> 白黒キングの盤上ダンス





「……何してんだ」
 太陽は最後の命だと言わんばかりにオレンジ色の光彩を放っている。あと数分もすれば闇に侵されていくであろう教室の中、隅に蹲った俺に声をかけるモノ好きがいた。
「何してるんだろうね」
 顔を上げて綺麗な笑みを見せれば、目の前の人物は戸惑った。瞳が揺れている。君はいつだって感情が表出されているから、苦もなく読み取れてしまう。
 精々グラウンドから運動部の気合を入れる声が遠くから届いてくるだけで、その他には誰の足音も話声も聞こえない。教室という小さく切り取られた箱の中、まるで世界に二人しかいないような錯覚に陥った。
 掃除されたばかりだというのに端っこに座っているせいで少しだけ埃っぽく、饐えた匂いがする。乾いた空気に咽て、けほけほと軽く息を吐き出した。
「シズちゃんこそ、こんなところで何してるの?」
 もうみんなとっくに帰ってるよと告げれば、金に染めた髪をがしがしと掻きながら彼は顔を背けた。ほんのりと頬が赤い。
「…………屋上で寝てたらいつの間にかこんな時間だった」
「寝過ごしたんだ」
「うるせぇな」
 普通ならここで俺の口はもっと回っただろう。一言で終わるなんて、そんなこと普段ならありはしない。シズちゃんを蔑むために嘲笑しながら馬鹿にした単語をあるだけ並べて――そうして彼の怒りを買っただろうに。
 凭れかかっていた壁にずるずると背中を滑らせる。だらしなく開いた足も力の入れていない手も、いつもの笑みも都合よく回る口も何もかも投げ出して、俺は眩しさにただ目を細めた。
 シズちゃんも今の俺が少し可笑しいことには流石に気付いたらしい。眉根に皺を寄せて、去るに去れないままその場に突っ立っている。特に会話もないまま、俺たちは少しの間睨み合っていた。
「……そういえばさ、シズちゃん」
「あ?」
「今日、何かやらかした? ホームルーム終了後に校内放送で呼び出されたけど」
「あー……」
「今でもまだ間に合うんじゃない? 職員室行ってきなよ」
「……」
 逡巡するその表情が面白い。ぐらぐら揺れて、揺れて、揺れて。なんて面白い化け物なんだろう。毎日のように嫌がらせを送る俺に対して、放っておけないと呟きかねないその薄い唇に、前髪を掻き上げながらくつくつと笑った。
「何、俺のことが気になるの? そんな気色悪いこと、言わないでよね」
「誰が言うかよ、ばーか」
 うん、そうだよ。君はそれでいい。今更俺に、俺なんかに関わらないで欲しい。
 だって君の周りにはもう、たくさんの人間がいるだろう?
「……じゃあな」
 律儀にもさよならの言葉を置いていって、シズちゃんは教室から立ち去った。俺はなんだかすごく笑えて仕方なかった。掠れた笑い声が喉から零れていく。
 零れて
        零れて


               落ちて行く。


「――さよなら、シズちゃん」

 漏らした声は、いつの間にか浸食してきた闇に吸い込まれていった。





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