眠れ、残り香を運ぶから


帰って来るや否や竜胆さんに、強く抱きしめられて思わず体が固まった。
抱きしめられるのはいい。でも、問題は猫のように擦り寄ってすんすんと匂いを嗅がれるのはちょっと、いやかなり抵抗がある。まあ、結局拘束されてどうにもならないんだけど。

「あ〜〜名前いい匂いする……」
「あの、竜胆さん?」
「花に囲まれてっからか?それとも花の妖精さんだから?」
「ようせいさん……」

普段の竜胆さんからは絶対に出てこない言葉にさあ、と血の気が引く。言葉もだけどどちらかと言うとげらげらと「ひぃ笑い死ぬ、俺もうだめ」と床に蹲りながらも、スマホのカメラを絶対に逸らさない蘭さんがいることに竜胆さんが気付いてないから。

素面のときに絶対に面白がった蘭さんが竜胆さんを茶化して、兄弟喧嘩が勃発するに決まってる。竜胆さんが蘭さんに勝てないのはいつものことだから、回り回って竜胆さんのご機嫌を取るのは私になるんだ。

そこまでが容易に想像できてしまってなんとか蘭さんを止めようとするけど蘭さんは止まらない。カメラを止めるなって?知ってた。面白いこと大好きですもんね、蘭さん。

「ら、らんさん……!ちょ、それ動画切って下さ……!」
「ヤぁダ。竜胆も名前も可愛いなぁ〜」
「竜胆さんはともかく私のこと絶対思ってないでしょ!」
「ア?名前も兄貴を取んの?」
「取らない、取らないから……!違うの蘭さんが動、いだだだつよいつよいつよい」

ぎゅうぎゅうに抱え込まれてギブギブ、とタップする私にとうとう耐えきれなくなったらしい蘭さんの笑い声が部屋中に散らばる。

「名前、いき、吸って」
「? はあ……?いいですけど」

何を思ったのか、竜胆さんがそうお願いしてきたので言われた通り息を吸い込む。抱きしめられているせいで私の顔は竜胆さんの首筋に埋められている。ここで息吸うとなんか変態みたいなんだけど。そう思いながら竜胆さんに言われること数回。

「覚えた?」
「何を?」

酔っ払い怖い。今までの中で私はなにを暗記しなきゃいけなかったんだろうか。
優秀なスパイならまだしも、ただの花屋である私には何も分からない。あの、と言えばす、と体が離されて竜胆さんが覆いかぶさるように覗き込んできた。酔っぱらったせいで上気した頬と、はちみつをたっぷりと溶かしたような瞳が視界に広がって、あまりの色香に思考が止まる。ふわ、と竜胆さんの香水が香った。

「おれのにおい、おぼえて」

その言葉に背中を撫でられた気がしてぞくりと背中が震えた。はくはくと言葉にならないまま口だけが動いて、顔に一気に熱が集まる。なん、なんてことを。

意識してしまった、竜胆さんの匂い。この香水の香りがしたら、もう竜胆さんしか思い出せない。条件反射だ、こんなの。訓練された犬の方がもっと賢い。だって、たったの数呼吸で、私は竜胆さんのことを覚えてしまった。

情けない顔を見せたくなくて、竜胆さんの縋り付く。竜胆さんの体に顔を埋めて、痛いほど鳴る心臓を落ち着けるために深く息を吸って、後悔した。
香水の匂いが鼻腔をくすぐると同時に、竜胆さんの顔が浮かんだ。目を瞑っても消えない。それどころか。あの致死量に等しいまでの甘さを溶かした瞳と、ほんの少しだけ情欲を混ぜた表情。お腹の奥から御しきれない熱が込みあがって来る。

どうしようと泣きそうになりながらも名前、名前と甘えてくる人がなんだか憎らしくて精一杯の抗議の意味を込めて思い切り抱きしめてやった。




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