有休はとことん贅沢に消化したい



カポーン、とお馴染みの鹿威しが響く。この音から連想する場所はひとつしかない。そう、温泉である。

「っあ"ぁ"〜〜〜〜ごくらく……」

ババアか、と笑われてもいい。むしろ笑ってくれ。久々に浸かる温泉は極上と言っても過言ではなかった。これが1泊2万、有給使用というなら尚素晴らしい。
今の私に消化できる有給もボーナスもないが、それでも休日に鳴る社用ケータイがないだけ充分である。

林間学校以来の温泉らしい温泉に、思わず体から力が抜けた。冬の寒さと程よい温度の湯に日本人の心が疼く。

「温泉さいっこう……!」

風呂上がりは牛乳よりもキンキンに冷えたビールが飲みたい。あの苦くも極上の泡で火照った体を急速に冷やしたい。っか〜〜〜〜、うめえ〜〜!と心のままに叫びたい。

しかし、欲望はあれど現在は高校生の体である。仮免も発行された以上法律違反はできない。未成年飲酒、ダメ、絶対。前世の標語が頭に浮かんだ。

年末。
私たち雄英高校ヒーロー科は、県内の温泉地での実地研修に来ていた。
この温泉街は、温泉地ならではの地熱を利用して街全体が温暖な空気に包まれている。それもあってか、冬でも外で飲む人間が非常に多い。

わかるだろうか。旅行先で気が大きくなっている人間が酔って外をうろつくと、大抵ろくでもないことしかおきない。人類皆平和に飲んでくれ、と言っても所詮は酒の席。トラブルはついて回る。

そんなわけで、全国的にも人手が不足するこの時期。ヒーローが毎年行う歳末治安強化キャンペーンに雄英高校も参加することになった。
今年はオールマイト引退もあり、敵の活性化が懸念されていてどこも引き締めは通常よりも強くなっている。

ヒーローには仕事納めも正月三ヶ日も関係なしか、とため息をつきながら、もう一度体から力を抜く。ああ〜〜〜〜最高。
パトロールはお店が閉まる夜まで。客同士のいざこざを止めてきた私と轟の帰りをもって本日の業務は終了だ。もう少し露天風呂一人占めの贅沢を噛み締めることとしよう。





「おお、みょうじ!遅くまでご苦労さん」
「お疲れ、あれ皆なにしてんの」
「これから卓球やんの!なまえもやろー!」

温泉から出て、借りている研修施設のロビーに行けばいつも通り騒がしい面々が、どこからか引っ張りだしてきた卓球道具一式を見せながら誘ってきた。

珍しく飯田や轟、はては爆豪までもが乗り気らしい。大方切島あたりに無意識に煽られたんだろうと簡単に予想が付い。正直さっさと部屋でゆっくりしたいが。

「どうしようかな」
「いいじゃん。たまには見てないでやろうよ、なまえ」
「そーだよ!なまえちゃん!はやくはやく〜〜」

そう耳郎と透に腕を引かれてみんなの輪に加わる。口田と佐糖に差し出されたトーナメント表にはすでに私の名前が記入されていて思わず笑ってしまった。

「いやもう名前あるじゃん!」
「入れておいた。みょうじはあんまりこういうのは得意じゃないかもしれないが」
「障子くん……君も案外強引に行くタイプだよね」
「じゃなきゃ雄英生つとまんないよ」

尾白と障子が楽しそうに笑った。普段よりも気が大きくなるのは学生も一緒か、と珍しく年相応に笑う2人につられて私も笑う。

「それに、優勝者にはここにいる間、ビリからの肩揉みご奉仕が」
「―――やる」

つい飛び付いてしまった。若い体は肩こりなんか無縁だと言うのに、肩揉みと聞くとつい飛び付いてしまうのは前世社会人の性か。なんにせよ折角ここまで気を回してくれたのだから断るのも悪い。

乗り掛かった船じゃないけど、最後まで付き合うか、と初戦の相手を確認する。才能マン爆豪は轟と潰し合ってくれるみたいだ。重畳。

私の卓球とゴルフの腕は、前世の社員旅行という悪しき文化によって鍛えられている。部内旅行が廃止になった際にはもう二度とやらない、と誓ったがまさかこんなところで誓いが破られるとは思わなかった。

「やるからには本気で行くよ」

残り数日、ビリからの肩揉み奉仕は私のものだ!




