甘たるい夜陰


六本木には星の数ほどの風俗店が存在する。

日本有数の繁華街であることは知っていたが、右を見ても左を見てもそういう店が視界を占領する光景は正直、圧巻と言えた。いくら給料がいいからといってもとんでもないところで働いているな、と未だに毎日同じ感想を抱いてしまう。
なにしろ『あの』六本木だ。とはいえ、私が働いてるのはそんな六本木の深いところを少しだけ撫でるような場所なので、そういうお店の人たちに比べればお給料も高が知れているけれど。

「荷物は以上です、こちらに判子お願いします」
「はーい、ご苦労さまです」

そういう界隈専門の花屋に勤め始めてから三週間。発注から花束づくりまで、それなりに仕事を任せられていた。いくらなんでも早すぎだとは思うけど、店長は顔の通り職人気質なので習うより慣れろという方針だし、私もそこそこ経験のあるので正直やりやすかった。
今までで一番いい職場かもしれない。給料も含めて。物価は高いのがたまにキズだけど。

店先に積まれた荷物を少しずつ店内に移動させていると、背後で誰かが足を止める気配がした。店長の性分もあってか、なんとなく気づいたら開店しているようなうちの店にはこうしてフライング気味に花を買いに訪れる人がいる。
出来るだけ対応はしたいけど、流石に今日の花もまだ開封してない。さてどうしようかな。そう思って振り向いた視線の先に先日見かけた顔があって驚いた。

「あ、いらっしゃいませ、先日はどうも」
「……おう」

この間、店長と話をしていた人だ。肩にかかる紫色のふわふわとした髪と、よく似合ったスーツには見覚えがあった。少し話をしただけだけど、すぐに記憶の中から掬い上げられるほどの強い印象を持ったのを覚えている。
あの時は急ぎで花束を作らないといけなかったのであまり話している時間はなかったけど。でも、改めて見ると一度見たら忘れられないほど整った容姿をしているな、この人。

紫色の髪。整った顔立ち。見ただけでわかる高級なスーツ。六本木にしては派手なカラーリング。企業のお偉いさんが足しげく通う六本木には、あまりこういう派手な髪色の人を見ない。

たぶん社長さんというよりもこの界隈で働いている人。キャバクラの黒服よりも品がよさそうだから、どちらかというともてなす側かな、とふわりと漂った香水の匂いに内心で頷く。いい時計もしてるし、この人間違いなくホストだ。そう勝手にアタリを付けていたら、少し気まずそうに口を開いた。

「アー……、花束、作ってくんねえか」
「ええと、すいません、店長今配達行っ」
「アンタに。作って貰いたいんだけど」

被せ気味に言われた言葉に思わず言葉を飲み込んだ。
店長と話込んでいたから店長の御贔屓さんなのかと思っていたけど、本当に私でいいんだろうか。とはいえ、せっかくのご指名だし店長は不在だし、急ぎだったら待たせるわけにもいかない。

わかりました、と頷いてどんな花束がいいのかリクエストを聞くとなんでもいいと言われてしまった。な、なんでもいいとはまた逆に難しいことを。ひとまず予算だけを聞いてそれに見合った花を見繕う。
誕生日のスタンドというわけではないらしいので、予算に見合うように大ぶりの薔薇を引き抜いた。それと同時に突き刺さる視線。

「あの……お待ち頂くのならスペースがありますけど」
「なんで?見られたらやりにくい?」
「いえ、大丈夫です」

虚勢を張ったけど、正直見られながらの作業はあまり得意ではない。我流だから恥ずかしいしなにより、こういうお客様は花束の構成に口を出したい人が多い。
この花を入れてくれ、この花はあの子は好きじゃない、とにかくピンク以外認めない。要望も熱の入れ込み方も尋常ではないのはこの数週間でわかった。

お客様が力を入れている以上、こちらも応えたいけど限度がある。特に予算以上のことはできない。本当に酷いときは店長が話をしてくれるけど、前回こうして作業を見ていた人は店長の不在時で、そんなお客様だった。最後に暴言を吐いて出て行ってしまったことを引き摺っているのか、どうにも緊張する。

向けられる視線をなんとか気にしないように花束を作る。せっかくプレゼントする花束だし、どうせなら気に入ってもらいたい。ホストが花を用意するのだからきっと太客へのプレゼントなんだろうな。

同伴だとかそういう業界のルールは分からないけど、花をあげるというならそれはその人のことを大切に思っているということ。なら、私も真摯に向き合わなくちゃ。

刺さって来る視線が何も言わないことにほっとしてリボンを切る。うん、上出来。こちらでどうでしょうか、と花を見せればその人は肩を跳ねさせて、慌てて懐からブランドの財布を取り出した。やっぱり絶対ホストだよこの人。

勝手に職業を確定させていたら、ぽん、と手にお金が載せられた。あ、カードじゃないんだ珍しい、と思って視線を落とせば想像よりも厚い紙が置かれていて思わず変な声が出た。

「こ、こんなに貰えません!!一万円の花束ですよ!?」

予算一万円だったよね!?どう見ても五万円以上あるんだけど!
一万円で組んだのに、それ以上の金額を置いていく理由がわからない。しかもお釣りとかいうレベルを超えている。六本木の人ってカードで支払わないと金銭感覚狂っちゃうの?

そう思いながらもお金を返そうとしたけど、その人は不思議そうに首を傾げて私の手を押し退けた。

「チップ。貰っといて」
「いやいや本体より高いチップって……あの、ちょ……!」

その言葉だけ残してホストさんは店から出て行ってしまった。ひとまず、と手元には十人の諭吉がいることを確認して頭を抱えた。
チップって、そんな外国みたいな文化……いや確かに外国人多いけど……六本木では普通なの?こわい過ぎる……。

結局、店長に声を掛けられるまで私はお金を握りしめておろおろしてする羽目になった。




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