> ねぇ、





「シズちゃんって俺のおでこ好きなの?」
「……は?」
 その日は久々に二人同時に休暇がとれて、俺は臨也に誘われるまま奴の家で一夜を過ごしてた。もちろん恋人同士で泊りがけなんつったらそりゃヤルものはあれしかないわけで、時計の短針が0時に差し掛かる頃には雪崩れ込むようにしてベッドに倒れ込んだ。そこからはお互い熱に浮かされたように身体を触り合って――そして今まさに挿入し終わり、臨也の息が整うのを待ってるというその時だった。せっかく人が気を使って動き出してぇ衝動に耐えて、一緒に気持ち良くなろうとしてるってのに。
 今このタイミングでこの質問たぁ、何考えてやがる。
「だって、最近だといつもおでこにキスしてくるだろ。柔らかくもないのに」
 意味を理解しかねてる俺に、先の言葉を補足するようにまた問いかけてくる。
 臨也の額にキスするのが好きか嫌いかと聞かれたら、好きだ。別に柔らかくないが、鼻先に当たる程よい長さの柔らかい前髪が気持ちいい。しかしあくまで『割と』好きなだけであって、俺個人としては口付ける場所は頬を一番好んでた。細い臨也でも程々に弾力があってすべすべしている頬に唇を寄せるのは、行為中でもそうじゃなくても気持ちが和むからだ。
「手前が頬にも瞼にもするなって五月蠅ぇからデコにしてんだろ」
 下肢を襲う疼きのような快さに眉根を寄せながらも律義に答えてやれば、臨也は涙の膜を瞳に張りながら不機嫌そうに顔を顰めた。
 以前こうやって待ってやってる最中に頬や瞼にキスしたら嫌だ止めろするなと三連コンボで嫌がったから、こうして額にキスするだけで留めてんのによ。自分の欲望を落ち着かせるのにも理性を取り戻すにもこれが一番手っ取り早いし、臨也にも触れる。俺にとっちゃいいこと尽くめだし臨也だって満更でもねぇだろうに、一体何だってんだ。
「じゃあおでこにもしないで」
「……あのな、手前そんなに顔にされんの嫌いじゃなかったよな? 何で急にそう意味分かんねぇこと言うんだよ」
 しかもじゃあって何だじゃあって。それどこにかかってんだよ、と汗で張り付いた前髪を掻き上げながら問えば、
「それくらい自分で考えたら? 本当にそんな軽薄な脳みそでよく生きてられるよね。ちょっとくらい自分で答え出そうとしなよ。そんなんだから単細胞とか言われるんだよ、そこんとこ分かってる?」
 この状況下でもベラベラと回る口に切れるどころか半ば感心して半ば呆れた。
 にしたって情事の最中にこれだけ可愛くねぇことを言われたら、頑張って自分の欲望を制御してんのも馬鹿馬鹿しくなってきた。まだ何か捲し立てようと口を開いた臨也を見なかったことにして、とりあえず緩く律動を開始してみる。これだけ喋れりゃもう大丈夫だろう。
「ちょ、っと……まだ…………ぁっ」
 動き始めれば臨也の言葉は喘ぎに混ざって聞き取れなくなった。何を言いたかったのかはこの行為が終わった後に聞けばいいだろう。どこにもキスできないもどかしさを感じながら、慣らすように押したり引いたりを繰り返していく。
「……っ」
「ん、ん……ぅ」
 きしきしと高級なはずのベッドから小さくスプリング音が聞こえてくる。それが結合部の濡れた音と合わさって、部屋が淫靡な空間に変化し気分を煽った。
 眼前で足りない刺激に身体を震わせながら小さく嬌声を漏らす臨也に、この上ない征服欲を感じる。紅に近い瞳は固く瞑られていて、唾液に濡れた唇はうっすらと隙間を作っていた。そこから時折覗く赤い舌に噛みついて、唇に吸いつきたい衝動を必死で抑える。いくら臨也が俺の追跡から逃れるだけの体力を持ってようとも、口を塞ぎながらの行為は相当堪えるだろう。そんなヤワじゃねぇと知ってても、一旦し始めたら軽い啄ばむようなものだけで終わらせられねぇのは目に見えてたし、己と他人の体力にどれだけの差があるのかなんて到底分からねぇ。前に苦しいと叩かれてることに気付かず、臨也を窒息死寸前にまで追いやっちまったこともあった。
「……んっ……シ、ズちゃ……」
 はくはくと酸素を求める唇に、ともすれば口付けそうになるのをぐっと耐えて、次の言葉を待つ。力の入ってない手でシーツを掴んで快楽をやり過ごそうとしてた臨也の、熱で蕩けた目が見上げてくる。
「……っ、き、……して」
 ぐい、と両手が俺の後頭部に回ってきて、頭を引き寄せられた。互いの吐息がかかるくらい顔が近づく。ふっくらとした唇に吸い込まれそうに自分のをつけそうになって、慌てて臨也の中を深く抉ればどうやら前立腺をもろに擦ったらしく、今日一番の甘い声が上がった。それと同時に抑え込まれてた頭が解放されて、ほっと息つく。腰を浮かせて善がる臨也の痴態に俺も興奮して、更に激しくしようと腰を一旦引こうとすれば、腕に臨也の手が触れた。
「なんだよっ……」
「っ…………キ、キス……してっ、ほし」
 涙を溜めて途切れ途切れに放たれた言葉に耳を疑って、一瞬間が空いた。それを臨也は聞こえていなかったと取ったのか、無視されたと思ったのか、今までの蕩けきった表情が怒りのそれに変わる。そして浅く上下していた胸をすぅっと膨らませると

