> 君と一緒にいるためならばと、惜しむことなく





 痛い、痛い、イタイ。
 それは人間なら誰しも持っている感覚で。
 それ故に愛おしいものだと俺は思ってる。


 だけどそんな当然の感覚を失うことがあるなんて、人間っていう生き物はなんて興
味深いんだろう。


***


「っつぁ、ぁ、あ……」
「は、……っ」
 組み敷かれた俺の目の前には切羽詰まったシズちゃんの顔がある。それなのにゆっくりとした動きで攻めてくるから性質が悪い。武骨で大きな手が身体を這い回って、焦らすように鎖骨から胸の頂にかけてをなぞられる。それにすら身を捩るくらい今の俺は快楽に貪欲だった。
 力任せに扱わないようにとまだ微かに残る理性で緩慢な動作になってるのは分かるけど、こっちも余裕ないことを理解してほしい。まぁ、そんなこと死んでも教えてやらないけど。
 ひとしきり身体を撫でて満足したのか、突然腕を掴まれてたと思ったら、思い切り引き寄せられて口づけられた。こんなこと、いつもなら痛くて呻いただろうに。でも今の俺は痛みを感じないから全然平気だった。いつからかなんて覚えていないけど、痛覚が麻痺している俺の身体はシズちゃんに何をされようとも反応しない。むしろベッドの方が痛そうに軋んだ音を立てて揺れた。
 向かいのシズちゃんに半ば凭れかかるようにして座りながら、互いに貪るように角度を変えて何度も何度も舌を絡め合う。さっきまで身体を這い回っていた手は後頭部と腰に回り押さえられていて、俺たちは酸欠で意識が霞むまでキスをした。
 俺たちがこういう恋人みたいな雰囲気になるのは夜限定で、昼間は命をかけたやりとりを繰り広げる。こんな歪んだ仲、果たして恋人同士と呼べるんだろうか。きっとそれは各々によって変わるだろうし、俺自身もこの関係をなんて言い表すのか掴めないのが事実だ。
「はっ……」
 ぎり、と掴まれた腰に力が込められる。前なら痛い痛い、って身を捩って逃れるところだ。きっと明日には痣になってることだろう。
 シズちゃんの力が強いせいでいつもいつもこういう行為の最中は痛い目をみてきた。今みたいに痣ができるのなんて常だし、噛まれたりして血が出るのもよくあること。何度骨を折れられると思ったかも分からない。実際罅が入ったことだってあった。
 本人は本人なりに一生懸命丁重に扱おうと心掛けてるようだけど、理性が溶かされればそれも忘れる。俺が痛がって抵抗して、やっと我に返る頃には大抵もう遅い。
 生憎俺は痛みにまで快楽を見いだすほど変態じゃないから、痛いのはやっぱり嫌だ。けどシズちゃんはどうなんだろう。ボールペンが貫通しようがトラックに跳ねられようが、あんまり痛みに関心を持っていないようにみえる。普通の人だったら呻く・叫ぶ・もがく・失神する、なんて色んなパターンが繰り広げられそうな展開の中で冷静なシズちゃんなら、もしかして痛くても感じるタイプかもしれない。
 無性に試してみたくなって、金に染められた髪で少し隠れている耳をわざと歯を立ててがり、と噛んだ。
「っ、だから、耳は止めろって何度言ったら……! ――っ」
 突然の反撃に慌て出したそれが面白かった。シズちゃんは耳が弱い。そんなこと、百も承知で噛みついたんだけどね。ここは多少痛くても感じるらしい。改造したスタンガンを“痛い”レベルで終わらせるシズちゃんが、噛みついただけで痛いと受け取るのかどうかは分からないけど。
 くすりと耳元で笑えば羞恥を感じたのか、掴まれた肩に力が籠ったのが分かった。骨が軋む音が聞こえてくるような気がするほど、強く掴まれる。俺が余裕そうなのが悔しいのか、それとも声を出しそうなのか、ぎり、と歯を噛み締める音まで聞こえてきた。
 そんなシズちゃんを尻目にがぶがぶと容赦なく耳を噛んで、時々ねっとりと舐めてあげれば触れ合っているシズちゃんの身体が熱くなってきた。
 小さく聞こえてくる呻き声とかに、俺までぞくぞくする。行為中のシズちゃんの声は、低くていつもより掠れていてやけに色っぽいから反則だ。
「い、ざや……っ手前、いい加減に……っ」
「ふふ、シズちゃんかーわいい」
「っふざけんなっ……!!」
 思い切り身体をベッドに押し戻された。違うか、投げ飛ばされた、の方が正しい表現だな。俺の身体一回跳ねたし。本当に乱暴だよ、シズちゃんは。

