相変わらずの日々こそがユートピア



「ごっそさん、また来るわー」
「ありがとうございましたー!」

本日最後のお客さんを見送って扉に鍵を掛ける。さあ店じまいだ、と机に残されたお皿を洗って棚に戻していく。今日も1日平和に終わった、と綺麗になった店内を見渡した。ここ数か月で見慣れた光景だ。

結局、私は宮のお店で働くことになった。

宮の言葉に甘えさせてもらったような形だったけど、正直行き場を無くした私にはとてもありがたい話だった。よかった。これでずっと料理に触れていられる。

なにより、あまり余計な事を言ってこない宮と厨房に立つのは楽だった。そして、料理に対して対等に意見をぶつけ合えることも楽しかった。

専門学校時代から実習で組む機会の多かった宮と私は、卒業後に別の道を進んでも変わらずお互いの勝手が分かっていた。欲しいと思ったときに既に食材が用意されているのは、ここ数年なかったことだ。なんというか、自分と同じペースで仕事ができるのはとてもありがたい。

ずっとフレンチだったこともあって専門外の和食、しかもおにぎりはかなり戸惑ったけど、正直、興味と新鮮さが勝った。
おにぎりの世界も奥が深い。握り方、米の炊き方で同じ店でも全く違う味になる。食材がシンプルな分、料理人の腕が出やすい。個人的には、自分のおにぎりが宮の味に近づいていくのが楽しかった。

新メニューを宮とああだこうだ言いながら開発するのは、学生時代に戻ったみたいでさらに楽しかった。せっかくだし、と2人で秋の新メニューコンペをしたのは記憶に新しい。

「なまえ、出来たか」
「もち、絶対私の具が新メニューになるから」
「ぬかせ。見せてみ」
「はいはい、秋サバと大葉のにぎり、サツマイモのバター風味、きのことベーコンの旬にぎり。私はこの3つ」
「ほお〜〜、えらい洋風で攻めてきよったな」

しげしげとおにぎりを見つめた宮がはぐ、とおにぎりにかぶりついた。大きな口の中に入っていく具たちは私のフレンチの知識も取り入れてみたものだ。同じ食材を使っても、調理方法が大きく変われば風味も変わる。純和風なおにぎりが多いけど、季節の限定メニューはすこし遊び心を入れてもいいんじゃないか、と思った。

「……くそ、ウマいな」
「そんな険しい顔で言われても」
「くやしいやん」

渋い顔をした宮がそう言ってあっという間に全部のおにぎりを平らげた。ふふん、と鼻を鳴らすと悔しそうにおにぎりにかぶりついた。

解したサバと刻んだ大葉を一緒に握った、秋サバと大葉のにぎり。
秋サバはこれから晩秋にかけてもっと脂が乗って来る。いくら魚の脂とはいえしつこさを感じることもあるので、さっぱりした大葉と合わせる。口の中が一気に爽やかになって個人的には神がかった組み合わせ。ついでに、と炒ったごまをぱらぱらと振る。噛んだ瞬間にごまの香ばしさが口の中で弾ける算段。

ダイスカットしたサツマイモにバター風味を纏わせたおにぎり。
小さくカットしたサツマイモは甘くしすぎず、日本酒の代わりに白ワインで煮詰めてからご飯と混ぜ合わせて握る。ほくほくとした食感が口の中で溶けて、なんだかあったかい気持ちになる。根菜ってなんかほっとするよね。サツマイモ本来の甘さととお米の甘味、食感を楽しめるように少しだけ工夫した。

みんな大好ききのことベーコンはもはや王道。
秋の王者、きのこはベーコンと一緒に炊きこんで、肉のうまみを凝縮させた。肉汁が沁み込んだきのこは噛むほどに肉の旨味が口の中で広がる。ほどよいベーコンの塩味と少しだけ香らせたバター醤油で、全体の味をならせば子供も食べられる味だ。

