9回裏、2死満塁3点ビハインド



「お世話に、なりました」
「まあ、あれだ、元気にやれよ」
「はい、失礼します」


クビになった。仕事をだ。


苦労して入った名門のフレンチで、下積みを続けて数年。やっと一皿、仕上げの手前までやらせてもらえるようになった。どんな皿でもメインディッシュのつもりで、真剣に、繊細に、でも圧倒的な風味と食材の本来の良さを活かすように。一生懸命やった。だけど。

息込んで作った料理は、今までの評価をガラっと変えるぐらいには酷いものだったらしい。

見込みねえな、と言われて蔑まれる日々がしんどくて。それでもなんとかかじりついたのに、今年入ってきた新人にあっという間に場所を奪われた。仕込みと賄い担当に戻されて、やっぱ女はだめだな、と料理に関係ないことまで言われるようになった。

極めつけに。スーシェフとケンカした。
絶対に許せないことを言われて、大騒ぎになって、全部私のせいにされた。
もう無理だな、と思って一言辞めるといえばあっという間だった。大した引き継ぎもなく、自分の相棒の包丁だけを持って書類にサインをする。

達者で、と送り出された町はみんながせかせかと何かの為に一生懸命働いていて、自分だけが不釣り合いな気がした。明日からどうしようとか、言うべきじゃなかったかな、と思ったけど。なんか、もう、どうでもいい。

いいや。今日の同窓会はどうせ安い飲み放題だ。しこたま飲もう。飲んで忘れよう、そうしよう。明日からのことは、ひとまず明日から考えよう。




「っあ〜〜〜〜〜、もう!!!!やってらんない!!!なんで!!なにが悪いの!!おいしければいいじゃん!!」
「おーおー、荒れてる荒れてる〜、すいませーん、お冷くださーい」
「だからってそこまで落とす!?仕事取り上げる!?私の料理の何が悪いの!!はいはいはい!私日本酒のむ!」

だん!と叩きつけたジョッキはもう既に空っぽだ。
専門学校時代の頃の同期たちとの同窓会。ずっと前から計画して、みんなうまいこと休みを取れた奇跡的な1日。
そんな奇跡的な日に私はクビになった訳だけど。やってられるか、とまだ心の中でわだかまる気持ちを酒で発散する私にみんながまあ落ち着きなよ、と背中を叩いてくる。痛いんですけど。

「まあまあ落ち着けや……それにしてもなまえがこんなに早く店を出るとは思わんかったな……」
「あそこ辞めてく人間多いもんなあ。ウチらの代の出世頭がこうも早くはじかれるとは、さすが名門やな」
「なんであの店を褒めるの!?慰めてよ、私のこと!!」
「うっわこんなめんどいみょうじ初めて見たわ」

同期たちにげらげらと笑われる。うるさいな、面倒くさいのもしょうがないじゃん!やってらんないんだってば、と思って来た日本酒を煽る。

どうせ明日行くところもない。なら別にどれだけ飲んだっていいじゃないか。今まで仕事後だって、休日だって全部あの店に捧げてきたんだもん。今日ぐらい許してよ、と喚けば皆が口々に面倒だと言う。
酷い。お前らそれでも同期か。

そんなことを言って、どれくらい経っただろうか。ふわふわする頭を机に擦りつけていると、個室の扉に近い同期たちがざわついた。

「あ、宮君だ〜!お疲れ〜〜、相棒が大変なことなっとるよ」
「おー、社長が来たぞ!今日は奢ってもらえや、みょうじ!」
「そうそう、宮君、気前よくおごってやってや〜」
「いやそんなに儲けなんかでとらんで」

学生時代一番長仲の良かった宮が到着したらしい。もう立ち上がるのが億劫になってその場から動かずにいると、向かいに誰かが座る気配がした。頭を上げれば目の前にはおしぼりで手を拭く宮がいた。

「なまえ、大丈……酒臭!べろべろやんか」
「宮〜〜〜!」
「うわ寄んなや」

久しぶりに会う宮が懐かしくて、学生の時みたいに近寄ろうとすれば、べし、と長い腕で妨害された。薄情なやつだな!と文句を言えば、酒臭いやつは寄るなとさらに厳しい言葉を重ねられた。酷い。

「久しぶりじゃん宮〜!息災か〜?お店はさぞ順調でしょうなあ!私は今日クビになりましたけどね!」

あっはっは!と笑いながら言えば呆れたように宮がため息をついて私の日本酒を飲んだ。最初の一杯日本酒ってしんどくない?そんなに嫌なことでもあったのかな。
そのあと宮が注文したらしい日本酒が届いて、机の端で2人で乾杯をする。やっと一息ついた宮が、で?と机に頬を付きながら私を見る。

「そんで、どしたんや。お前あそこやめたんか」
「みっ、みっ、宮〜〜!!やっぱりお前いいやつ〜〜!」

面倒だと分かっていながら、なんだかんだ話を聞いてくれる宮はあの頃と変わらない。そんなちょっとした優しさにじーんと来て思わず抱きついた。他の同期たちは私の話よりもこの料理に合う酒の話やアレンジ方法で話を弾ませている。

「は・な・せ・や!」
「酷い!」

いつも通りぎゃいぎゃい騒いでいると、同期達がまた始まった、と離れていった。うわ押し付けられた、と宮が文句を言う。こっちだって、と言えばそのまま鼻を摘ままれた。痛い、と抗議してもどこ吹く風だ。この野郎。

かくかくしかじか。今日まであったことを話せば、宮がほー、と興味無さそうにポテサラをつまんだ。宮に俺こっちの方がええわと日本酒を交換させらたりしたけど、一応最後まで話を聞いてくれた。持つべきものは友人だな、と染々思った。

「ほな、なまえ、お前今フリーってことやんな?」
「ド!フリーです!!職なし、金なし、彼氏なしのオールフリーです〜!」
「彼氏おらんのは知っとる。丁度ええわ、1個フリーは潰したる」

いえーい、ピース!とテンション高く、3無しだと言えばにや、と笑った宮が私を見た。ていうか潰すってどういうことよ、玉の輿でも紹介してくれるの?とまたお猪口を煽る。
なんだか味のしない日本酒だな、と思っていたら宮にまた注がれて飲む羽目になった。あんまり日本酒の味しなくない?

「俺の店の場所知っとるな?明日7時からやから遅れたらシバく」
「は?」
「表はシャッター降りとるから裏口から入り。鍵は開けとく」

矢継ぎ早にそう言った宮は日本酒を持って場所を変えてしまった。なんだか訳がわからないまま、また日本酒を煽る。やっぱり味が薄い気がする。ん?んん?

「あっ!?これ水じゃん!!」
「とうとう舌までボケたか!そらクビや!」
「傷抉らないで!!」





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