> 君が消える、夢をみた





 濡れて貼りついた服を脱がせて、雨のせいで体温を奪われた身体にそっと触れた。びくりと震えたのは快感か、それとも……。
「いざ……」
「嫌なら止めるよ?」
 止めるな、と首を横に振られて、間違っていなかったことに安堵した。それから、シズちゃんに温もりが伝わるように体中に手と舌を這わせた。たくさんキスもした。頬も撫でて、額に口づけて、胸の飾りを攻めて、たくさんたくさん愛してあげた。
「は、……ぅあ、ぁああっ、い、……ざや、いざや、」
 何度も何度も名前を呼ばれて、その度に「何?」とか「どうしたの?」って聞き返したけれど、シズちゃんはうわ言のように名前しか呼ばなかった。腕を顔の前で交差させて、ただ喘いで、その頬にはいつの間にか涙が流れていた。それを優しく唇で舐め上げれば、またびくりと身体が震えた。
 こうなった理由を、今日は話してくれるだろうか? 前に病んだ時は絶対に口を割らなかった。逆に問い詰めたせいでもっと鬱になっちゃったから、今日はシズちゃんが言い出すまで何も聞かないつもりでいる。
 本当は知りたいよ。シズちゃんが俺の何に対してそんなに不安になっているのか。確かに敵に回した者は数知れず、裏社会にも足を突っ込んでいるし、その原因や引き金になる要因なんて沢山あるんだろう。それにシズちゃんは小さい時から怪力のせいで苦労したみたいだし、俺という一つの繋がりを絶ちたくないのは痛いほど分かる。その感情を理解できなくはない。けれど――。
 緩く反応をみせているそれをやんわりと握ってそのまま擦れば、恍惚とした声が上がった。かなり前から泪を零していたのか、後孔まで伝っているそれを塗り込んで指を一本埋めていく。
「ひ、ぁ、ぁあ、……!」
「大丈夫だよ、シズちゃん」
 左手で頬を撫でて、そのまま口付ける。くぐもった嬌声が口内で響いて、それが悲鳴みたいに聞こえて、心臓を握られたように息苦しくなった。
「は、……大丈夫、だから」
 ゆっくりと、焦らすくらいに何度も指を引いては入れて慣らしていく。緩い刺激じゃ物足りないのか、わずかに腰が揺れているのに気付いて今度は二本、埋めてやった。
「いぁ、あ、いざや、……っ!」
「大丈夫、大丈夫」
 額に張り付いた髪を梳いて、耳に息を吹き込むように囁いて、甘く、優しく、ゆっくりと快楽に落としていく。安心させるように、俺の温度をちゃんと感じるように、ぴったりと密着して、シズちゃんを落ち着かせていく。
「大丈夫、だから」
 何が大丈夫なのか、言っている俺ですら分からない。それでも、その言葉がシズちゃんにとって必要なものなんだということは感じることができた。だから何度も何度も語りかける。子供をあやすように、優しく、包み込むように。
「ふぁ、あ、嫌だ、……ぁ!」
「止める?」
「そうじゃ、なく、――てっ」
「イくのが、嫌なの?」
「ちがうっ……く、ぅ……い、いなく、なるな……!」
 ぴたりと、思わず手を止めた。いなくなるな? 俺はどこへも行かないのに。確かに仕事の都合上、たまに日本の北へ南へと行くことはあるけれど、大抵は取り巻きの子たちにやらせるから、実質上俺はあまり新宿から出ていない。池袋に行くにしてもその街にはシズちゃんがいるし、いなくなる、という発想は考えづらかった。
