『最後、難しいトスを冷静に上げましたね、流石です!』
『いやあ、スパイカーがちゃんと入ってきてたんで。俺がお礼言いたいくらいです』

そうマイク越しに聞こえてくる声に耳を傾ける。マイク越しに聞いても安心する声だなと思った。

「くそ、及川の奴……お前そんな殊勝か?」
「割と及川はそういうとこあったじゃん」
「まあそーなんだけどさ。アルゼンチンでもっと南米に染まったかと思ったのによ」
「それはウザいな」
「花巻さん、松川さんアルゼンチンをなんだと思ってるんですか」

けらけら笑う花巻さんと松川さんに挟まれて、コートの中央でインタビューを受けているその人を見つめる。なんだかアルゼンチンが風評被害を受けていて少し哀れに思った。いいとこなのに。

「はは、まあまあなまえちゃん。怒んないでよ」
「で、久々の恋人の生のプレーはどうだったよ?」

そう花巻さんと松川さんに言われてコートに目を戻す。確かに、及川さんのプレーを生で見るのは久しぶりかもしれない。
高校卒業と同時にアルゼンチンに渡った及川さんとは、なんだかんだ恋人という関係が8年近く続いている。

ただ、それ以上は進んでいないけれど。と心の中で付け加える。

マンネリ化、というわけではないけれど、それでも結婚という言葉は私たちの中には全く出てこなかった。

しょうがないと思う。及川さん自身も上昇志向の高い人だし、私も及川さんには迷わず走っていて欲しいし。沢山の想いを抱えてきたのを知ってるから、夢を掴めるチャンスがあるなら私よりもそっちを優先してほしい。そう思っていたのに。

でも年月が経つとともに少しづつ増してきた不安。いくら電話が出来ても、顔が見えても。年に1回、会えるか会えないか。そんな関係から抜け出せなくて。そこに田中と潔子さんの結婚の知らせが入った。

ウェディングドレスに身を包んだ潔子さんは本当にきれいで、幸せそうで。いいなあ、と思ったのは隠しようがない事実だ。

私は、あんな風になれるんだろうか。

そう思ってしまって、なんだか少しだけ惨めな気持ちになった。大丈夫、及川さんなら。信じれる、まだ、大丈夫。そう自分に言い聞かせて、少しだけ岩泉さんに相談して。そして今日はナイーブになっている私の噂を聞きつけてか、花巻さんと松川さんに誘われて及川さんの公式戦を見に来た。

久々に見る及川さんは相変わらず格好良くて、きゃあきゃあいうファンが少しだけいやだった。私の、なのに。

『本日の最優秀選手、及川選手。今日の喜びを誰に伝えたいですか?』
『あー、ちょっといいですか?』

そう言って及川さんがマイクを司会から受け取った。どうしたんだろう、とコートを見ると、ふう、と及川さんが吐く息が聞こえてきた。

『会場のどこかにいる、俺の一番大切で、大好きな、唯一の人に言いたいことがあります』

そんな及川さんの真剣な声に会場がシン、と静かになった。それと同時に、花巻さんと松川さんが立ち上がった。突然のことに、どうしたんですか、と聞く間もなく今度は2人に手を引かれて、どんどん前に前に連れていかれる。
ちょっと、と声を掛けても完全に無視されて、その間にも及川さんはどんどん言葉を重ねていく。

『ずっと待たせてごめん、不安だったのも分かってる。でも、俺が俺に課したことをやり遂げる前に、迎えにいったらダメな気がして。でも、ようやく、これで胸を張って、迎えに行ける』

そんな、まさか。
そう思いながら、会場の一番前に連れていかれて。バトンタッチするみたいに、今度はコートに内にいる岩泉さんに手を引かれる。すこし汗でしっとりした手は、さっきまでの熱戦の中にいるみたいで。そんな手に、導かれるように、まっすぐ私を見る及川さんの前に連れ出された。

「遅せえよボゲ。なまえのこと泣かせたら俺が貰うからな」
「岩ちゃんじゃ無理、残念だけど」
「クソムカつくなウンコ野郎」
「あ、あの、及川さ、ん」

岩泉さんの手が離れて、今度は及川さんの手に包まれる。ぎゅう、と優しく握る大きな手。私の、大好きな手。バレーで大事な膝をオレンジのコートについて、及川さんが真っ直ぐ私を見上げた。

『待たせてごめん。こんな俺だけど、やっと迎えに来れたよ』

その言葉に。そのやさしい瞳に。
心が満たされると同時に、及川さんが何を言うのかが分かって、ぼろぼろと目から涙があふれていった。ずっと昔から、私にとって、この人の言葉は特別だった。その特別を、その言葉を。


―――この人を。信じてよかった。


『なまえ、俺と結婚してくれますか?』
「―――っ、はい!」

そのあとの言葉は会場中に響く声に掻き消された。



引き潮、差し潮




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