てのひらのお日様



「なんか食いたいモンあるか?」
「宮が食べたいものでいいよ」

宮がお礼に賄いを作ってくれることになった。お前はそこに座っとれ、と言われて大人しくカウンターに座ろうと思ったけど、宮の料理する手元が見たかったので厨房の入口で観察することにした。

みじん切りにした玉ねぎを弱火で炒める間に唐揚げ用のむね肉を細かく切っていく。玉ねぎが透明になって甘さが立ってきたら、切った鶏肉と炒めて十分に火を通す。
何度も切らされた玉ねぎのみじん切りを思い出して少し胃が痛くなった。新人の頃は目が荒いってめちゃくちゃ怒られたっけ。

塩とこしょうで具にほんのり味をつける。付けすぎるとケチャップとの塩味で味が濃くなりすぎるから注意だ。ほかほかの白米を鍋に入れて、まとまらないように混ぜていく。仕上げにケチャップを入れれば、ふんわりと仄かな酸味が鼻から胃を刺激した。美味しそうケチャップライスだ。チキンライスとも言う。

「面倒やかから包まんでええか?」
「いいよ、なんでも。そのままでもいける」

そういうと、宮はがっつきすぎやろと笑った。こちとら朝ごはん食べてないんだって、と抗議すれば宮は驚いたように目を見開いて、ケチャップライスを宮の皿から私の皿に少しだけ移した。優しいかよ。
なんて思っていたら、ぽん、と帽子越しの頭に手が乗った。見上げればふ、と宮が優しく笑っていた。子供を見るような目止めてくれ。

「いいから、ええ子にして待っとれや 」
「ちぇ、はあい」

宮はライスをそのままお皿に盛り付けて、今度は卵を割ってかき混ぜる。カカカ、と小気味いい音に菜箸がタップダンスを踊っているみたいで楽しくなる。
本当は少し生クリームを入れると口当たりがまろやかになっていいんだけど、さすがにおにぎり屋に生クリームはない。まあ、なくても宮のならどっちにしろ美味しいし。

ふんわりとオムレツ状になった卵をライスの上に置く。これはあれだ、開いて完成するやつ。宮め、お洒落なことするな。案の定、すっ、とナイフを入れれば、中の半熟の黄身がとろり、と溢れてきた。ごくりと喉がなる。

「美味しそう〜、流石暴食巨人兵」
「それ言うてんのお前だけやん。なまえの前でオムライス出すのもあれやな」
「いやいや美味しそう、ありがとう。宮家のごはんって感じ」

店で出す分ならもう少し凝るべきかもしれないけど、そもそも賄いだ。むしろやり過ぎなくらいだろう。肩肘張らないくらいが美味しい。
2人でカウンターに座って、ぱん、と手を合わせた。

「「いただきます」」





御馳走でした、と告げて口直しにお水を飲む。
満腹と息をつくと、宮も同じタイミングで御馳走さま、とお昼を食べ終えた。あの量をこんなに早く食べたのか、すごいな。

「ほんで?もう戻る気ないんか?デカイとこで働きたい言うとったやろ」
「あー、そうだね……なんか良くない噂が回ってそうだし……フレンチは、諦めた訳じゃないけど」

あの店を辞めた人たちがどうなったのか、噂はよく聞く。関西指折りのフレンチというだけあって、それだけ厳しく、人の出入りが激しい店だ。

シェフはフランス人だけど、スーシェフは日本人。その日本人のスーシェフが中々に厄介で、辞めた人の根も葉もない噂を流すのが好きな人だった。多分、ケンカして出てきた私のことは大層扱き下ろしていることだろう。

フレンチの世界には居たい。でも、今すぐに戻って、悪意ある噂に耐えられる気はしなかった。こんなんじゃこの業界でやっていけないのかもしれないけど。
うーん、と言葉を濁していると宮があー、と唸ったなまえ、と私の名前を呼んだ。

「ほんなら、ここで働かんか?」
「は?」

変な声でた。え?宮?なんて言った、今。思わず横の宮を見ると、真剣な表情をして私を見ている。冗談ではないらしい。いつも眠たげな眼が料理に向き合うのと同じくらいまっすぐたったから。

「前んとこほどは出せんやろうけど、ちゃんと暮らしていける分くらいは給料は出すし、休みも交代で取れるようにしたる」

正直、店の規模からしたら結構従業員を雇うのはぎりぎりだろう。そして宮の言い方からすると、バイトではなく恐らく社員というか、ちゃんと料理人として雇ってくれるらしい。大丈夫なんだろうか、と思ったけど正直すごく魅力的だ。

「俺もなまえになら店、任しても不安にはならんしな」

これ以上ないくらい、怖い信頼だと思った。
宮は、本当に分かって言ってるんだろうか。

確かに、私は宮が表現したい味も、大切にしていることもある程度はわかる。でも、不在時の店の味を任すなんて、今日初めてここに来た私に言っていい言葉じゃない。ちゃんとこの店のすべてを時間を掛けて理解する人に言うべきだ。

そう思っているのに、突然提示された好条件に言葉はなかなか出てこない。そんな私を見かねてか宮がそれに、と続けた。

「戻りたいときに戻ったらええやろ。それまでは俺のこと手伝ってくれんか?金はあっても困らんやろ」

そう。今の私は想像以上に崖っぷちなのだ。明日食べるものが無くなって困るのは私だ。貯金だって潤沢にあるわけじゃない。デカイ店とか小さい店とか言っていられる余裕は私にはない。

宮の言うとおり、少しは休んでもいいかもしれない。これも修行だ。新しい知見が得られるかも。
少しだけ自分に都合いいことを考えて、お世話になろうかなと溢せば、決まりやな、と宮がにかり、と笑った。今日は色んな表情の宮を見る。改まって宮に向き直って頭を下げた。同期でライバルが雇用主なんて不思議だけど。

それでも、宮と同じ厨房に立つのは楽しみだった。

「よろしくお願いします社長!」
「社長はやめろや」




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