さらばユニヴァース


「ビーチか!いいね!ぜひ一緒させてくれよ。で、誰とやるんだ?」

会議が始まる前に昨日のことを話すと、この国で友達に該当しそうなルーカスは嬉そうに誘いに乗ってくれた。バレーが好きだという彼なら大丈夫だろうとは思っていたけど、こんなにもあっさりOKを貰えてなんだか拍子抜けした。

「誰かは分かんないけど、フェルナンドって言う人」
「この国のフェルナンドと名の付くヤツが君の前に全員現れたらきっとビーチが人で溢れ返るな」
「大袈裟でしょ、そんな訳……」
「我らが大統領もボスもフェルナンドだぜ」

太郎とか花子的な名前か、と思いながら仕事を終えた私たちは昨日と同じように海辺を歩いていた。昨日初めて知った場所だからか、道のりはいささか不安だったけど無事に着いた。

誰かと話すフェルナンドの姿を見つけてほっと息をつく。社交辞令だったらどうしようと思っていたが杞憂に終わったみたいだ。フェルナンドも私に気付いたらしく、ひらりと片手を上げてにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべた。

一緒にバレーをしてある程度人となりは理解したつもりだった。悪い人ではない。後はもう一人来ると言うお友達がいい人だといいな、と思って声を上げた。

「あ、フェルナンド!いたいた、トモダチ連れて来、―――え、」
「……みょうじ?」

完璧な日本語の発音で呼ばれたそれに、心臓の鼓動が大きくなった。なんで、どうしてここに。そんなことばかりが頭を過る。

あの頃よりもがっしりとした体つき、伸びた身長、甘さの取れた精悍な顔立ち。私が知る姿よりもずいぶんと大人のそれ。それでも、誰かなんて確かめるまでもなかった。

「……!?!?トッ!ト、トオル・オイカワ!?」

ルーカスの驚きに満ちた声が、夜の海辺に炸裂した。


▼△▼


「3年間クラス一緒のやつっていんの?」
「えー、いる?こんなに10個以上クラスあって一緒になるとか奇跡じゃん」

なんてことはない日々のお喋りの中でそんな話になった。
県内トップクラスの進学校でスポーツにも力を入れているとなると、1学年の人数もクラス数も多くなる。それだからか、3年間同じクラスという人は殆んどいなかった。

「及川は?」
「んー、………あ、みょうじが一緒、かも?」
「マジで?答え合わせしようぜ、みょうじ、1年の時は?」
「え、4組だけど」

俺も、と言う及川と答えを重ねていく。合致した3つの答えを知って、周りがが大袈裟に声をあげた。

「うっわマジだ、みょうじ、全部及川と一緒じゃん!」
「起きちゃったよ奇跡」
「すげーな。つーかお前ら気付かなかったのかよ」
「あんま気にしてなかったし、みょうじもでしょ?」
「え、あ、うん……あんまり気にしないよね」

だよねえ、大袈裟だって、と及川が笑った。及川との共通点。私たちを繋ぐ、細い糸が初めてできた瞬間だった。

本当は知っていた。
毎年どきどきしながらクラス分けを見てたから。今年も及川と一緒のクラスになれますように、と祈りながら。
でも期待が外れたらがっかりするから、期待するな、と自分に言い聞かせながら。

それでも、毎年大きくなっていく心臓の音も、急く足も。抑えることができなかった。

及川と高校の3年間クラスが同じ人間は、世界に私しかいない。そんな下らない唯一が、特別に思えてなんだか誇らしかった。

「俺、みょうじがクラス一緒で良かったよ」

だから、その言葉は私の心を翻弄するには充分過ぎた。

あの時から、私の心臓はきっと持っていかれてしまった。及川のことだ。誰にでも調子のいいことを言っているなんて簡単に予想がつくのに。それなのに、及川にそう言われただけで、心が春を揺蕩う綿毛のようにふわふわと飛んでいく。

私と及川の共通点。無理矢理繋げた星座を見つけたかのような、特別な気持ちになる。ほんの一握りの優越感が私の世界に美しく、彩りを添えていった。


▼△▼


ぼうっと眺めるビーチにはいつの間にかギャラリーも増えていて、それなりに賑わってきた。

会いたかったような、会いたくなかったような、複雑な気持ちだ。自分から連絡だって入れたくせに身勝手だな、と呆れる。いや、違う、そうじゃない。
動揺する私をおいて、彼らはいつの間にか話をまとめていた。結局ビーチバレーをすることになったらしい。

