味見もせずに砂糖をかけた



「明日暇だろ?パフェ食いにいこーぜ、名前」
「また突拍子もないね五条くん……しかもまるで私がいつでも暇みたいな言い方」
「なんだよノリわりーな。実際暇だろ」

開口一番、いきなりそんなお誘いをしてきた五条くんに思わず呆れてしまった。いつものことかもしれないけど唐突が過ぎる。

最初こそ警戒していた五条くんとのスイーツ会は、10回を超えてからはもう警戒するのが馬鹿らしくなってやめた。
そもそも五条くんと私じゃ天と地ほども実力差があるわけだし、私をどうこうするのにそんな回りくどいことをする必要はない。悲しい実力差。

「今度は傑と硝子も一緒な。パーラーの季節メニュー制覇しに行くぞ」
「いいけど、夏油くんと五条くんのデートに私たちも行っていいの?」
「オッエ、名前、デートとか言うんじゃねーよ。つーか、傑が名前と出かけんの断るわけな」
「悟。本人の前で噂話かい?」
「声掛けんのおせーよ」

五条くんと私の話を聞いていたのか、夏油くんが割と勢いよく話に割り込んできた。断るわけない、と五条くんは言おうとしていたみたいだけど、それだけ懐かれているってことなんだろう。嬉しいような、困ってしまうような、ちょっと複雑だ。

夏油くんとの距離は五条くんのそれよりも近い。金平糖を分けあったり、夜に休憩所で話をしたり、一緒に過ごす時間が少しずつ多くなっているからだ。
もちろん、懐かれて悪い気はしないけど、いずれここを離れることを考えると少し厄介だった。これ以上距離を縮めると接触機会が増えて逃亡準備に気づかれる可能性も出てくる。

逃亡リスクはなるべく下げておきたい。だから彼との線引きも明確にしたいのに、どうしてか私の心はやわらかくも、確かにそれを拒否していた。違う、そう、これは美味しいパフェを食べたいからであって、あの、違うんだって。

「夏油くん、いいの?私と硝子がお邪魔しちゃって」
「もちろん構わないさ。久しぶりに4人で出かけよう。それとも、名前は嫌かい?」
「まさか!楽しみだよ。ねえ、硝子、行こうよ」
「なに?パフェ?……あー、うん、いいよ」

珍しい。そこまでスイーツとか甘いものに興味のない硝子がこんなに早く返事をくれるなんて。これはラッキーかもしれない。 なんだかんだノリノリな自分に言い訳をしながらも、土日に同期で出かけるという事実に胸が弾む。今私すごい普通の学生っぽいことをしている。認めます、とても楽しい。普通最高。

「決まりな。今週土曜開けとけよ」
「はあい。折角だしこないだ買った服おろそ〜」
「ああ、この間私が選んであげたやつね」

先日硝子と任務の帰りにウィンドウショッピングをしたときに買った服だ。硝子に選んでもらって、着る機会を待つだけだったクローゼットの住人にもようやく出番が回ってきた。よし、とガッツポーズをしたと同時に、夏油くんもすごい勢いでガッツポーズしたのが見えた。

へえ、と思った。そんなにパフェ食べにいくの楽しみなんだ。金平糖も好きだって言ってたし、五条くんには及ばないけど甘いものが好きなのかもしれない。なんだか意外で可愛い。
身長が180以上あってあんなにゴリゴリの近接格闘系なのに甘いものが好きなんて、とんでもないギャップだ。世間の女子を殺しにかかっているな、特級術師はギャップも特級なんだね。そんなことを思っていたら夜蛾先生が入ってきて慌てて席に着いた。

今日は任務がないから丸一日授業になっている。久々に4人で机を並べて授業を受けるなあ、なんて思いながら隣の席の夏油くんに視線を向けるとばっちりと目が合った。涼し気な目元がゆっくりと緩んだ。

たのしみだね。

音なく伝えられたそれに思わず私も笑みを返した。





「おはよう。早いね、名前」
「夏油くん、おはよう。こういう時大体早く来ちゃうんだよね」
「名前らしいね。あと、その服、すごい似合ってる」

とうとう迎えた土曜日の朝。律儀に5分前に寮の玄関でみんなを待つ名前を見つけて思わず足早に歩みを進める。声を掛ければ名前も嬉しそうに表情を緩めた。
悟が選んだパフェの店は銀座の老舗のフルーツ専門店だったから、名前もいつもより背伸びしているらしい。少しだけ大人っぽく見えた。
今日この日のためにおろした服だと聞くだけでなんだか心臓がせわしない。似合っている。でも笑顔はいつもと変わらなくて、そのギャップがまたたまらなかった。3級でも笑顔は特級。

「ふふ、ありがとう。夏油くんもかっこいいよ」
「あ、りがとう」

名前からのその言葉にまた心音が速度を上げた。かっこいいって、それどういう意味なんだ。服か?それとも服込みの私か?わからない、でもどっちでも名前から褒められたなら嬉しいことは間違いない。

本当はこのまま2人だけで出かけたい。どうにかして悟と硝子を撒けないだろうか。2人を部屋に閉じ込める呪霊でも放っておけば良かった。いや、この呪霊は未登録だからだめか。

