雑踏で見つけた君の愛



烏野の日向くんが教えてくれた。
トイレは危険な所だからなまえさんは特に慎重に行かないと駄目ですよって。トイレが危険な理由も、特にって念押しされる理由も正直よくわからなかった。

けど今となっては納得だ。目の前の笑顔と進路を塞ぐように立つ大きな体に、内心で冷や汗が止まらない。こ、こういうことか日向くん……!

「なあ、聞いとる? なんや構いたくなるなあ、ジブン」
「は、はい!いいえ!」
「どっちやねん。おもろいな〜」

ひっひえええ!!み、宮侑だ……!!稲荷崎の、インハイ2位の、超すごいセッターの宮侑だ……!こっ、こわあ!なんでこんな笑顔に威圧感あるの!?ねえなんで!?

にこにこした人当たりのいい笑みを浮かべてるはずなのに、何故か背筋がぞわ、と粟立った。えっと、あれ、そう、これは蛇に睨まれたカエル、もとい赤葦に睨まれたやらかし木兎さんと同じ。

「なんや、梟谷の子なん? 夏んときおった?」
「い、いましたよ!!失礼の極みだな!?どうせ目立たない地味オブ地味ですけど!?……はっ!言っちゃった!」

胸中の思いが全部出てしまった。ああああまたやってしまった……!
私の悪い癖だ。思ってることが口から出ていく。赤葦に木兎さんとそっくりと言わしめる所以である。先輩方や赤葦に残念だからやめろ、と言われて梟谷と黒尾さんを除く他校の人にはこの癖を出さないようにしてたのに!(黒尾さんには秒でバレた)

しまったあああ、と頭を抱えれば頭の上からワハハと笑い声が聞こえてきた。笑いごとじゃないんですけど!ねえ私影薄いってディスられてんのに、しかも大声で笑われるという追い討ちまで掛けられてもはやライフゼロなんですけど!!

「また全部言っとるやん! ライフゼロて、やっぱおもろいな、俺のこと知っとる?」
「また言っちゃった!え、し、知っとる……、あ、いや、知ってます……」

やばいイントネーション移って変な感じになった。いやいや私は生粋の関東人なわけであってそんな関西の方言なんてこの短時間で移るわけがないって。せやろ??
そう思ってちゃんと関東のイントネーションで返したつもりがなんかよくわからないところにアクセントがついて変な訛りになった。ちょ、にやにやすんな宮侑!

「関西弁移んの早すぎやろ。イントネーションちゃうで、知っとる、や。ほれ言うてみ」
「し、知っとる?知っとる、知っと、……ちょっとなんで笑うの!!」
「ひー、あかん、もうめちゃおもろいやん。みょうじちゃん、名前と連絡先教えてや」
「なんで身バレした!?」
「ジャージに書いとるで」
「アッ……」

とうとう堪えきれないように大笑いする宮侑に悔しさと恥ずかしさで顔が赤くなる。なんならちょっと目尻に涙が浮かんでる。すっっっごい恥ずくてもはや腹立たしい……!誰かこの男に鉄槌を下してくれ!!
そんな願いが叶えられたのか、氷水も真っ青なひんやりとした声が宮侑の後ろから聞こえてきた。

「なにしとんのや、侑」
「きっきたきききたさん!!」

えっ??何さん??
きっきた?きききたさん?なんて?え?だれ?

急に焦りはじめた宮侑の後ろから出てきたその人に、私もなんだかじわりと汗が浮かんだ。心臓がヒュッてなるほどの存在感とお前なにしてんの?と言わんばかりの有無を言わせない威圧感。
あ、あれ、この心臓わし掴まれる感じ……どっかで……!

そんなことを思ってたら、宮侑の背後から出てきた白い髪の人にじっ、と見られた。
な、何も悪いことしてないはずなのに謝りたくなるこの威圧感は一体……。なんというか強者のオーラだ。つ、強そう……!

「侑が世話かけたみたいですまんな。稲荷崎高校主将の北信介や」
「あ、いえ……、梟谷2年マネのみょうじなまえです……!つ、強そう……は!!こ、こちらこそすいません!」

またやってしまった……!内心駄々もれ……!
あわわと慌てる私を見て、北さんは不思議そうに首を傾げた。

「みょうじさん悪いことでもしたんか?」
「い、いいえ…」
「なら謝らんでええよ。どうせ侑が声掛けたんやろ」

主将ってすごいな。チームメイトの行動把握まで出来るのか……。澤村さんも統率取ってたしなあ……。あ、木兎さんは元気番長なのでそのままでいてください。
そう思っていたら北さんがじっと私を見ていた。……えっ、なにごと?私またやらかしましたか?