「どういうこと?」
「嫌だ、いざや、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!」
「シズちゃん、落ち着いて。俺はちゃんとここにいるから。ね?」
 悲鳴に近いその声は、知らない土地へ一人放り込まれた子供が助けを求めるような叫びだった。言わずにはいられないのだろうか、枷が外れたように嫌だ、いなくなるな、と繰り返すシズちゃんに、俺の方が不安になってくる。
「シズちゃん、ちゃんと見ろ。腕で隠してないでこっち向いて。俺だよ、折原臨也はここにいる。シズちゃんの目の前に、ちゃんといるよ」
 腕をどかして、頬を軽く叩くことによってきつく瞑っていた目を開かせた。少し声が荒くなったのはこの際仕方がない。涙の膜を張った瞳と至近距離で視線がぶつかった。
「見えるだろ? ちゃんといるだろ? だから安心してよ。俺はどこにもいかないから」
「……いなくなるな、っお願いだからよ」
 おかしい。何かが食い違っていると、そう感じた。シズちゃんのいなくなる、と俺のいなくなる、の言葉の使い方が違う。
 いなくなる、はどんな時?
 姿を、消してしまう。目の前に現れなくなる。
 ここから消えてしまう。
 遠い場所へ行ってしまう。
 逝って――。
「…………俺は、死なないよ」
 ぐらりと、瞳が揺れたのを見逃すわけがなかった。泣きじゃくっていたはずなのに、いつの間にかぱくぱくと口を開閉させてこちらを凝視してくるシズちゃんにばれないように息を吐く。
 そうか、そういうことか。シズちゃんは俺が死ぬかもしれないという不安を抱いていたわけだ。
 そんなこと、あるわけないのに。
 俺はそっとシズちゃんを抱きしめた。髪から雨の匂いが香ってくる。
「置いていかない。置いていくもんか。俺が死んだら、誰が君の相手をするのさ。それに俺が死ぬわけないだろ? これまでシズちゃんの数多の攻撃から生き抜いてるんだからさ。安心してよ。それに俺のズル賢さなら君だって知ってるはずだ。だから、大丈夫だから。俺は、死なないから」
「……ほんとう、か?」
「本当だよ」
 なんて、愚かしい考え。確かに俺はシズちゃんみたいに頑丈じゃないけれど、生き残る方法はいくらだってあるし、生き残る自信だってある。それに置いていくわけがない。どれだけ俺がシズちゃんに入れ込んでいるかなんて、いつも身を持って経験しているはずなのに、それでも不安は消えないだなんて。
 可愛くて愛しくて、仕方がないよ、本当に。
 やっと安心したように目を細めたシズちゃんを見て、俺もいつの間にか強張っていた肩の力を抜いた。それから、まだ解放してやってない熱に再び指を絡ませる。
「挿れるよ……」
 柔らかくなった後ろに自身を沈めて、きつく吸いついてくるナカに思わず呻いた。
「一緒に、ね?」
 ふわりと笑ってやればこくこくと頷かれて、左胸に絞られるような切なさが走った。そのまま律動を開始すれば、二人分の漏れる声と水音が部屋に響いて、俺たちは一緒に快楽へと墜ちていった。何度達しても足りなくて、お互いがお互いを求めて貪りあった。どちらかが意識を飛ばしても、ずっと、ずっと。


