> その言葉は、届かない





 言霊、という言葉がある。
 言葉にあると信じられた呪力のことだ。不確定で曖昧なその意味を咀嚼して、なおかつ信じることができるのは人間だからできることだと思う。
 俺は別段信じたことはないけど、そういう人間がいることは知っていた。だから何度も何度も言葉を使って人を操ったし、騙したりした。時には口先八丁で場を乗り切ることだってあった。
 そうしてある日思ったんだ。俺の言葉には言霊が宿ってるんじゃないかって。そう過程すると俺の言葉が人間の背中を押すのにも頷けた。自分の話術の高さもあるとは思うけど、そこはひとまず置いておくとしよう。
 言葉は自らをも縛ると言うし、もし本当に俺の言葉に霊が宿っているんだとしたらそれは俺自身にも通用することなんだろうか? こんなことを考えて実行してみようだなんて、実に希少な人間だと思うかもしれないが、いや、実際自分でそう思うが、その言葉の呪力とやらをどうしても確かめてみたくなった。最近はシズちゃんで遊ぶ以外に特に面白いこともなく暇な時間を過ごすことが多かったし、何よりこれからもっともっともっと従順で容易なマリオネットのような駒を揃えていこうと密かに企てているから俺にとっては必要な確認でもある。まあ実のところは本当に今何もやることがなくてつまらないだけなんだけど。
 でも後先考えずに実行に移そうと思ったら当然壁に当たった。そうだ、そうだよ、これを何で試そう。自分の中の価値観は時と場合によってコロコロ変わるから、人間と接すれば接するほど歪んでいくんだ。つまり、何にも左右されない事実を見つけなければならない。
 自分の中で不変で不動なものは、何か?
「……あぁ、そっか」
 答えはすぐに出た。
“平和島静雄が、嫌い。”
 言霊を使えば、心の底から嫌いだと思っている人間も大好きになれるのか。シズちゃんを好きになれる日がくるなんて、到底考えられなかったけれど。
 これこそ試す価値がある内容だと、俺はほくそ笑んだ。


***


「シズちゃん、好きだよ、大好き」
 その日から、いつもの大嫌いを撤回した。標識を振り回すシズちゃんは、俺が何を口走ったのか一瞬理解ができなくて固まっちゃってた。その時の顔ったら、本当に見物だったね。あのシズちゃんが阿呆みたいにぽかんと口を開けて俺を見てるのはすごく面白かった。その隙にガラ空きの胴体を狙ってナイフを閃かせれば、ワイシャツと皮膚にうっすらと血に滲んだ。相変わらず少ししか刃が入らない強靭な体に苛立ちが募る。
 何処かに旅立っていた思考が戻ってくるなり、シズちゃんはこめかみに血管を浮かせひくひくと口元を震わせ始めた。
「ふざけてんじゃねぇぞ臨也あああああああああああああぁぁああああ……!!!!?」
 完全にぶち切れたシズちゃんは、校舎の中へと逃げていった俺を追っかけながら標識でガラス窓を割ったりドアを蹴破ったりしたために先生と警備員の決死の覚悟により抑えられ、説教を食らった挙句三日間停学処分になった。
 俺はそれを見て笑い転げてたわけだけど、同時にすごい吐き気がした。
 シズちゃんを大好きだっていうのはすごく気持ち悪かった。考えただけで嘔吐感がこみ上げる。俺が君のことを好き? そんなことは天地がひっくり返ったってあり得ない。
 気持ち悪い。
 けどこれがシズちゃんを挑発する単語だと知ることができただけで良しとしよう。
 胸のムカつきを感じながらもうっすらと笑みを浮かべて、屋上から早めの帰路に着くシズちゃんを見下ろしていた。
 この時はまだ、気付かなかった。
 この胸のムカつきが、なんなのかを。


***


「シズちゃん大好きー」
「気色悪ぃこと抜かしてんじゃねぇノミ蟲いいいいいいいいい!!!」
 轟音が教室に響く。俺はもう逃げ出した後だったからこれは推測にすぎないけど、傍にあった机でも投げ飛ばして壁にのめり込ませたんだろう。
 停学処分を受けたシズちゃんが帰ってきてからも、俺は毎日告白した。愛の言葉の価値がなくなるほどに、機会さえあればことあるごとに好きだ、好きだと連呼した。
 あっちは完全にこの行為を嫌がらせだと受け取ったらしい。こちらとしても万々歳だ。こんなこと、普通なら男に向かって言う台詞じゃないしね。シズちゃんは俺に“嫌い”だと言われるより“好き”だと言われた方が切れる時間が短かった。まぁ最初から短気だからその差なんて精々数秒程度だけど、そうとう頭に来るんだろう、いつもより数倍恐い顔をして追いかけてくるもんだから俺は逃げて逃げて逃げまくった。それでも俺は諦めずに何度も何度もシズちゃんに告げた。
 好き。
 大好き。
 愛してる。
 死ぬほど愛してる。
 殺したいほど、愛してる。
 愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。
 でもいくら言ってもその言霊は効力を発揮しなかった。ただ胸のムカつきが、競り上がるような何かが膨らんでいくだけでちっとも俺はシズちゃんを好きになれた気がしない。
 追いかけてくるシズちゃんをからかいながら、俺は落胆した。
 なんだ、結局は曖昧で有耶無耶な、根拠のない話だったんだと。呪力なんてないじゃないかって、思ったんだ。
 そう、その時は。









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