「あ、あの……?」
「いや、みょうじさん、百面相でえらい構いたなるな思て」

くす、と笑った北さんの手が伸びてくる。綺麗な顔立ちの割には大きな手だなあ、とぼんやり見ていた。ら。

「みょうじ、何してるの」
「あっああかあかあかあし!!」

急に視界に入ってきたいつもの白いジャージとひやりとした声に滅茶苦茶どもってしまった。べべべつに赤葦に怯えてるわけじゃないから!

「はいはい。怯えてもなんでもいいけど、なかなか戻って来ないから心配した。試合前の選手になにさせてるの」
「ご、ごめんなさい……でも別に赤葦が来なくても1年に来させればよかっ……あっごめんなさいごめんなさい感謝してます!」

わざわざレギュラーでセッターの赤葦が来なくても、と思ったが最後思わず口から出た言葉に赤葦が深いため息を溢した。入部当初から私のことを探してくれるのはいつも赤葦だしなにかと声を掛けてくれるのはありがたいんだけど、正直に言う。ママである。私にママは2人もいらない。

「みょうじを見つけられるの俺しかいないだろ。無駄にステルス機能付いてるんだから……うちのマネージャーがなにからやらかしましたか?」
「なんで断定するの!」
「じゃあ聞くけど」
「やっぱいいですごめんなさい」
「いや、うちの宮がなまえさんに声掛けたんや。なまえさんは悪くないで」
「……それはどうも」

ほらみろ!いつも私と木兎さんを容疑者扱いするんだから!
しかし赤葦に探させてしまったのは事実なので、大人しく赤葦に謝る。もういいよ、と呆れたように笑う赤葦はいつも通りだ。よかった流石赤葦安定している……。
そろそろ行くよ、と赤葦に言われたので、最後にお礼を言っておこうと北さんに向き直った。

「あ、あの北さん。ありがとうございました」
「かまへんよ。なまえさん、ほな、近いうちに会おうな」

近いうち?そんなにウチと当たるの近かったっけ?
そう言ってぽん、と頭に手を乗せられて頭を撫でられた。予想外の展開に思わず呆然とする。男子から頭撫でられるなんて初めてだし、ていうか、あれ、この人こんなにかっこよかったっけ?

そう思っていたら、ぐい、と手を握られた。失礼します、と赤葦に手を引かれてその場を後にする。わ、私そんなにちっちゃい子みたいに手を繋がないとだめなの!?
振り返ればひらひらと手を振る宮侑とじっと見てくる北さんがいてなんとなく手を振り返す。

人混みに姿が消える前に、ふっ、と北さんが優しく笑ったのが見えた。え、まって、なにいまの。

「帰ったら塩撒くよみょうじ。早急に」
「エッ!? なんで!? ……あの赤葦、理由教えてくれないの……? ねえ知ってる? 塩撒くのって暴行罪で訴えられるんだよ??」





「き、北さん……」
「なんや侑」
「珍しないですか!?その、他校の子に声掛けるん!」
「せやな。初めてや」

北さんがナンパなんて正直めちゃくそビビった。
ナンパと対極におるような人やん。むしろ俺に何しにここに来たん?とか人様のもんに手出すなやとか言いそうやのに。それが今日初めて会うた、しかも他校のマネに声掛けるなんて思わんやろ。
これはサムにええ土産が出来たな、と内心で笑った。フッフ。どえらいスクープやで。

まあいつもと変わらん様子なんは正直、全く理解できんけど。

普通もっと浮かれたりするのになんなんこのブレなさ。いっそ怖いわ。ノリも似とるし、からかうとおもろいし、なまえちゃんええな、って俺も思ったんやけどな。
梟谷のセッターもなんや北さんとバチバチにやりあっとったし、あの視線はなまえちゃんの世話焼くの俺の役目なんやから手ェ出すな、って牽制やしなあ。手まで握って帰るとかまあまあ好戦的やな赤葦クン。
どうなってまうんやろなー、と思てたら。

「まあ、俺も誰にでも声掛けるわけやないで。特に、人様のもんならな」

ひやっ、と背中に寒いもんが走った。これ、あれやん、獲物狙っとる目やんか。完全に。


「まだ、人様のもんやなければ話は別や」


逃げてなまえちゃん。超逃げて。






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