上司の苦労話は解散のサイン



「わあ〜、寒くなって来たね」
「だね、なまえちゃんはまだまだ平気そうやね」
「なまえ寒いとこ出身だもんね」
「お茶子は西で、耳郎はこっちか。みんな暖かいのいいな」

秋風が本格的な冬の匂いを連れてくるようになった。

朝晩の冷え込みは特に厳しくなってきたように思う。比較的温暖な地域にある雄英だが、それでも季節がくればそれなりに寒く感じた。
寮から校舎までの僅かな距離とはいえ、そろそろ薄いコートくらいはあってもいいかな、とクローゼットの奥にしまったその存在を思い出す。

きゃらきゃらと笑うお茶子や三奈たちの声を聞きながらうとうとする梅雨ちゃんの手を耳郎とヤオモモが引いていく。みんな若くて元気だな、と同じ年とは思えない感想を抱いた。

「なまえー!遅刻するよ!」
「はいはい」

教室に行ってもうっすらと寒いのは消えなくて、膝掛けを掛ける。天井が高い分暖房の効きもよくないらしく特に女子は寒がる子が多い。
個人的には暖房による肌の乾燥の方が怖い。保湿対策は入念にしておきたい。つくづく思考が年齢を重ねた人間のそれだな、と内心でため息をついた。

「ホームルーム始めるぞ」

なんだかんだこの先生が一番暖かそうなんだよなと思いながらぬるっと始まったホームルームをぼんやりと眺めた。外は依然として寒そうだった。





昼休み。
学食でご飯を食べて教室に戻ると、誰かが窓を開けたらしく少しだけひんやりした空気が漂っていた。爆豪が嫌そうな顔をして舌打ちをした。汗がかきにくいせいか、爆豪は冬が嫌いらしい。

もう個性の訓練ないから良くないか?と思ったが、この男のことだ。そもそも弱点らしい弱点を晒すことが嫌なんだろう。難儀な男である。窓が閉まったら温かくなるかと席に着く。

ふと横からケロ……と弱々しい声が聞こえてきた。梅雨ちゃんである。立ったままうとうとする梅雨ちゃんはいつもの背筋の伸びた様子とは違っていて、思わずまじまじと見てしまった。普段しっかりしているこの子がこんなにふにゃふにゃなるの珍しいな。

「ケロ〜〜……」
「梅雨ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
「冬は寒くて力が出ないの……カエルは冬眠をする生き物だから」

なるほど、変温動物ならではの特徴らしい。そんなとこまで引き継がれるのか、と。個性因子の強さに恐怖した。それと同時にあまりにも弱った姿にどうにかしてやりたくなる。

自分の学生の頃はどうだったっけ、と思い出せばやたらとスキンシップが多かった気がした。ならば許されるだろう、と梅雨ちゃんの腰を掴んで引き寄せる。

「梅雨ちゃん、おいで、暖めてあげる」
「ケロ!いいわ、そんな……!」

ぽすり、と梅雨ちゃんの小さな体が膝の上に乗った。ヒーローを目指す端くれなだけあって、しの筋肉量故に軽いとは言えないその重みになんだか学生時代を思い出した。

人肌に触れるのはいつぶりだろうか。昔よくこうしてじゃれあっていたな、ともう顔も思い出せない友人達に謝った。

「なまえちゃん、離してほしいの……!重いでしょう……!?」
「平気だよ、私も寒いからこうしたら2人とも暖かくなるね」
「〜〜〜、ケロ……そんなの、照れてしまうわ……」

恥ずかしそうにか細い声を出した梅雨ちゃんに思わず心臓が締め付けられた。いじらしいな、と思うと同時になんだか懐かしくなって梅雨ちゃんの背中に張り付いた。

少し感傷的になっているかもしれない。曖昧になっていく高校時代の友人たちの顔が脳裏を掠めた。もう朧気だ。

みょうじなまえとして過ごした数十年が少しずつ上書きされていく。もう新しい人生だと割りきったとはいえ、少しずつ消えていくそれが惜しくないわけではない。

思考の海に落ちそうになっていたら、ふと可愛い声が聞こえてきた。
ケロ〜、という気の抜けた声に可愛らしさを感じた。小動物を愛でている気分になって思わず艶やかな黒髪を撫でた。なんだか可愛いな高校生。

眠そうに振り向きながらはにかんだ梅雨ちゃんが、照れたように体を預けてきた。随分と幸せそうに笑うな、と思わず私にも笑みが浮かんだ。

「その、なまえちゃんはお姉さんみたいね……。私、ずっとお姉さんが欲しかったのよ」

梅雨ちゃんの言葉を聞いた瞬間、ぶわりと昔の記憶が甦った。そうだ、こんな会話、前にもしたことがあった。同じような景色が脳裏に浮かぶ。広い空と窓。靄の掛かる黒板。響く笑い声。

『なまえってほんとうちらのお姉ちゃんだよねー』
『え、私こんな妹ヤなんだけど。ちゃんと宿題やる妹がいい』
『うぐ。痛いところを……』
『なまえーひまー構って〜』
『ちょ、重い!』
『なまえあったか〜、人間ゆたんぽ』
『聞いて!』

高校の頃の、一番気の置けない友達だった。よくじゃれて、放課後にコーラ1杯と塩味の強いポテトで延々と。下らない話ばかりだった。先生。勉強。気になる男子。どこにでもいる、ありふれた光景の一部。
あの頃はこんなことになるなんて思いもしなかった。みんなは元気だろうか。

「……そんなに、私姉気質かな?どちらかというとヤオモモじゃない?」
「ふふ、なまえちゃんよ。お姉ちゃんは」
「―――そう、かな」

冬になって人恋しくなったんだろうか。少しだけノスタルジーに浸っているような気がした。懐古趣味は薄いと思うけど。
それでも忘れてはいけないものだから、思い出させてくれてありがとう。言葉にはしないけれど抱きしめることで少しでも伝わればいいと思った。

「私、同じ年とは思えないのよ、なまえちゃんのこと。なんだか、先生たちみたいな大人と話してる気持ちになるわ」
「は、はは……」

まさか当たりですとは言えないが。気を付けよう、と心に誓った。





「あー!梅雨ちゃんいいな〜〜!私もなまえの膝の上座りたーい!」
「私椅子じゃないんだけど」
「ええ〜だってなまえの太もも気持ちいいんだもん!」

「ハァハァ……みょうじの……太ももは魅惑のむちむち感……たまらねえ、あのスカートの下を暴きてえ……」
「おい」




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