上半期ワーストボーイ

「あっち行けよ」

小学生のとき、背も体も大きい兄が怖かった。

私の倍はあるんじゃないか、っていうくらい見上げないといけない背の高さはまるで大人みたいで。その高さから機嫌悪そうに見下ろされるのが苦手だった。

中学に入った頃は優しかった一静兄だったけど、いつの間にか人が変わったようにいつもピリピリしていて。時々お母さんと言い合いになっているのを聞くと決まってお姉ちゃんのところへ逃げていた。

廊下であったりすると機嫌の悪いときは冷たい言葉を掛けられてさらに怖くなった。けど、ごめんな、と撫でてくる手が姉と同じように優しいから、怖くても一静兄のことを嫌いにはなれなかった。

反抗期なだけだから大丈夫だよ、と言うお姉ちゃんの言う通りしばらくすると一静兄のピリピリした空気は無くなって、前みたいに優しく接してくれるようになった。
それでもなんとなく植え付けられた苦手意識はなかなか消えなくて、私と一静兄はなんとなくぎくしゃくしたままだった。

「え、お姉ちゃん、家出ていっちゃうの……!?」
「そーよ、大学あっちだもん。あんたも一静と仲直りしなさいよね」

そんな折、お姉ちゃんが大学進学のために家を出ることになった。いままで仲の良かったお姉ちゃんがいなくなって微妙な距離感の私と一静兄だけになる。なんとなく憂鬱で、胃が重くなった。

いつまでもこのままじゃいけないって分かってるんだけど、と思いながらもお姉ちゃんに、うん、と適当な返事を返す。大丈夫だって、一静あんたのこと大好きだから、と笑うお姉ちゃんを他人事だな、と睨んで荷物と共に見送った。





「なまえ、定期忘れてる」
「え、あ、ありがと……」
「ほら行くぞ。電車乗り遅れる」
「う、別に大丈夫、だし」
「いいから、ほら」

行ってきます、と家の中に声を掛けて私と一静兄は一緒に玄関を出た。

お姉ちゃんが家を出ていってからしばらく。なんと私は一静兄と一緒に登校している。学校こそ違うけど、駅に行くまでは一緒だし、私も一静兄も朝練のある部活に所属しているから、朝早い。必然だ。
登校する時間をずらすのも考えたけど、起きれなくて断念した。

相変わらず私と一静兄の間には不自然な距離感があるけど、前にも増して一静兄が優しくなったように感じる。お姉ちゃんがいなくなってからは特に。
今日だって机の上に忘れそうになった定期を渡してきてくれた。子供っぽく反抗する私をたしなめながら、ぽん、と背中を押されて一緒に駅までの道を歩く。

駅に着けば私と一静兄はそれぞれ反対のホームに行く。改札でお別れだ。
ピッ、とICカードを通してホームに向かおうとすれば、一静兄から声を掛けられた。これもいつもの流れだ。

「なまえ、じゃあバド部頑張れよ」
「あ、う、うん」
「いってらっしゃい」

ひらひらと手を振ってホームへ向かって行った一静兄の背中をちら、と見る。相変わらず大きい身長と体だ。でも押された背中に触れる手は優しかった。昔から変わってないな、と歩きながらぼけっと考えた。

反対側のホームにいる一静兄はスマホを見ていたけど、私に気が付くとまた手を振ってきた。私も小さく振り返した直後、ホームに電車が滑り込んできて姿が見えなくなる。

急にそんな優しくされても困る、と思う私は妹失格じゃなかろうか。





「まあ俺は一人っ子だからわかんないケド、仲良くすればいいんじゃない?」
「天童先輩ってほんとそういうとこありますよね」

ええ〜、俺のアドバイスご不満?とケラケラ笑う天童先輩はひょんなことから仲良くさせてもらっている高等部の先輩だ。
最近お兄ちゃんとはどう?と聞いてきた天童先輩にそんな話をすると、理解できない、という顔をしてそう言った。

「じゃあさ、なまえちゃんからお兄ちゃんに話しかけてあげれば?」
「え……それはちょっと……なに話していいかわかんないし」

いきなりそんなハードルの高いことを言われても、と渋る私に天童先輩がけらけらと笑った。みんな他人事だと思って、と軽く睨むとゴメンゴメンと謝ってきた。どうせ兄妹拗らせてますよ。

「部活やってんでしょ?じゃあ頑張ってでいいんじゃない?」
「天童先輩、なんか適当になってませんか?」
「だって俺兄弟いないからワカンナイし〜」

そりゃそうなんだけど。それはあんまりじゃないだろうか、と思っていたら天童先輩がじゃあひとつだけ、と指を1本立てた。

「でも、お兄ちゃんは少なくともなまえちゃんのこと嫌いじゃないだろうし、なんでもいいから、1個だけでも返してあげれば喜ぶよ、きっと」

そうかな、と言えば天童先輩はがんばってね、と笑った。不思議な先輩だけど、時々ビックリするくらい確信を突いてくるから、少しは、ちょっと頑張ってみようかな、と素直に思った。

「てか、お兄ちゃん何部なんだっけ?」
「バレー部です。あれ、天童先輩って何部でしたっけ」
「俺もね、バレー部(俺とタメ、バレー、松川……まさかねえ)」





いつも通り学校に向かう。言うぞ、今日こそ、と意気込んだはいいもののさっきから挙動不審らしい私を、一静兄が心配してきた。いきなり熱測ろうとしないで欲しい。びっくりする。

言おうと思っても言葉は全然出てこなくて、結局改札前まで来てしまった。早く言わないと、と思ったら足が止まる。そんな私を、一静兄が心配そうに覗き込んできた。

「なまえ、どした?具合悪い?」
「ちがう、大丈夫」

首を振ると、一静兄がそっか、と眉を下げた。あ、だめだ。これ、一静兄行っちゃう。

「そっか。じゃあ、またな。無理せず頑張れよ」
「あ! え、っと、い、」

くる、と背中を向けた一静兄のジャージの裾を握る。なまえ?と一静兄が半身で振り向いた。顔を上げれば、一静兄が不思議そうな顔をして私を見ていた。今だ、言え、私。

「一静兄も、頑張って、ね」

そう言えば一静兄がびっくりしたような顔をして私を見ていた。ぽかんとした顔は普段大人びている一静兄を少しだけ子供っぽくしていた。
じっと見つめてくる視線が恥ずかしくなって、振り切るようにICカード叩きつけて全速力で改札を通り抜けた。置いていった一静兄の顔が頭から離れない。

はずかしい。はずかしい。
でも、ちょっとだけ、今日家に帰るのが楽しみになった。

天童先輩にお礼を言わなきゃな、と思って止まっている電車に乗り込んだ。
なんだか、体が軽いや。





「は〜〜〜〜俺の妹が可愛い。もうほんとなんでなまえ白鳥沢なんか通ってんの」
「松川の妹ちゃんか、俺ねーちゃんは会ったことあるけど妹ちゃんはねえんだよな」
「見せないよ、減るから。特に及川な。岩泉もだめ」
「ひどくないまっつん!?」
「あ?なんで俺もなんだよ」
「及川は言わなくてもわかっけど、岩泉はなんでだ?」
「岩泉はあれ、俺より兄貴っぽいからだめ」
「「「あーはいはい」」」

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