比べてポケモンが覚える技やポケモン自身の特徴や生態等の知識は頭一つ抜きん出ていると自負している。それ故の戦略というものはゲームでは殆ど生かされなかったけれど今になって生きているのだから本当に何が起こるか分かったもんじゃない。

しかし、そんな無駄な事をぐちぐち言っても現状は未だに変動なし。飽きるとかそんな事は未だ無いけれど、しかし、可能性は無きにしも非ず微レ存。

「鬱陶シイ有象無象ノ蛆虫共ガ…!ガキトハ!上ノ者ガ動ク為ノ道具デ在レバ良イノダ!!」

「誰がアンタの言う通りに等なるものか!オレはアンタに抗い続ける!!」

「貴様モダ!小娘!!」

「ん?」

「”マサラタウン”ノトレーナーダト言ッタナ…!」

「だから、何?こんな所で意味の無い嘘を付く意味など無いから」

「貴様ノ存在ニ気付ケナカッタノハ、実ニ惜シカッタ…」


「…そう、ならば私はアンタに「ザマァ!」って言い放つわ。一体何に口惜しく思っているのかは知れないけれどそもそも私には関係の無い事だ」


もう少しで、このバトルは強制的に終わらせる予定なんだ。何時までも御託を聞いているヒマなどコッチには微塵も無い。
正直に言って、必死にこの場を凌いでいるライバル少年に至っては萎えている所もあるんじゃないか…?あ、そんな事は無いって?サーセン。

いい加減終わらせたいので、久しぶりに白い長方形の箱に電源を入れてこのバトルに終止符を打とうじゃないか。


「さぁ、これはとある有名人の台詞だが拝借をさせてもらおうか…。
『小便は済ませたか?神様に御祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOKか?』
私はこれでも自称平和主義者だけれど暴力とか流血、グロを好まないのかと言われたら自分がされるのがいやってだけでそれ自体には余り抵抗感を覚えない方でね。つい先程も私の提案で少年をドン引きさせちゃったよ。しかし、咄嗟に思い付き即実行に移せるであろうという大前提の下で考えたらその程度しか思いつかない低能バカ。大馬鹿野郎さ」


向こうと少年方々は知っているかは分からない、まだつい最近ゲームに実装された新しい虫タイプの技。とどめばり。
その技を繰り出して敵を仕留め切り戦闘不能にさせる事が出来たら、攻撃力が一気に三段階分も上がるという使いどころがちょっと難しいけれど有能な技だ。前世で、XYは普通にプレイしていたからさ。 

チラリとスピアーの方を見れば見事、ほれぼれするような鮮やかにして無慈悲に無情に敵の急所にその止めを刺す針の瞬間だった。

そして、その瞬間少年は恐らくヤミカラスが入っているのであろうボールを宙に投げる。
私は、レッドから預かっているプテラとピカチュウが入っているモンスターボールを宙に投げたのだった。


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