どうやらフェルナンドは、及川のチームのコーチだったらしい。ルーカスも経験者だというから、この中で私だけがズブの素人だ。気後れするなっていう方が無理な話。

案の定、1ゲームで息切れした私は早々にギャラリーの誰かと交代して、息を整えながらコート外に避難をしていた。

楽しそうに笑顔を溢して、時々不敵に笑って。私のよく知る及川だった。ずっと見ていた表情。ああ、やっぱり。幻なんかじゃない。
本当に、及川がいる。

しばらくしてゲームが終わると各々が帰路につく準備を始めた。時計を見れば確かに良い時間だ。

「じゃあな!なまえ、また連絡するよ!」
「分かった、奥さんに疑われないようにね」
「僕の女神がそんな心狭いわけないだろ、日本の女の子はジェラシーがすごいな、じゃ!また明日」

懐が大きい、と思いながらその背中を見送る。ルーカスは奥さんから呼び出しが掛かって早々に帰っている。私と及川だけが取り残されて、少しだけぎこちない空気が流れた。平常心って、どうやってたっけ。にこ、と及川が笑った。あの時よりも少し大人びた笑みに鼓動が大きくなった。

「みょうじ、俺にも連絡先教えてくれない?」
「え、と。電波、ないから」
「そっか、じゃあWi-Fiあるとこまでいこっか。ついでに送るよ」

私と及川は直接連絡先を交換したわけじゃない。
お互いの電話番号もアドレスも知らない。唯一やり取りできるのはメッセージアプリだけだった。
アプリをアンインストールしてしまえば、途端に途絶えてしまえるような細い繋がり。学校という共通の場所を離れた私たちは、そんな砂の粒子のような微かな関係だった。

数年振りに会った及川と他愛もない話をしながらホテルの方向へ足を向けた。私の隣を歩く及川はゆっくりとしたペースで一歩一歩踏みしめるように進んでいく。話ながら、少しだけ心がざわついた。

近い、気がする。
肩が触れそうで触れない。及川と隣を歩くのは初めてじゃないのに、なんだかその距離感にどぎまぎしてしまう。子供じゃないんだ。今さら肩のひとつやふたつ触れたって、どうってことない。はず、なのに。

それを指摘するのも気が引けて、心が浮わついてるのが分かった。情けない。もう大人なのに、こんな学生時代の思い出にすがるなんて。

ホテルに着くと及川がスマホを出してアプリを起動したけど、なんだか上手くアカウントを交換できなくて、結局電話番号を交換した。通話さえしなければ大丈夫だろう。じゃあ、とエレベーターへ体の向きをかえる。

何か言いたげな及川の視線をわざと振り切って逃げるように足を踏み出したのに、ぱし、と腕を捕まれた。思わず振り返れば、及川のまっすぐなキラキラした目が私のものと交錯する。どく、と心臓が音を立てた。

「ね、みょうじ。俺、明日もここにいるから」

目を細めて私を見てくる及川の目の奥には何かがあるけど、それが何かは分からない。答えが見つからないまま及川を見て、その視線を逸らさなかったことを少しだけ後悔した。

「見るだけでもいいから、良かったら来てよ」

――及川は、いつだってずるい。あのときもそうだった。

肝心なところを人に委ねて、自分の掌に人が転がり込むのを虎視眈々とねらっている。そうして操り人形のように、人を操ってしまうのだ。
細い数本の糸だけの繋がりだけしか及川と繋ぐものはなくて、それが切れたらなんの変哲もないただの人形に戻ってしまう。
海を渡った及川と私との関係が簡単に切れてしまったように。

人の特別感や優越感を操る天才なのだ。及川徹は。

私は。もう昔みたいに及川の言葉に一喜一憂する私じゃない。大人になった。色々経験もした。及川でいっぱいになる私はもうあの日、教室に置いてきたのだから。私はもう君の操り人形にはなってやらない。

「気が向いたらね」

せいぜい私に翻弄されろ、及川徹。




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