 何度も身体を重ねて、悶えるほどの快楽を覚えた。それと比例するように激しい痛みも感じてきた。暴力の一歩手前のようなセックスだってした。
 そしたらある日、俺の身体はおかしくなった。
 痛覚がなくなり始めたんだ。
 最初は分からなかった。とうとうシズちゃんが優しく扱ってくれるようになったんだ、ってある意味感動を覚えたくらいだったんだけど、どうやらそれは俺が日に日に痛みを感じなくなっていただけだったことが分かった。
 それにしても痛覚がなくなるなんて、そんなことがあるものなんだね。本当に驚いたよ。人の身体っていうのは一緒にいる人間に合わせて進化するものなのか。
 シズちゃんの怪力に耐えるために俺の身体が痛覚を捨てるなんて想像もしてなかった。いや、痛覚っていうのは身体に危険を知らせる信号として存在してるんだから、進化っていうよりは退化に近いのかもしれない。自分で自分の身を危険に晒してるとか、どんな狂人だよって思う。
 もし俺がマゾヒストだったらどれだけのショックを受けただろう。まぁそもそも俺がマゾヒストだったらこんな変化はあり得ないだろうけど。でもシズちゃんの怪力から生み出される痛みを快楽としてとれる人間がいたらそれはそれで相当ヤバいと思う。変態とかそういう意味ではなく人間として。だから俺の身体の作りが変わったのは、こういう交わりがある以上、ある意味当然と言えば当然のような、でも偶然と言われれば偶然な訳で。
 とりあえず痛みを失って以来、いくら滅茶苦茶にされても、痣が出来るほど手首を押さえつけられても、血が出るほど乱暴に犯されたって、もう快楽しか感じない。
 今だってそうだ。甘くて蕩けそうなほどの靄が俺を包むだけ。
「っおい、まだ涼しそうな顔してんじゃねぇか臨也くんよぉ……」
「は、実は火照って仕方なかったりするかもよ?」
「減らず口叩きやがって……!!」
「ひぁっ、んぅ……っ」
 ぐちゅぐちゅと自身を乱暴に扱かれて、でもそれが気持ち良よくて。
 思わず漏れた声に、主導権を取り返したと思ったのか、シズちゃんがしてやったりな顔をした。
 煽って煽って、そうしてシズちゃんの表情を楽しむのがこの行為での俺の醍醐味。自分の好きな表情を引き出せるのが楽しくて仕方ない。その上同時に快楽が得られるんだから病みつきになる。
「っつ……! はぁ、あ、ぁ、……」
 首筋に強く噛みつかれて甘ったるい声が漏れた。首を横に捩っても、シズちゃんの頭を押し退けようとしてもお構いなしに何度も噛みついてくる。その度に腰が浮いて足が宙を蹴った。
 気持ちいい。
 気持ちいい。
 キモチイイ。



 だけど、物足りない。



「はっ……シズちゃ、後ろ、後ろも……」
「っその前に一回イっとけ……」
「うぁっ……ああぁ――っ!!」
 かり、と尿道口を爪で引っ掻かれて白濁色を散らした。
 頭が真っ白になる。全身が震えて、もう何も考えたくなくなる。
 倦怠感と絶頂の余韻でぐったりしてる俺を抱き抱えるとやんわりと頭を撫でられた。
 こんな時だけ優しいなんて、狡いと思う。いつも乱暴なくせに。痛い痛いっていくら言っても聞かない癖に。
 でも、その痛みすら、今は懐かしい。
 痛くない。全然痛くないんだ。シズちゃんに思い切り腕を引っ張られたらそれこそ脱臼しそうなほど肩に激痛が走るはずなのに。噛まれた時だっていつもなら僅かな快感と強い痛みが走るはずなのに。
 全く痛みを感じない。
 それが、嫌で嫌で仕方なかった。
「シズちゃん、シズちゃん……」


 君と一緒にいるためならばと、惜しむことなく身体は痛覚を捨て去った。
 だけどその痛みがなくちゃ、俺は君だって分からなくなる。
 俺は人間が好きだ。愛してる。
 だから人間である以上、どんなに嫌いだなんだって言ったって、シズちゃんも好き。
 だって君は人だから。
 じゃあなんで嫌いになった? 殺し合う仲になった?
 シズちゃんの暴力に理屈が通用しないから。認めたくないけど俺の手に余るから。
 でも、だから人と区別がつけられる。つけることができる。
「人、ラブ!」
 いつかそんなことを言ったよ。それに間違いはない。
 けど、シズちゃんの存在が人に混じったら。あの馬鹿げた怪力を感じなくなったら。
 きっと、俺は。

 シズちゃんを普通の人間に感じてる「愛」だと思い始める、そんな気がして。

 怖くなる。
 たまらなく怖くなる。
 だから、だから、だから。


「痛くして、」
「お願いだから、」
「ぐちゃぐちゃにして、」
「力抑えなくていいから、」
「血が出たって骨が折れたっていいから、」
「痛くしてよ」


 きっとこんなこと言ったら、シズちゃんは無理に力を抑えなくなるだろう。そしたら今より危険な行為になることは明白だし、下手したら死ぬような事態になってもおかしくない。
 痛いのは嫌いで、辛いのも嫌い。けど不思議だね、言わなきゃ耐えられなかったんだよ。
 俺、案外この現状に堪えてたのかもしれない。

 痛くして。
 痛くして。
 痛くして。

 だって痛くなかったら。


 抱かれてる相手がシズちゃんだって、分からないだろ?





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