無邪気に罪を重ねるのはおよし

「お、おお?」

ただいま、と玄関の扉を閉める寸前、突然足元に何かが纏わりついて来た。なんだ、と思ってよく見りゃ真っ黒い毛玉が足の周りをぐるぐる回っている。なんだこいつ。
思わず玄関にしゃがみ込んで覗き込んだ。猫だ。それも黒い、ちっせえ猫。名前ん家にこんなやついなかっただろ。そう思ってたらバタバタと足音を立てて名前が玄関に飛び込んできた。

「あー、ごめん、はじめ!その子パス!」
「おう。どうした、こいつ。この間までいなかっただろ」
「あー、うん。ちょっと職場の人が里親探してて」

工事現場に住み着いていたらしい猫がある日突然消えたと思ったら、代わりにこの子猫がいたらしい。まだ目も開いてねえそいつらを名前と職場の人と一時的に保護してるんだと。なんつーか名前らしいな、と思わず笑っちまった。

「ちいせえな」
「まだ3か月くらいかな。すぐおっきくなるよ」

ふふ、と名前の目が緩められた。慈しむようなそんなやわらかい表情に心臓が大きく音を立てる。名前の表情は、それこそ高校のときから社会人になって半同棲するまで見て来てるっつーのに、俺は名前のこんな表情知らねえ。

でもこいつがいたら、俺が見たことねえ名前の表情を見れんのか。そう思うと同時に、名前の腕の中にいた金色の丸い目が、にゃあ、とか細い声を出した。なんとなくだが、そうだと言われた気がした。生意気なやつだ。

「……飼うか、そいつ」
「え!?い、いいの……!?」
「幸いペット禁止じゃねーしな。俺が長期で家開けてるときそいついりゃ寂しくねえだろ、名前も」
「あっ、ありがと!はじめ!」

嬉しい!と言って猫を抱いたまま俺に突進してきた名前ごと受け止めてやれば猫のようにすり寄ってきた。
遠征帰りの疲れた体に名前の温度とにおいが広がっていく。猫一匹でこんなに嬉しそうな名前を見れんなら、まあ、いいだろ。

にゃあん、と猫がまた鳴いた。




とは言ったものの。
この猫、改めマタタビ3号は俺が思うよりもずっと強かっつーか、とにかく名前に懐いた。
確かに名前の新しい面は知ることが出来た。意外とネーミングセンスがねえこととか、猫を前にするとIQがすげえ下がっちまうこととか。それはそれでいいんだけどよ。

「おい、3号。そこは俺の特等席だろうがよ」
「にゃあん」
「嫌がってんじゃねえ」

2人掛けのソファの背凭れに体を預けて転寝する名前のすぐ隣には、3号が丸まっていた。前ならソファで寝落ちする名前の横には俺がいたというのに、いつの間にか3号の定位置と化している。どうにも面白くねえ。
俺の話を全く聞かない3号はとうとう話は終わりだ、と言わんばかりに毛繕いを始めた。おい、話は始まってすらねーよ。

「お前な……昨日まで名前のこと一人占めしてたんだろ」
「にゃあ」
「だったら俺のために譲ってくれてもいいだろ」
「うな〜」
「聞いてねえ……」

思わず頭を抱えた。中途半端に退かそうとすると暴れるし、名前を起こしてもあれだ。チュールでも開けてやりゃいいのか。
そう思っていた矢先、堪えきれないとでも言いたげに名前の肩が揺れた。起きてたのかよ、と思うと同時に恥ずかしさが込み上げてくる。

猫に話し掛けてんの聞かれたうえに、内容がなんつーか、あれだ。くそ、と毒づけば名前の目がぱち、と開かれてくすくすと軽い笑い声が部屋に弾んでいった。

「ふふ、マタタビ3号はこっち。ーーはじめ、ほら」

3号を膝に乗せた名前が、ぽんぽんと隣を叩いた。ため息をつきながら指定されたそこに腰を降ろせば、少しのぬくもりが残っていた。くそ、なんかかっこわりぃ。

ぽす、と名前の頭が首元にすりつけられた。本物の猫のような甘えてくる仕草に心臓がぐ、と締め付けられる。くそ、ほんとかなわねえなと思ってその肩を抱き寄せた。

「はじめ、嫉妬?」
「あ?……わりぃかよ」
「ううん、嬉しい」

そのまま名前の頭を撫でる。くすくす、と落ちていく吐息が首筋に当たってくすぐってえ。そのうち、楽しそうな声も聞こえなくなって、気付きゃ名前が再び寝ていた。

そんな名前に引き摺られるように俺も眠気に襲われる。このまま寝ちまうか、と思って目を閉じようとした時、下から金の目が何か言いたげに俺をじっと見上げていた。

わりぃな、3号。ここは譲んねえよ。

そう返事を落とす前に、俺の意識はあっさりと離れて行った。


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