「オラァァァァ!」
「大人気ないぞ爆豪くん!」
「爆豪個性禁止だからねー!」
「だれがンな狡いことすっかよ黒目!実力だ!おいみょうじてめぇ首洗って待ってろ!」
「爆豪ー、残念だけどこれ3位決定戦だからなー」

アアアア、と切島にキレ散らかす爆豪に、さらに掛けられたチャンピョンたすきを見せつけてやれば目尻が90°につり上がった。対戦相手の飯田に無闇に煽らないでくれ!と叫ばれる。クラスメイトからは笑いが起こった。

あーあ、随分とはしゃいじゃって。
そう思いながら団扇で扇ぐ。個性禁止の卓球は基礎的な身体能力+経験が大きく影響する勝負になった。ここが管理人のいない研修施設で良かったな、とつくづく思う。

結局、昔とった杵柄よろしく卓球の経験を存分に活かして私は優勝を果たした。基礎的な身体能力よりも経験の差が如実に現れたらしい。カットマンみょうじとは私のことである。

ふふ、と笑いながら飯田の全力卓球を見ていたらふと瀬呂と目が合った。なぜか瀬呂はじっと私を見て視線を外さない。なんだ、なにか言いたいことでもあるのだろうか。

そう思っていたら、瀬呂がふっ、と頬を緩めて笑ったと同時に小さく手を振られる。首を傾げる前に、瀬呂に上鳴が話し掛けてお互いの視線は絡まなくなった。なんだ、今の、と思っても聞くわけにもいかず視線を再び卓球台に戻した。

まあいいか、と手に持った団扇で顔を顔ぐ。それにしても暑い。
興奮している室内の熱気は中々消えなくて、温泉と運動とでダブルパンチを受けた気分だ。一度冷ますか、とたすきを置くと目敏くモモが声を掛けてきた。

「なまえさん、どちらへ行かれるのですか?」
「ちょっと体冷やしてくるよ。ここ熱くて」
「冷やしすぎんなよ〜」

ありがと、と上鳴に返事をして外に出る。熱気と運動で火照った体には、吐く息が白くなる程の気温でもちょうどよく感じられた。

未だざわめく街はこれからが本当のピークなんだろう。未成年ということで深夜労働は免れたが、本来ならシフト制で終日対応だろう。数年先までクリスマスと正月の予定が埋まったことを察した。いやまあいいんですけど。

そう思って空を見上げれば、分厚い雲が掛かっていて今にも雪が降り出しそうだった。なんとなく生まれ育った町を思い出していたら、がちゃ、と背後から扉の開く音がした。

「ぅ〜〜〜、思ったよりさみぃな、って、みょうじじゃん」
「瀬呂くん、どうしたの?」
「あそこ熱くね?体冷ましに抜け出してきた。みょうじは?」
「私も、そんなとこ」

後ろから声がしたと思ったら、寒そうに肩を竦めた瀬呂がやって来た。どうやら私と同じ理由で抜け出してきたらしい。にか、と笑う瀬呂も同じように空を見上げて雪が降りそうだな、と呟いた。

「今年は色々あったよなあ」
「そうだね。話題にこと欠かない1年だったよね」

しみじみと呟いた瀬呂に同意を返せば、瀬呂も笑いながらよく俺生きてるよな、と自分で自分を褒める。その点に関しては私も同意だ。神野といい、あの潔癖ヤクザといい、なんだか安泰な生活から遠ざかっていく気がしてならない。

「みょうじは轟と爆豪に絡まれて大変そうだったよな」
「わかってるならなんとかしてよ」
「そういうのは俺のガラじゃねえっしょ」

あっさりとそう言った瀬呂に少しばかり不満の視線を送れば楽しそうに笑った。他人事だと思って、と言えばごめんな、とあっさり謝られた。引き際を間違えないのが瀬呂の良いところだ。そう思っていたのに。

「ま、確かに。瀬呂は正面から正々堂々って感じじゃないもんね」
「それって褒めてんの?まあ、わかってんならいいけど……みょうじの言う通り、俺って正々堂々ってタイプじゃねーの」
「え」

そう言って急に距離を詰めてきた瀬呂に思わず体が固まった。思ったよりも近くて柄にもなく慌てる。どうした突然、と思っても目の前の瀬呂からその真意は読み取れない。

「だからさ、こうやって虎視眈々とチャンス狙ってんだよ」
「あの、瀬呂……、ちかい、ような……?」
「わざとって言ったら、どうすんの?」

ニヤ、と笑った瀬呂を至近距離から見上げる形になる。冗談はやめろ、と言えばいいだけなのにそれすら言えなくてはくはく、と口を動かすしかなかった。

す、と瀬呂の手が伸びて髪に触れた。雪、ついてる、と言う声が耳に響く。ただのクラスメイトに送るには高い熱を孕んだそれに思わず背筋がぞくりと震えた。心臓がやけにうるさい、と思って思わず下を向く。嘘だ、こんな。

「―――んじゃ、俺は明日から優勝者様に毎日ご奉仕させてもらうから、よろしくな?」

今までの空気を霧散させたような突然の声色に思わず顔を上げた。は、なんだ、今の。

顔を上げた先、至近距離でにやりと笑った瀬呂の言葉に付いていけなくて、きっとぽかんとしていたんだろう。そんな私の表情を見て、瀬呂がだって、と小さく声を落としてきた。

「みょうじが優勝したなら、俺が勝つ必要ねーからさ」

じゃあそういうことで、あんまり体冷やしすぎんなよ、と言って瀬呂は背中を向けて去って行った。
なに、いまの。まって、それってどういう―――!

「〜〜〜っはあああ!?」

色々問い詰めたいが、まずはこの局所的に集まった熱を冷まさなければ。降り始めた雪はしっかりと積もりそうだった。





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