有罪になった宵


あの後、配達から帰ってきた店長にことのあらましを話したらにやにやと笑われた。
結局、それはお前の頑張りなんだから貰っとけと言われてしまって、お金は行き場を失っていた。
対価に見合ってないお金を懐に入れるのもルール違反な気がして、お店の金庫に置かせて貰っている。いつあのホストさんが来ても返せるようにだ。あのチップはきっと何かの間違いに違いない。

でも、ホストさんがいつ来るのかもわからない。店長はいつか来るんじゃないか、と適当だったけどわりと親しそうだったし、きっとまた来るはずだ。その時に絶対返そう。またお店に来るまでいつまでも待つぞ、と思いながらお店を開けた。

翌日の夕方、ホストさんはお店を訪れた。来店ペース早すぎないだろうか。

「いらっしゃいませ、あの、昨日はありがとうございました、その、チップは……」
「返すなよ。受けとんねェから」
「え、ええ……いや、そんな……」

言おうとしたことを先回りされて何も言えなくなってしまった。どうしよう。既に打つ手がない。
しどろもどろになりながら、ふわふわの紫色の髪と品のいいスーツを身に纏ったホストさんを説得する。けど、駄目だこの人、全然引いてくれない。
助けて店長、とバックヤードに念を飛ばしても店長が出てくる気配は微塵もなかった。そういえば帳簿を付けるからしばらく出てこない、と言われてたんだったっけ。

あちゃあ、と眉間に皺が寄ったのに目ざとく気付いたホストさんが胸元に手を入れた。昨日見た財布が再び顔を覗かせる。まさか。

「なんだよ、足んねぇの?もっと?」
「いえ、そんな!十分です!」
「ならいいだろ」

返す、返すな、としばらく押し問答を繰り広げた末、結局私はそのお金を受けとることになった。納得いかないけどこれ以上揉めて店長のご贔屓さんの機嫌を損ねるわけにいかない。
何より昨日のチップに上乗せでもしそうな勢いのホストさんにこれ以上この話をしても、藪蛇にしかならない気配を察した。これ以上変な話になる前に、と世間話に切り替える。

「あの、花束どうでした?」
「アー……まあ、喜んでた」
「そうですか、よかったです」

気に入ってくれたようでよかった、と安心した。
やっぱりお気に入りの女の子に渡すんだな、と予想が当たったことを内心で喜んだ。案外私は探偵の才能があるかもしれない。そう思っていたら今日も頼むと言われてしまったので作業に取り掛かかった。ホストさんは今日も私の手元をじっと見ている。

昨日に続いて今日も花束を作るなんて、その女の子に相当入れ込んでいるんだろうな。ドラマや噂みたいにドンペリとか入れてくれた人にあげるんだろうか。
誰でもいいけど、ホストさんの想いを込めた花束だ。喜んで、大切にしてくれればいいな。そう思いながらハサミで茎を落としていく。昨日と同じ丸椅子に座ったホストさんは何も言わず煙草に火を付けてこちらの手元をぼうっと見ていた。

「……あんた、名前は?」
「あ、名前って言います」

ホストさんにそう名乗ると、繰り返すように名前を零した。
この街でフルネームは余程のときでなければ名乗るな、と店長に言われているから下の名前に留める。癖で苗字を名乗りそうになるけど、店長が私のことを名前と呼ぶから必然的に名前を名乗らざるを得ない。
悪い奴に捕まってもいいなら好きにしろ、と言われてしまえばもう何も言えないので、郷に入っては郷に従うことにした。昨日の様子からしても店長のご贔屓さんっぽいし、ならば名乗っても大丈夫だろう。悪い人でもなさそうだし。

「はい。よろしくお願いします。あの……差支えなければお名前を伺ってもいいですか?」
「……竜胆」

ホストの源氏名がここまで雰囲気にぴったりな人がいると思わなくて、思わず感動した。

自分でつけたのか付けてもらったのかはわからないけど、とてもよく似合っている。源氏名が花の名前でなんだか嬉しくなってしまったうえに、本人の雰囲気にぴったり過ぎて図らずもテンションが上がってしまう。

「きれいな名前ですね。私、秋の花だったらリンドウが一番好きなんです」

秋の花の代表格であるコスモスやシクラメンも好きだけど、やっぱりリンドウが一番好きだ。紅葉に映える色も、群生せずに咲く凛した姿も気に入っている。あまり花屋で見かけないのが残念だけど。

お喋りしつつも昨日とは違うタイプの花束を作る。綺麗にラッピングしてリボンを切って整えれば完成。お待たせしました、と竜胆さんに声を掛ければ、難しそうな顔をして花束を受け取った。
え、なんでそんな表情を。なにか気に入らなかったのかな、とおろおろする私を差し置いて、竜胆さんは口を真一文字に結んで私に花束を渡した。え?なに?どういうこと?

「やる」
「はい?」
「代金以外はチップだから」

そう言って昨日と同じ金額を置いて、竜胆さんは背中を向けてさっさとお店を出て行ってしまった。残ったのは竜胆さんの煙草の匂いと、花束と、十人の諭吉。
へ、返品?いやでもお金は払ってくれたし、一体どういうこと?もしかして花束気に入らなかった!?買った花束を返す理由ってそれしかなくない!?そ、そっかー……。いらないほど気に入らなかったか……。

突き返されたという事実にショックを受ける私は、様子を見に来た店長に呼びかけられるまで突っ立ってることしかできなかった。





「なんだアレ……くそほどかわいいんだけど」

あー、クソ、渡しちまった。あからさま過ぎた気がする。つーか、昨日の今日で花束渡すとかねェわ、マジで。

くそ、と苛つきながら煙草に火を付ける。通り過ぎたクラブの黒服が九十度の礼をすんのを適当に流してそのままだらだら歩く。よく知った六本木の街は昔と変わってなくて、あの古びた花屋もそろそろ化石の仲間入りをするんじゃないかと思っていた。名前が来るまでは。
ふう、と胸に入れた煙草を外に出したとき、スーツに入れたスマホが震えた。画面には兄ちゃんの文字。

「おー……兄貴?なに?」
『竜胆〜迎えに来て』
「は!?兄貴どこいんだよ!?」
『三途と冷凍庫〜飲んだクスリが粗悪品だったみてえで、トんじゃって手ェつけらんねぇの』

ウケるよな、とケラケラ笑う兄の声に思わず片手で顔を覆った。全然ウケないし、トんだ三途が背後で何か叫んでいるのを聞く限り面倒くさい気配しかしない。つーかそういうの明司とか鶴蝶の仕事だろ。
しかし兄に呼ばれた以上行かないという選択肢はない。さっきまで浸っていたやわらかな花の匂いが急に消えてしまった気がして、隠さずにため息を漏らした。

下降していく機嫌を携えながら車の後部座席に身を滑らせてシートに身を預ける。煌びやかな六本木の街を後ろに見ながら、黒塗りのセダンは首都高のインターに身を滑らせた。




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