***


「跳ねられたんだ」
 情事の後、激しくしすぎたせいか、シズちゃんは珍しく煙草も吸わずに布団に包まっていた。腰に腕を回され、俺たちはひっつきながら会話をした。
「今日……実際には昨日か。すげぇ雨だっただろ? で、車のタイヤが雨に掬われたのか分かんねぇけど、男が一人、俺の前で跳ねられたんだ。誰がいつ呼んだか知らねぇが救急車が来て、そいつは連れてかれて……。俺もトラックに跳ねられたことはあるけどよ、実際あんなふうに血みどろになるところを見て、普通の人間は跳ねられただけで生死に関わるんだって改めて思い知った。だから……」
 ぽつぽつと雨の中ここまで来た経緯を聞きながら、俺はシズちゃんの心音を楽しんだ。とくとくと脈打っているということは生きている証拠で、こんなにもシズちゃんの音が聞こえるんだからきっと向こうも俺の音が伝わっているはずだ。俺がちゃんと生きているという音が。
 本当に、平和島静雄という人間を少しでも知っている人が聞いたら、何を今更とか、いつも自分がやっていることが死に繋がる可能性を持っていることが理解できていないのかとか、言いたい放題言える台詞だ。けれど実際の、皆が知らないシズちゃんの脆い精神ではきっとそのことについて考え出したら自我の崩壊に繋がってしまうだろうから、そこら辺についてはきっとシズちゃんの中では永遠にあやふやなままなんだろう。
 気付かないように無意識の内に脳がストッパーをかけているんだ、きっと。気付いてしまったら、シズちゃんは自分を保てないだろうから。
 だから口癖のように、毎回喧嘩を吹っ掛けられる度に暴力は嫌いだと平和に暮らしたいんだと言う。暗に自分の力で人を殺させないでくれと、人を殺めない程度のギリギリの暴力で自分を保っていられる最低限の範囲を維持しようとしているんだ。ただ、これは俺が勝手にそうなんだと知ってしまっただけで、本人は1ミリたりともそんなこと理解してはいない。それでいいと思う。こんなこと俺だけが知っていれば、分かっていれば十分だ。でもだからと言ってシズちゃんの地雷を踏むことをあまり避けられてはいない。一緒にいる時間が長くなってからは確実にその回数は減ったけれど。
 腰に回された手にはさっきより力が籠っていて、この位置からじゃ表情は見えないけれど、きっとまた恐怖が襲ってきたんだろうなとシズちゃんが一生知りもしないこと思考しながらぼんやりと思った。でもこのままで寝たら、起きた時にシズちゃんは今日のことを思い出して死ぬほど恥ずかしくなるんだろうなぁ、と真剣な話の最中につい不謹慎なことを考えてしまう。その情景を思い浮かべるとさらに不謹慎なことににやついてしまいそうだったから、平静を装って言葉を紡いでいった。
「俺が些細なことでも死ぬかもしれないって思ったわけだ?」
 よしよし、と頭を撫でてやれば肩に顔をうずめられた。なにこの可愛い生物。いつものシズちゃんなら絶対こんなことしない。
 少しだけ、ほんの少しだけ、病んでいるシズちゃんもいいかもしれないと思った。元気にしているのが一番なことに変わりはないんだけど、普通の時だったらこうも甘えてはこないだろう。いつもと違うことをされて心臓は早く脈を打っていた。
「手前はいくらしぶとくても人間だろ。俺とは違う……」
 不安に溢れた声を聞きながら、シズちゃんの耳にキスを送る。さっきまでしていたからか、耳に触れば大げさに身体を震わせた。
「やだなぁシズちゃん。俺はまだまだ生きてたいんだから、勝手に殺さないでよ。それに…………」
「……なんだよ?」
「ううん、なんでもない。それよりもう寝よう? 今日は一段と激しくしちゃったし、シズちゃんも疲れただろ?」
「あぁ、そうだな……」
 そのままの体勢で眠りにつこうとするシズちゃんに俺は抵抗することなく、されるがままになっていた。口約束でも好きにしていいって言ったのはこっちだしね。少し痛んだ髪を梳く。俺も流石に疲れたのか、重くなった瞼が降りてきた。
「ねぇ、シズちゃん。俺がさ、」
 もう寝息を立て始めているシズちゃんの心音を肌で感じながら、心地よいまどろみの中に浸っていく。さっきは言えなかった言葉を、ぽつりと口にした。
「俺が君を残して死ぬなんて、有り得ない。……だから安心して眠りなよ。俺はいつでも、ここにいるから……」
 触れている肌が温かくて気持ちいい。疲れと安心感がなだらかな眠気を連れて来て、俺もゆっくりと眠りに落ちていった。

 シズちゃんの身体には、いつの間にか温かみが戻っていた。


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