鮭、ツナマヨ、明太子



「来てしまった……」

呆然とおにぎり宮の前に仁王立ちする。
裏口から、と言われたけれど、そういえばキチンと外観見たことがないな、とお店の正面に立って店の面を見る。おにぎりにぴったりな懐かしいテイストなのに、綺麗で、若い人からお年寄りまで入りやすそうな雰囲気が出ていた。うーん、悔しいけどかっこいい。
くそう、と思いながら見ていたらガラ、と扉が開いてのれんを持った宮が現れた。

「あ、宮。おはよう」
「なまえか。はよ。なにしとん、裏口から来い言うたやん」
「いや、そういえばちゃんと外観見たことないなって」

突然開いた扉に驚きつつも、宮に挨拶をする。早朝の挨拶は専門時代のとき以来久しぶりだな、と懐かしく思った。そういえば、仕事中の宮を見るのは初めてかもしれない。

Tシャツにキャップの宮は、私服の時と雰囲気が違っていてなんだか新鮮だった。そのまま表から店内、厨房に入る。仕込みはすでに終わっているようだ。昨日結構飲んでたのによく終わったね。すごい。

あれ、待って。なんでこの時間に呼ばれたんだ?とふと疑問が湧いて、宮を振り返る。そういえば、私呼び出された理由を聞いていない。ニヤ、と笑う宮の表情を見てなんか、わかった気がした。宮の考えていること。ひやり、と背中に寒いものが走る。

「いや、あの宮、まさか……!」
「はよ着替えてこい。ラッシュタイムや。来んで」

なにが、と聞く前にTシャツとキャップとエプロンを渡されてぽい、と厨房を放り出される。まさか、と思って時計を見れば納得した。ちょうど世の中のサラリーマン達が動き出す時間。そしてさっき上げられた『おにぎり宮』の暖簾。

状況を察して慌てて手を洗って自分の包丁を用意した。それからはもう分かっている通り怒涛の来店だ。朝の定食を求めるお客さんの列と、出勤前のテイクアウト祭り。いや、ほんと祭りだ。

うおおお聞いてないぞ宮あああ!と内心で叫びながらお会計やカウンターへの配膳を済ませていく。昨日、日本酒から水に変わっていてよかった。二日酔いで朝からこれはキツい。私のお酒を水に変えた誰かにこっそり感謝した。

しかし、私も名門店で働いていた料理人の端くれ。目が回る忙しさは慣れっこである。こちとら伊達に名門と言われるフレンチの店で下働きやってないわ!と仕事を捌いていく。しかし、捌いても捌いても客が引かない。すごいな、と隣でひたすらおにぎりを握る宮を見た。

武骨な手なのに、おにぎりを握るその手付きは驚くほど柔らかい。ほんの少し、手につけられた塩。多すぎず、少なすぎずの塩が、真っ白に輝くお米に触れる。
それまで、ばらばらと粒立っていたお米が宮の手によってきれいに纏められていく。1、2、3回。ほろほろと崩れず、でも固すぎずの力加減で、柔らかい形の三角に仕上がっていく。最後、炙った海苔で包まれたら完成だ。

惚れ惚れしてしまうくらい美しいおにぎりと手捌きだ。
そう思っていたら宮がゴゴゴと背景がつきそうな怖い顔をした。やばい、手付きじっと見てたのばれた。さぼんな、って顔している!しまった!宮怒らせると怖いんだって。

「なまえ、鮭5、ツナ2、めんたい3、梅3。はよせえ」
「大変お待たせいたしましたあああ!ありがとうございます!次の方、いらっしゃいませ!こちらでお伺いします!」
「おっ、ねーちゃんイケイケやな!おいちゃんがたくさんこうたるわ!」
「ありがとうございます!!」





「はあ〜、ようやく一波去ったか……」

厨房でお皿を洗いながらぽつりと溢す。昨日の今日だからこのくらいの忙しさは慣れっこだけど、慣れた位置に道具がないのは結構ストレスなんだと気づく。少しだけ気疲れしたみたいだ。お客さんの前だったし。

時刻は10時。朝来てから波が終わるまでほとんど息を付けなかったけど、まあ、こんなもんだろう。
それよりも宮のお店がこんなにも繁盛してることに驚いた。客数は少ないけど立派に常連客を獲得している。なにより親し気に掛けられた声の多さにすごいな、と純粋に感心した。

「助かったわ、先週急にひとりやめてしもてな」
「へー、パワハラ?いたたた!」
「円満退社や、アホ」

カウンターから戻ってきた宮とようやくまともに話をすれば、きゅうと鼻を摘ままれた。暴力反対、と言えばぺい、と指を離される。いった!と抗議しても宮はどこ吹く風だ。ほんとこいつ私に対して容赦ないな……!

「ちっと人足らんくてな。お前暇になったって言うたやろ」
「まあ……暇というか…………暇ですけど」

こいつ遠慮なく傷抉ってくるな……。昨日はもうやけっぱちになっていたけど、朝起きて冷静になったら少しだけ後悔した。もう少し我慢出来なかったのかな、って。でも、もう限界だって思った自分の判断は間違ってないと信じたい。

一方で、フレンチに対する思いを捨てられないのも事実だ。料理を、フレンチを作っていたいけど、私の腕は、センスは本当にフレンチに適しているんだろうか。だめだ、良くない思考。

「……それにしても、なまえと厨房入るんはやっぱやり易いな。気づいたら全部下拵え終わっとるし、やっぱあの店におっただけあるわ」
「まあ……昔から宮とはやり易かったけど、さらにやり易かったかも。腕上げた?」
「やかましいわ。ええから飯にすんで」

照れたように笑う宮に頭を叩かれた。せっかく誉めたのに。




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