「っだからキスしてくれって言ってんじゃんなんなの新手の嫌がらせなのほんっと君の品性疑うんだけど!」

 と、思い切り起き上がるや否や一息に言い切った。
 一気に怒りのメーターを振り切りそうになったのをなんとか抑えつつ、とりあえず誤解を解こうと身体の位置をずらせばいいところを掠めたらしい。鼻にかったような濡れた声が響いた。
「あ、悪い」
 簡素な謝罪をして改めて臨也の表情を窺えば、先ほどよりも顔を赤く染めてた。大声で物凄いことを口走っちまったのが気恥ずかしいのか、視線は明後日の方を向いててこっちを見ようともしねぇ。
 ここまできて初めて、ようやく俺は額にも頬にもにキスするなと言ってた意味を理解した。
 つまりあれか、そういうことか。
 はあぁ、と特大のため息を吐く。達したわけでもねぇのに脱力感が身体を襲って、汗ばむ額に手をやった。
 本当にこいつは、どうにも素直じゃねぇ。
「手前口にして欲しいなら最初からそう言よ。回りくどいんだよやり方が」
「……」
「おら、こっち向け」
 未だそっぽを向いたままの臨也の顎を掴み、ぐいとこちらに視線を合わせる。快楽に濡れた熱っぽい視線とかち合って、思わず唾を嚥下した。
「…………何? するの? しないの?」
 余裕ぶって見せていても唇は薄く開いていて、早くしろと求められているのが否が応でも伝わってくる。そんな滅多な誘いを断るわけもなく、ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てて、しかしすぐに唇を離した。すぐに終わったことに臨也はやはりというか目を丸くさせて、次に眉間に皺を寄せて盛大にむくれた顔で一言。
「違うんだけど」
 そんなこと、流石の俺でも分かってる。分かってるが。
 さっきから中断されっぱなしのその行為を再開するために、自身を再び奥深くへと押し入れて、それと同時に臨也を押し倒した。浮き出た鎖骨や白い首筋に顔を埋めて鬱血痕を残してく。
「……先に一回抜かせてくれ」
「……え? うぁ、急に動くなっ、て……! このっ……っぁあ!」
「後で好きなだけしてやるから」

 つまるところ、俺の我慢はとうに限界を越えていた。





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