> その言葉は、届かない





***


 昼休み。俺はなんだか退屈で、屋上で寝てるであろうシズちゃんをからかいに行くことにした。もちろん、もう実験は終わってるから、これで彼のことを“大嫌い”だって言うことができる。清々するね、まったく。嫌いな奴のことを好き呼ばわりすることは結構骨が折れることなんだと再確認した。
 まぁ、もう誰かにやることなんてないけどね。
 気持ちいい風が吹きつける屋上で、俺は寝転がって昼寝をしていたシズちゃんを上から覗き込んだ。
「シーズーちゃん」
「あ゛ぁ!?」
 間延び声をかければ、一発で俺だと理解した彼は威嚇の声を上げた。至極近い距離で目が合う。嫌悪の色しか見えないシズちゃんの瞳に、くすりと嗤った。

「大嫌い」

 俺はまたシズちゃんのことを大嫌いだと告げた。冷たい、これ以上ないほど嫌悪と憎悪を交えた声で、言ってやった。
 あぁ、清々しい。嫌いな奴に嫌いだって言えるのは、こんなにも素晴らしいことなんだね。
 そう、心から思えるはずだったのに。

「い、ざや手前はどんだけ俺の邪魔すりゃ気が済むんだ、あぁ!?」
「やだなぁ今更だよシズちゃん」

 繰り出される拳を軽く右に避けて、俺は一目散に逃げた。シズちゃんの罵声が聞こえるけど、そんなの気にしない。気にしてられない。
 屋上に続く階段を下りて、下りて、下りて、下りて……気付けば一階に俺はいた。全速力で駆けてきたせいで息が荒い。呼吸を整えようと何度も深呼吸した。


「……なんでそんな顔するのさ」


 “嫌い”だって告げた瞬間のシズちゃんの顔が、忘れられない。
 置いて行かれた、迷子の子供のような表情をしてた。目を見開いて、傷ついて、あまつさえ泣きそうな表情になって。突き出されたそれは俺が避けなくてもあらぬところへ空を切っただろう。
 疲れのせいで、廊下に直接座り込んだ。ひんやりとしたコンクリートの感触が尻から伝わってくる。
 俺は君が嫌いだ。大嫌い。今すぐ死んでほしいくらいに、殺したいくらいに、大嫌い。
 シズちゃんだって俺のこと、大嫌いだって言ってたじゃんか。なのになんなの、なんでそんな表情で俺を見るんだ。
 好きの言葉はただの実験。試す価値もなかった言葉の縛り。
 なのに。

 こんなにも胸が、もやもやする。
 シズちゃんのことを考えただけで、苦しくなる。


 この例えを、俺は知ってる。実際になったことはないけれど、何度か本で読んだこともあるし新羅にはいつだって惚気話を聞かされてるし、女の子に調査と言う名目で探りを入れたことだってあった。
 この、息の詰まるような、正体は。

「あーぁ、試さなきゃよかったよ……」

 今になって後悔したってもう遅い。そう分かっていても、思わずにはいられなかった。
 前言撤回だ。言霊は存在する。そうだよ、この俺が身を持って経験したんだからね。この時ばかりは自分で自分を呪いたかった。



 あぁ、馬鹿げてる。
 本当に、こんなことになるなんて。
 シズちゃんを好きになるなんて、天地がひっくり返ったってあり得ないと信じて疑わなかったのに。



「好き、だよ。シズちゃん……」

 何百回と告げた言葉。きっと今からどんなに真面目に言ったって、シズちゃんはもう嫌がらせとしか取らないだろう。俺がそう仕向けたに等しいんだから。

 項垂れながら小さな声で呟いたその告白は、昼休み終了のチャイムに掻き消された。





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