名前から貰った言葉を噛みしめてなんとか返事を返したと同時に硝子がやってきて、それからさらに5分して悟が来た。普通に遅刻だ。

「はやくね?」
「言い出しっぺが一番最後なんだね」
「細かいこと言うなって名前〜」

いこーぜ、と言った悟が先に名前と硝子を促した。そんな2人の背中を見ながら歩き出した悟が肘で私を小突いてくる。もっとガンガン攻めろ、ってことだろう。分かってる。でも文句は名前と話しながら、私たちに勝ち誇った笑みを見せている硝子を見てから言ってくれないだろうか。





「夏油くん決まった?」
「あー……いや、まだかな。名前は?」

言えるわけがない。メニューより名前を見ていて決められてないなんて。

そもそもの始まりは悟からの提案だった。
本当に少しずつしか詰まっていかない私と名前の距離感を見かねた悟が、4人で出かけようと言い出した。強制的なイベントで距離を縮めようということらしい。いつものよく分からない例えを交えて話された作戦は、聞けば悪くはないものだった。残すは名前の返答のみ。だから、行くと返事を聞いたときには思わずガッツポーズまでしてしまった。

実際、名前の私服には浮かれたし、任務とはちょっと違う名前の柔らかい雰囲気に胸が締め付けられるように高鳴った。かっこいいと言われたときは嬉しくてどうにかなるかと思った。順風満帆だ。

「私はマロンと悩んだけど洋梨にするよ」
「じゃあ私はマ」
「名前、私マロンにするからちょっとあげる」
「いいの硝子?パフェそんな好きじゃないって言ってなかっけ?」
「余ったら五条が食うだろ」
「いや食うけどよ」
「夏油は何にすんの」
「…………無花果にしようかな」

ただひとつ、硝子のがガードの固さを除いて。

隣の席にいる悟からにやにやとからかうような視線を感じた。うるさいぞ、悟。見事に硝子に先手を打たれて、私が用意した選択肢は撃沈した。本当は私が名前と分け合いたかったのに。

今日はずっとこの調子だ。私が言おうとすることを、硝子が全て先回りして奪っていく。明らかな牽制だ。硝子は名前のことを気に入っているから致し方ないのかもしれないけれど、狡くないか?たまには私に譲ってくれてもいいだろう。

お待たせしました、とやって来たパフェに名前がきらきらと目を輝かせてスプーンを差し込んだ。銀座を代表するフルーツパーラーが誇るパフェは、名前を夢中にするのにも納得の煌びやかさだった。同じようにパフェを流し込んでいた悟が、急に名前にスプーンを差し出した。あ?

「名前、口開けろ」
「え、んぐ……お、美味しい……!」
「やっぱシャインマスカットうめーな。実家にいつもあったけど」
「ブルジョワめ……」
「名前も傑からも貰えよ。無花果もうめーぞ」
「食べるかい?名前」
「いいの!?」

ナイス悟。
内心でそう思いつつ、名前の前にスプーンを差し出す。目を輝かせた名前が雛鳥のようにぱくりとスプーンを口に含んだ。硝子からの視線が突き刺さったけれど無視した。
ひときわ大きくカットされた無花果を口に含んだ途端きらきらと瞳が輝き始めて、心臓が捩じ切られるように痛くなった。なんだそれ可愛いが過ぎないか。けれど、そんなことはさらに綻んでいく頬を見てどうでも良くなった。

「ン"っ……美味しいかい?」
「ん〜〜〜、美味しい!あ、2人とも私のも食べる?」
「ありがとう、いただくよ」

パフェをつつけば、名前は満足そうにまた笑った。もうお腹いっぱいだ。幸せで腹が膨れることはないと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。そう思っていた。硝子の目が弧をを描くまで。

「名前、マロンあげるから洋梨ちょっと頂戴」
「ん、いーよ、硝子。はい、あーん」

思わずパフェを食べる手が止まった。なんだそれ、ずるい。
名前から差し出されたスプーンを硝子が口に含んだ。名前からのあーん、なんて、そんなの羨ましいにも程がある。私もやってもらいたい。ぐ、と力を込めた拍子に手の中の高そうなスプーンが歪んだ。しまった。

「ん、美味いな。五条、あとやる」
「あれ、硝子もういいの?」
「目的は達成したからな」
「栗いっこも残ってなくね?」

そう言って硝子がまだ半分以上残っているパフェを悟に押し付けて、悟が硝子に文句を言っていた。
硝子の言う目的は私に見せつけるという意味合いだ。投げかけられた視線と口元に浮かんだ笑みがすべてを物語っていた。硝子め。やってくれる。バチバチと音を立てるように棘のある視線が交わされた。

「よくわかんないけど、でも、うん、楽しいね、夏油くん」
「……そうだね、名前」

首を傾げる名前だけが正しい意味を理解できていないけど、まあいい。私もこの想いを伝える気はまだない。
私のことを名前がもっと意識からでないと意味がないんだ。私だって勝てない勝負はしないさ。まずは、あの休憩所で過ごす時間を伸ばすことを目標にしよう。

あの場所だけは、悟も硝子も入れない、私と名前だけのものなのだから。




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