言わなくても宮なら分かるだろうけど、一応説明をする。食材に掛かるコストや手間も審査の基準になる。客層だけじゃなくてコストも考えないといけないのは、小さな店ならではだ。あの手この手の創意工夫をしながら料理をするのは久々に心が躍った。

「正直どれも捨てがたいわ……」
「明日まっちゃんに聞いてみよっか」
「そうするわ……。なあ、もうないんか」
「そんなことだろうと。こちらに」

余分に作ったおにぎりを出せば、目をキラキラとさせる宮に思わず笑った。口に入れて綻ぶ子供みたい。

「相変わらず美味しそうに食べるね」
「ん、まあ、なまえの作ったメシやしな。ほんま美味いで」
「光栄です、社長」
「社長やめろて」

結局、終電ぎりぎりまで2人でおにぎりを食べるだけで終わってしまった。翌日、店で唯一のアルバイトである、まっちゃんに試食をしてもらったところ、きのことベーコンの圧勝だった。ついでに宮のなす味噌もエントリーされて、この秋の限定メニューはその2つに決まった。

そんな日々を過ごす一方で、宮は店に立つだけじゃなくて、銀行に行ったり人脈を広げたりと経営面でも忙しい。宮のサポートとして、店に立つ時間は次第に長くなっていった。経営者としての顔を見せる宮が私に意見を求めてくることも少なくない。

いつの間にか与えられた副店長の肩書きに首を傾げたけど、宮はにやりと楽しそうに笑うだけだった。うーん、宮の考えていることはわからない。





「ほな、店頼んだわ」
「はーい、任せて。それにしても仙台まで行くなんて。なんだかんだ宮も片割れくんのこと好きだよね」
「俺は仙台に新規開拓に行くんや。アイツの試合見に行くんやないわ」
「はいはい、わかったわかった。いってらっしゃい〜」

宮が双子なのは知っていた。けど、その片割れくんがプロのバレーボール選手らしいことはおにぎり宮に勤め始めてから知った。すごいな。社長とプロスポーツ選手なんて、ハイスペックじゃん。

宮は片割れくんのいるチームが遠征に行く度に、会場に出店をしに行く。新規開拓とか言ってるけど、あれはただ片割れの試合を見たいだけだと思う。なんだかんだ仲良しだ。これ言うと怒るけど。

「あ、お土産いつものね!」
「お前ホンマあの土産もん好きやな」
「めちゃくちゃ美味いお月様でしょうが!高いっていう苦情はききませーん」
「牛タンやないだけマシか……」

そして今回の遠征は遥か遠く、東北は宮城らしい。
なんでも、高校の時の対戦した相手と片割れくんが戦うそうだ。因縁の対決ってやつなのかと思いきや、同じチームなんだそうだ。え、よくわかんない……、と思ったけどなんかまあ、宮が楽しそうだからよしとしよう。

「じゃあ道中運転気を付けてね」
「おん、お前も戸締りきぃつけや。……強盗の方が逃げるか」
「うっさい!じゃあご安全に〜」
「工事現場か」

そう言って宮に頭をぐしゃぐしゃにされる。帽子を被ってなかったから、髪が乱れた。ちょっと、と抗議しても宮は言うことを聞かないので、もうされるがままだ。慣れってこわい。

「ほな、行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい。店は任せて」
「俺の相棒は頼もしいな。頼んだわ」

なんだか眩しいものを見るみたいな顔をした宮に、手を振って車が発進するのを見送る。知り合いに貸してもらったバンに食材を積み込んで関西から宮城まで。兄弟愛だあ、と思いながら伸びをした。

あの店にいた頃は、毎日こんなに穏やかに働いてるなんて想像していなかった。くだらない人間関係に消耗することも、料理以外のことに時間を取られることもない。その分心に余裕が出来ている。
終わったと思った私の料理人人生もまだまだ捨てたものじゃないらしい。

「んー……!さて、今日もがんばろ!」

なんだかんだ、この生活を私は気に入っている。




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